宮様と長生様
「笠置が陥ちたぞ」
赤坂城で楠木正成が主だった者らに告げる。どちらにしても、ムリな話だった。天皇が鮮明にした反幕の姿勢に、畿内周辺の小さな武装勢力が集まっただけだ。幕府が関東の兵を動かせば、その兵力差は歴然だった。
完全包囲され、兵糧が尽きたところで公家らが騒ぎ出す。承久の乱の例を鑑みれば、帝と皇子らは配流。実戦を担った武将らが処刑という流れになる。公家らが、自分たちの生き残る間合いを探った。
「大塔宮は逃げた。ここにお迎えする。ここで勝つ味を知ってもらう。そこから先は、何度も話した通りに進める」
正成が言うと、長生らはただ頭を下げる。やるべきことをやるだけだった。
「正遠、長生、準備は?」
正遠だと、言いたいことが言えないだろうと思った長生が言う。
「だいたいはできてる。これ以上は大将の資質の問題じゃ」
正成が顔を軽くゆがめて長生をにらむ。正季も正遠も、諸将も、兵士も、これができるのが、豪勇、関長生だと理解した。
数日後、大塔宮の一行が赤坂城に至る。夜陰に紛れて進み、昼も敵から逃げ回ったのであろう。宮も部下もおそろしい血相でやってくる。
正成があわてて出向き、迎える。紫苑も参加したので、長生も太刀を佩いて出た。
「宮様、ようご無事で」
城主の正成が拝礼して迎える。城内の者は、倣うしかない。
「正成、ありがとう。世話になる。だが、すまんが、頭を下げられると、誰が誰かわからん。早々に上げてくれ」
大塔宮は少しイライラして言った。みなが頭を上げる。探していた顔を見つける。後ろに精悍な大きな男がいた。少し恐怖したが、宮は欲求に負けた。
「紫苑殿、ひどい目に遭ったわ」
言われた紫苑は朗らかに笑った。
「宮様、眠いじゃろ? 腹減ったじゃろ? 先に身体を洗ってもいい。寝てもいい。その間に、おいしいものつくっとくよ。則祐様は、どっちにする?」
言われた赤松則祐のヒザが落ちる。
「すまんです。寝て、いいですか? 長生様がおるんやから、もう、宮も絶対に安泰じゃあ……」
安心したのか、そのまま、地面に突っ伏して寝た。
それを見た宮はうらやましそうな顔をし、次に長生を見て、少し笑う。
「関長生、初見じゃが、すまん。私も寝たい。紫苑殿に免じて、許せ……」
そのまま、ヒザを折り地面に落ちた。長生は笑って正成を見る。正成も笑う。
「御一行を、館に運べ。関長生は宮の護衛に、他の者は、宮が起きたときに備えよ」
城は不思議な活気に包まれる。敗残の宮が来ただけだ。だが、その宮は関長生と紫苑という、城の華のようなふたりに声をかけて崩れた。次に何が起きるのかを見てみたいと思うのだ。
しかも、さらなる話題があった。
「宮様と長生様って、なんか、雰囲気が近いの」
みんなが口々に話す。
陽が沈んで少しの後、ようやく、大塔宮は目を覚ます。
「宮様、起きる? まだ寝ててもいいよ」
近くに座っているのは紫苑だった。その笑顔が、素直にうれしい。しかし、視界の端に床几に座る関長生が見えた。宮の脳が覚醒する。
「護衛の任、礼を言うよ。紫苑殿、そして、関長生」
長生は言われて、床几から立ち、座って拝礼しようとする。
「長生、そのままでいい。私を守るためにそうしているんじゃ。形を変える必要はない」
言われたとおりに長生は拝礼をやめ、膝立ちで留まる。
「不思議じゃなあ。紫苑殿に前に言われたが、たしかに、そなたと私は似ている気がする。少し、身体を洗いたいが、つき合ってくれんか?」
長生は不思議な男だと感じた。あけっぴろげに知己になろうとしているのがわかる。だけど、彼は皇子だ。
「お望みならば」
そう答える。宮は身体を起こし、立ち上がる。背丈は長生には及ばないが高い。
「紫苑殿、そんなわけで、そなたの兄を少し借りる。則祐はそのまま寝かせてやってくれ。そいつは、私に少しの眠りをくれたが、本人は不眠不休じゃった。そっとしておきたい」
紫苑は笑う。
「じゃあ、兄様と清めてきてくださいな。サッパリしてから、温かいものをいただきましょう」
やはり、とても美しいと宮は感じてしまう。
「長生は洗ったのか?」
宮は水場に向かいながら言う。
「今日はまだですが、宮様ほどは汚れてはいない」
言われて、大塔宮がカラカラ笑う。
「汚いよなあ。ここまでなったのは、はじめてじゃ」
長生も笑うしかない。
「まあ、戦やってりゃあ、そうなりますよ」
ふたりで井戸の近くで裸になる。長生は汲んだ水を宮の頭からぶっかける。
「おお、気持ちいええの! もう少し、かけてくれ」
数度、水をかけられると、今度は宮が桶をとる。長生に水をかける。
「互いに擦ろうか?」
宮が言うと、長生が笑う。ゴリゴリと垢を落とす。
「お前が豪傑なのは、垢の落とし方でわかるわ!」
愉快になった宮が、今度は長生の垢を落としにかかる。
「宮様も、なかなかの金剛力じゃ」
互いにやって、水をザブザブとぶっかけ合う。大塔宮は、おもしろくて仕方ない。
「長生、メシは一緒に食え。似たワシらで並んで食うのじゃ。不思議な感じになるぞ」
長生は笑ってうなずく。




