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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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マメだらけのキレイな手

 正遠(まさとお)は散々食って、好きなことを言って帰った。ずっといたそうな顔だったが、長生(ながたか)紫苑(しおん)を気遣ったようにも見えた。

「紫苑、ごめんな」

 ふたりになると、長生がポツリと言う。紫苑は小さく笑う。

「私たちの目的、忘れました? 宮様におぼえてもらえれば、妹を取り戻す機会も増えますよ」

 聞いた長生が驚く。そうだった。大塔宮(おおとうのみや)は、この回天の業の軸だった。楠木正成(くすのきまさしげ)に頼む以上に、可能性は大きくなるのだ。なのに、長生は冷静さを失ってしまった。

「うれしかった。私なんかのために、あんなに怒ってくれて」

 紫苑も口にしていいかわからない限界で、大好きな人を見る。

 長生が少し残った酒を口にする。小さく息を吐く。

「紫苑、今日からは、この部屋で一緒に寝よう。兄妹であることは変わらないけど、よく考えたら、兄妹3人と犬で一緒に寝るのがこの家族やった」

 うれしくて、紫苑は涙を流す。兄の前では、久しぶりだった。

「うん、ずっとそうしたかった。お兄やんの手を握って、小さな私の頭をクシャクシャしてもらって寝るの。それだけで、幸せなんだよ」


 長生は久しぶりに小さな息遣いが聞こえる中で眠ろうとする。でも、少し心が昂ってしまい、うまくいかない。

 少し、変化が必要に思う。思いきって、紫苑の手があるだろうところを探す、それを見つけた。

 恐る恐る、自分より小さな手に触れる。繊細な指先なのに、手のひらには、剣を振ることでできた、たくさんのマメを感じる。指先から手のひらまで、ゆっくりとさする。

「マメだらけに、なっちゃった」

 紫苑が少し笑った。その小さな笑いが、長生の心を締めつけた。

「ごめん、紫苑。ごめん、こんな手にして」

 言われた紫苑が少し驚く。そして、ほんの少し笑う。

「あなたが、こうなれって、言ったんだよ」

 長生は悲しくなって、紫苑の手のひらだけをマメがなくなるようにとさする。

「ごめん。間違ってた。紫苑に、こんなこと、させたくなかった。ワシ、余裕が、なかった……」

 紫苑は涙があふれる。バカにするな!

「あなたに会えなければ、もっと汚い手になったの。こんなにキレイにしてくれて、ありがとう。これが私の手。嫌いですか?」

 長生が首を何度も振った。

「紫苑に会えて、よかった。俺の汚れた手を、そのキレイな手で、もう少しだけ握っていて」

 紫苑は言葉を返せなかった。長生のゴツゴツと枯れたような手を握る。硬いだけの殺伐とした手だった。なのに、どこまでもあたたかい。


「この山城攻めに、何の意味がある? ワシらが(やいば)を向けれぬ人を攻める。それなのに、調子に乗って、上が無理筋を言う。全部、ぶち殺したろうか?」

 何人もの部下が、そこで死傷していた。天皇と皇子がいるから、殺せと言えない。そのために、味方が死んだ。足利高氏(あしかがたかうじ)は怒る。

 高師直(こうのもろなお)が必死に叫んだ。

「佐々木様からも、がまん、とのこと!」

 高氏の顔がゆがむ。

佐々木道誉(ささきどうよ)? つまらん男じゃ」

 大軍の指揮をほったらかして、師直に言う。

「ワシが会いたいのは、大塔宮かヒナギク君、楠木正成か関長生(せきのながたか)、関長生か新田小太郎!」

「関長生がかぶってますが?」

 師直の答えに高氏がブツブツ言う。

「あれはな、軍略を語るにもおもしろそうな相手なんじゃ。そして、武勇を使いたくなる男でもある」

 高氏の答えを聞いて、師直が思い出す。

「武勇は別にして、軍略を語れそうな男がもうひとりおります。播磨の赤松則村(あかまつのりむら)という男です。ヒナギク君をえらく気に入ったようで、その伝手で書状を送ってきました」

 高氏は自軍に退けと合図を出してから振り返る。

「ほほお、おもしろそうじゃな。長生にも会ったのか?」

 師直が笑う。

「会っています。あの豪剣の値打ちを理解していました」

 高氏もようやく笑う。

「その赤松とかいう男、会いたいの」

 師直も笑い返し、山上を指さす。

「そのせがれは、あそこにおりますよ。赤松則祐(あかまつのりすけ)、大塔宮の腹心です」

 聞いた高氏は、さらに兵を退かせる合図を出す。

「その赤松則村というオヤジにつなげ。播磨におるのか、場所もいい!」

 高師直は頭を下げて、了解したことを伝える。

「ここはお前が適当にあしらえ。ワシは丹波(たんば)に行く。赤松を呼べ」

 高氏が言うと、師直が如実に不満な顔をする。

「私も丹波へ行きます。ここは弟君の直義(ただよし)様に預けていただきたい」

 高氏は少し笑ってうなずく。

「ヒナギク君と赤松に会えるんじゃ。そりゃあ、そうなるか」

 師直も笑った。


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