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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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人を生かしたままの世直し

 天皇の皇子らが各地に派遣され、討幕の網を敷いていることを幕府は捕捉していた。最たるものは大塔宮(おおとうのみや)だった。叡山を統べる天台座主(てんだいざす)となり、僧兵を飼いならし、京をひっくり返す武力を養っていることは疑いなかった。

 そして、この宮を中心に、畿内周辺の武装勢力が蠢動(しゅんどう)していることも気づいていた。楠木正成(くすのきまさしげ)赤松則村(あかまつのりむら)らは、その疑いが強い。

 鋭敏にそれを感じているのは、京の六波羅。

 だが、関東でも近い動きがある感じだった。ただ、その中心がわからない。西国の山伏らが、何かを吹き込んで回っていることはつかめた。

 だけど、そんなものでは起きないような不思議な変化があった。若い武家のごく一部に、微妙な前向きさが、さざ波のように広がっていた。沈鬱な幕府の状況が続いているのに、どこか新時代に期待している風がそよいでいた。

 皇子か皇女でも、来ているのかもしれない。

 でも、男か女かさえもわからない。あやしい者を追い、捕らえようともしたが、見つけることはできなかった。そして、ついに笠置(かさぎ)で天皇が武力で反幕の姿勢を示したのだ。


「お、則村か。ごくろうさん。疲れたやろ? あれが来るのは明日じゃ。身体を洗っておいで。猪肉でも煮て食おう」

 丹波(たんば)のヒナギクの元へ、赤松則村がやってきたのだ。

「ヒナ様、今日もありがたきお言葉。そのようにさせていただきます」

 頭を下げた則村だが、ヒナギクの横に知らない山伏風の男が控えていることを確認する。庭先にはツキがいた。この山伏が関長生(せきのながたか)に及ぶわけはないが、十二分に護衛の役割にはなっている。相変わらず、ヒナギクは強いと感じる。


「これはの、支石(しせき)という。私の子分ではない。私が帰る先の棟梁から借りている男じゃ。長生みたいな豪傑ではないが、ツキと組めば、そこそこ強そうじゃろ?」

 ヒナギクが言うのを、則村は猪子の肉をほおばりながら聞く。なんともうまいものを振る舞う姫だと思う。

「筋骨もたくましい。姫様は、いい武人を見つけるのがうまい」

 笑って応じる。この朗らかでやさしい姫と一緒の時間は、則村にとって、至福の時間だった。

「そうではない。長生も支石も、たまたまなんじゃ。でも、心の中にキレイなものがある。そういう人が、近くに残ってくれる。お前と同じじゃな、則村」

 もう、涙が出そうになる。播磨(はりま)から郎党を引っぱってきて、ヒナギクを護衛したいと思ったくらいだった。でも、足利の手前、そうもいかない。だから、少しだけ縁のある数名を連れてきたのだ。

「ヒナ様、本日の私の供回りの内数名も、ここへ呼んでよろしいでしょうか? もちろん、武具など持ちません。支石殿に確認してもらってもいい」

 ヒナギクは笑う。

「ええよ。じゃあ、支石、連れてきてやって」

 支石は庭へ出て、別棟に控えている供回りを迎えに行く。

 少しすると、3人の男が入ってきた。すでに号泣していた。

「ひ、ヒナさまぁ~っ!」

 叫んで平伏した男たちを見て、ヒナギクも驚く。

「た、高橋兄弟? 一郎! 二郎! 四郎! 元気やったか? 則村に雇うてもらったんやな! ちゃんとなったんやな、そうやな?」

 3人は平伏した。口々に何か言う。

「あの日、救っていただいたおかげで、こうして生きております!」

「赤松の殿は、物分かりのいい方でした」

「ちゃんと、なりました! もう、盗んだり、絶対にしません!」

 また、号泣する。ヒナギクもニッコリ笑う。でも、涙がポロポロ流れる。見ていた則村は、その貴さに涙する。

「支石、いろいろごめん。この子らにも、お椀をあげて。猪肉は全部放り込んで、お酒も頼んできて」

 支石はうなずいて、立ち上がる。顛末は3兄弟から聞いていた。隠したつもりだが、支石も涙が止まらなかった。


「一郎、よく長生に従った! お前らは害悪から、人の役に立つ存在に変わった。世の中がよくなったんじゃ。褒美じゃ、飲め」

 ヒナギクは手ずから、一郎の椀に酒を注いだ。

「二郎、ケガは大丈夫か? 長生は容赦ないからの。死なんでよかったの」

「四郎、もう、張り倒されるようなことはしたらあかんぞ。お前には、似合わんぞ」

 二郎と四郎にも、酒を注ぎ、鍋をよそう。

「食え、飲め。お前らがちゃんとしてくれたことが、私はとてもうれしい」

 3人は涙が止まらないまま、酒をグッと飲んだ。そのまま、鍋を口にした。

「ああ、おいしゅうございます! 私らの人生が変わったあの夜と同じく、恐れ多く、それなのに、涙が出るほどに、うまい」

 ヒナギクは泣きながら、それでも笑う。

「私だけがこんな幸せはいけません。私の大好きな、兄と姉にも、お礼を言ってあげてくださいな」

 3人がニンマリ笑って、次々に思い出話をはじめる。関長生の豪剣、武骨だけど、問答無用のやさしさ。関紫苑(せきのしおん)の神々しいほどの慈愛、美しさ。口々に話している。

 ヒナギクはうれしい。大好きなふたりをほめてもらっているのだ。


「なあ、支石殿」

 則村は聞きながら、支石に酒を注ぐ。

「世直しって、なんやろうなあ」

 則村の問いに不思議な気分になる支石。ふたりで、夜空の月を見る。

「それをやろうとして、何もできていないのが、私でしょうね」

 支石の答えに則村が笑う。

「ワシも同じ。世直しと言いながら、人を殺めているだけじゃ。でも、上手にやってる人がおる。ヒナ様と長生、紫苑、そこの犬。こいつらに会うと、あの高橋兄弟みたいに生きたまま変わってしまう。そういうワシも変わった」

 支石が則村に酒を注ぐ。

「私も同じですよ。世直し上手な方々に、生きたまま直されてしまいました」

 その答えに則村はゲラゲラ笑った。

「人を生かしたまま世直しするんじゃ。そんな芸当、なかなかないぞ!」



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