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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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月下協奏

 夕餉は、なぜか城の館前の庭でとなった。戦陣用の鍋がいくつも据え付けられ、そこで食い物が煮えている。

 そして、ど真ん中の鍋の前に同じような服を来た背の高い男がふたり並んでいた。

「おい、どっちが宮様じゃ?」

 長生(ながたか)大塔宮(おおとうのみや)が並んで座ると、城の者も、何がなんだかわからない。そもそも、宮が着ているのは長生の着物だった。

「背の高い方が、長生様じゃ。紫苑(しおん)様が横におるからの。でも、なんか似とる」

 そんな声が満ちる中、宮の隣に座った楠木正成(くすのきまさしげ)が言う。

笠置(かさぎ)からここまで、宮様はろくなもんを食うてない。せめて、ろくなもんを食うてもらおうと思い、今日は紫苑の提案で鳥獣の鍋じゃ。お前らも、一緒に食うとけ!」

 集った連中から、どっと声が起こる。炊飯係の指示で、それぞれ椀に食い物をもらう。

 自分も椀を受け取り、みなが手にしたのを見た宮が大きな声で言う。

「大塔宮じゃ。すまんが世話になる。が、腹も減った。とにかく、食おう!」

 全員が鍋の具を口に運ぶ。また、宮が大きな声を出した。

「ああぁ~、うまいっ!」


 大塔宮がど真ん中に座り、よく通る声で正成と話し、笑う。見ている方は、その闊達さに驚いた。

「宮様って、おそれ多い感じかと思ったのだが」

「なんか、ごっつい感じええ人やの」

 そんなことを口々に語る。そして、横にいる関長生(せきのながたか)も見る。宮と同じように赤松則祐(あかまつのりすけ)、妹の紫苑と笑っている。こちらも、美しい若君と姫君、そこに則祐といういがぐり坊主が紛れ込んだような構図で変なのだ。

「なんか、誇らしいの。長生様と紫苑様って、宮様と同じくらいに立派なんじゃな」

 誰かのつぶやきに、みなが同意した。

 すると、則祐が唐突に言う。

「長生様、紫苑様、もう一回、あれを見せてくだされ! 垓下(がいか)! ウチのオヤジが動けなくなったヤツ」

 酒を口にしていた宮も、手を叩いて同意する。

「ワシも見たい。前代未聞と聞いたぞ」

 長生はさすがに困る。

「あの、四面楚歌(しめんそか)の舞ですぞ。これから囲まれるこの城でやるのは……」

 すると、正成がニヤリと笑って言う。

「だからこそ、いいかもしれん。ワシからも頼む。出来次第では、明石のタコを褒美にするぞ」

 そこまで言われたら、長生もうなずくしかない。

「紫苑、やるぞ」

 そう言って、立ち上がる。

「私が吟じるからな」

 言ったのは宮だった。


「力は山を抜き~」

 ヒナギクとは違い、深く朗々とした声が月下の広場に満ちる。長剣と長巻を持った背の高い男女が、構え、そこから斬撃に移る。

 一撃目で、衆目が驚愕する。間髪入れぬ二撃目で言葉を失った。次々に繰り出される刃のきらめきに人々が酔う。

 場所が広いのもあり、長生は目で紫苑に合図し、あえて数合打ち合う。撃剣の音さえ、美しい音楽のように響く。

()やぁ、虞やぁ……」

 宮の声が高く強く響く中、長生と紫苑は鋭く回転する。

如何(いかん)せん!」

 最後の音と同時に、長剣と長巻が空気を真っ二つにした。

 少しの間を置き、剣を鞘に収める。振り返り、ふたりは両腕を広げ、ただまっすぐと天を見た。

 月光の下、時間が止まる。


 誰もが口を開けて、呆けた。

 吟じた宮も動けない。楠木正成さえ、ただ見るだけだった。

「な、な、スゴイでしょう? 美しい!」

 最初に口を開いたのは、赤松則祐だった。その軽薄にも感じる響きに、ようやく人々が現世に戻される。

「いや、あの、剣って、こんなに、キレイなもん、なん……」

 それでも、言葉にならない。

 正成がようやく、手を叩いて称揚することをする。気づいた宮も倣う。みんなが倣う。

「おおおぉー!」

 ようやく、声が出る。万雷のような拍手になった。長生と紫苑は、顔を見合わせ、ニコリと笑った。

「スゴイ、スゴイ、スゴイ! 剣の神様みたい」

「いや、一対の神が戯れておられるようにさえ見えた。この城には神がおる」

 さすがに照れ臭くなって、長生は紫苑を促して座る。

「ちょっと、やりすぎたかの?」

 長生が笑うと、紫苑も返す。

「あの打ち合いが効果的だったかも!」

 長生といい仕事ができたので、うれしいのだ。

 すると、宮が聞いてくる。

「どうしたら、あそこまで剣がうなるのじゃ?」

 長生はニヤニヤして応じる。

「宮様もやりたければ、明日は紫苑に習うてみればよい。コツがわかりますぞ」

 言われた宮がうれしそうな顔をする。長生はくぎを刺す。

「紫苑は大事な妹です。教えるのは剣だけです。な、紫苑」

 言われた紫苑は、長生の気遣いがうれしくて、めいっぱいの笑顔になってしまう。


「美しい舞だけで終わっては、みなの毒気が抜けてしまう。今度はワシの舞を見てくだされ。赤松流の囃子(はやし)じゃ」

 そう言って、赤松則祐が自分の知る舞をみなに説明しはじめる。

「ワシがここで、よっこらよっこらと足を踏む、小太鼓があればいいが、なくても、手拍子で、ドコドコドコ……、とやるのじゃ」

 そのおかしな動きに、笑いが起きている。

「宮様、少しは元気になりましたか?」

 紫苑は宮の椀に肉をよそって聞く。

 うれしそうに宮は笑う。

「おいしいよ。そして、なんか楽しいよ」

 紫苑が無邪気に笑う。長生と舞えた今日が好きだったのだ。

「そうですよ、宮様。生きていくのは楽しいのです。紫苑は家族を得て、それを知り、今はとても幸せです」

 紫苑に酒を注がれ、無意識に宮は飲み干してしまう。とてもうまいと心の奥が言う。

「そうか、生きていくのは楽しいのか! 私は、はじめて知った。今宵は、そのように感じるよ」

 宮が笑うと、紫苑はうれしそうに、また酒を注いでくれる。

「たくさん食べて、元気になって、その元気で、大切な人のために生きる。いつか、ありがとう、って言ってもらえる。紫苑はそれが幸せです。楽しいんです」

 紫苑のその笑顔を、ずっと見ていたいと宮は思う。そんな未来がないのは知っている。だから、目をそらしたくない。この瞬間だけは忘れたくない。


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