マメだらけのキレイな手
正遠は散々食って、好きなことを言って帰った。ずっといたそうな顔だったが、長生と紫苑を気遣ったようにも見えた。
「紫苑、ごめんな」
ふたりになると、長生がポツリと言う。紫苑は小さく笑う。
「私たちの目的、忘れました? 宮様におぼえてもらえれば、妹を取り戻す機会も増えますよ」
聞いた長生が驚く。そうだった。大塔宮は、この回天の業の軸だった。楠木正成に頼む以上に、可能性は大きくなるのだ。なのに、長生は冷静さを失ってしまった。
「うれしかった。私なんかのために、あんなに怒ってくれて」
紫苑も口にしていいかわからない限界で、大好きな人を見る。
長生が少し残った酒を口にする。小さく息を吐く。
「紫苑、今日からは、この部屋で一緒に寝よう。兄妹であることは変わらないけど、よく考えたら、兄妹3人と犬で一緒に寝るのがこの家族やった」
うれしくて、紫苑は涙を流す。兄の前では、久しぶりだった。
「うん、ずっとそうしたかった。お兄やんの手を握って、小さな私の頭をクシャクシャしてもらって寝るの。それだけで、幸せなんだよ」
長生は久しぶりに小さな息遣いが聞こえる中で眠ろうとする。でも、少し心が昂ってしまい、うまくいかない。
少し、変化が必要に思う。思いきって、紫苑の手があるだろうところを探す、それを見つけた。
恐る恐る、自分より小さな手に触れる。繊細な指先なのに、手のひらには、剣を振ることでできた、たくさんのマメを感じる。指先から手のひらまで、ゆっくりとさする。
「マメだらけに、なっちゃった」
紫苑が少し笑った。その小さな笑いが、長生の心を締めつけた。
「ごめん、紫苑。ごめん、こんな手にして」
言われた紫苑が少し驚く。そして、ほんの少し笑う。
「あなたが、こうなれって、言ったんだよ」
長生は悲しくなって、紫苑の手のひらだけをマメがなくなるようにとさする。
「ごめん。間違ってた。紫苑に、こんなこと、させたくなかった。ワシ、余裕が、なかった……」
紫苑は涙があふれる。バカにするな!
「あなたに会えなければ、もっと汚い手になったの。こんなにキレイにしてくれて、ありがとう。これが私の手。嫌いですか?」
長生が首を何度も振った。
「紫苑に会えて、よかった。俺の汚れた手を、そのキレイな手で、もう少しだけ握っていて」
紫苑は言葉を返せなかった。長生のゴツゴツと枯れたような手を握る。硬いだけの殺伐とした手だった。なのに、どこまでもあたたかい。
「この山城攻めに、何の意味がある? ワシらが刃を向けれぬ人を攻める。それなのに、調子に乗って、上が無理筋を言う。全部、ぶち殺したろうか?」
何人もの部下が、そこで死傷していた。天皇と皇子がいるから、殺せと言えない。そのために、味方が死んだ。足利高氏は怒る。
高師直が必死に叫んだ。
「佐々木様からも、がまん、とのこと!」
高氏の顔がゆがむ。
「佐々木道誉? つまらん男じゃ」
大軍の指揮をほったらかして、師直に言う。
「ワシが会いたいのは、大塔宮かヒナギク君、楠木正成か関長生、関長生か新田小太郎!」
「関長生がかぶってますが?」
師直の答えに高氏がブツブツ言う。
「あれはな、軍略を語るにもおもしろそうな相手なんじゃ。そして、武勇を使いたくなる男でもある」
高氏の答えを聞いて、師直が思い出す。
「武勇は別にして、軍略を語れそうな男がもうひとりおります。播磨の赤松則村という男です。ヒナギク君をえらく気に入ったようで、その伝手で書状を送ってきました」
高氏は自軍に退けと合図を出してから振り返る。
「ほほお、おもしろそうじゃな。長生にも会ったのか?」
師直が笑う。
「会っています。あの豪剣の値打ちを理解していました」
高氏もようやく笑う。
「その赤松とかいう男、会いたいの」
師直も笑い返し、山上を指さす。
「そのせがれは、あそこにおりますよ。赤松則祐、大塔宮の腹心です」
聞いた高氏は、さらに兵を退かせる合図を出す。
「その赤松則村というオヤジにつなげ。播磨におるのか、場所もいい!」
高師直は頭を下げて、了解したことを伝える。
「ここはお前が適当にあしらえ。ワシは丹波に行く。赤松を呼べ」
高氏が言うと、師直が如実に不満な顔をする。
「私も丹波へ行きます。ここは弟君の直義様に預けていただきたい」
高氏は少し笑ってうなずく。
「ヒナギク君と赤松に会えるんじゃ。そりゃあ、そうなるか」
師直も笑った。




