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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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ダメですか?

 笠置(かさぎ)から戻った楠木正成(くすのきまさしげ)は、橘正遠(たちばなのまさとお)関長生(せきのながたか)らに言う。

「笠置はすぐに陥ちる。じゃが、勝負はそこからじゃ」

 主だった面々を集める。

「笠置には帝や皇子らがおる。強く攻められん、強く守れん。が、あそこは勝負どころではない。帝や皇子らが捕らえられ、幕府はこの乱の血祭りとして、この赤坂城をねらう。そこから、ワシらの出番になる。奮戦し、幕府が強くないことを示せば、世にそれは伝わる。実際の回天は、その次」

 正成の描く戦略が見えてくる。関長生は、それでいいと思う。

「女、子ども、年寄りらを城から出せ。かねてよりの手筈通りに、各地に配置せい。その網が次に利いてくる」

 楠木党の諸将が頭を下げる。一気に臨戦態勢になってくる。長生も家に戻り、紫苑(しおん)を伊賀へ移す手伝いをしようと考える。

 その長生の背に、正成が声をかける。

「長生、紫苑はここに残せ」

 言われた瞬間に、長生は怒った。振り返る。

「約束が違う。ワシごと、暴れまわって城を出るぞ」

 案の定、こうなったと正成は思う。気づいた楠木正季(まさすえ)が、駆け寄ってくる。

「長生殿、これはワシからも頼みたい。紫苑殿は大塔宮(おおとうのみや)の信頼を得ておられる。いつか、宮はここに移られる。そのときに、宮の心を上向けるためにも……」

 言った正季をさらににらむ長生。殺気はあふれ、剣に手を向けようとさえした。

「貴様、紫苑を伽にでも差し出すつもりか。宮も含めて、一太刀で斬り飛ばすぞ」

 正季は恐怖で後ろに飛んだ。でも、飛び方が足りないと思った。長生の剣は、自分の腹を裂き、自分は死ぬと感じた。

 しかし、長生の背に近づく人がいた。殺気の塊の関長生の肩を叩く。どうやって、その間合いに踏み込めるのかと思う。関紫苑(せきのしおん)、本人だった。

「兄様、安心して。合戦が本格化する前に、私は山を下りるから。宮様に、軽く鍋でも振る舞うだけよ」

 それでも、長生は正季、さらに正成をにらんでいる。

「ダメじゃ。こいつらは、お前を駒にしようとした。ワシは許さん」

 紫苑は兄のその権幕を見て、下を向いてしまう。うれしくて、長生の帯をつかんで、誰にも聞こえないほど、小さな声で言う。

「もう少しだけ、長生と一緒にいたい。ダメですか?」


 長生は目を見開いて、急に止まった。長い間、紫苑は長生と呼ばなかった。でも、ここでそうされた。彼の殺気が消えた。

「私、宮様がいらっしゃったら、前と同じように鳩と芋の鍋を振る舞いますね。則祐(のりすけ)様もいらっしゃると、楽しそう! それが終わったら、山を下ります。合戦は恐いです」

 紫苑が正成と正季に笑う。

 賢い娘に救われたと正成は思う。紫苑の機転で、大塔宮という最大の駒の気を保てる。戦における大駒、関長生もつなげた。正季の方は、紫苑の笑顔に、ただ、呆けるしかない。


「あのオッサンらはね、人間の心がわかっとらんのですよ。ああ、もちろん、欲や(よこしま)なことはよくわかっとる。それを利用して生きとる。でも、睦まじさとか、愛情とか、そう言うのを知っとるのかと、ワシは大きな声で言いたい!」

 ここのところ、長生、紫苑と一緒に夕餉を囲むのが日常化した橘正遠が怒る。猪鍋をガツガツと食う。

「紫苑様、本当に余計なことはせんでいいですよ。あなたが心配で、長生様と一緒に、あのオッサンらを殺そうと思ったくらいです」

 紫苑が怒り続ける正遠に笑う。

「ありがとう、正遠様。あなたが兄の友になってくれて、本当によかった! この人、すぐにああなる。うれしいけど、やっぱり心配なんです。正遠様みたいに、賢い人がいてくれると、私も安心なんです」

 正遠は呆けてしまう。自覚していないが、毎日のように食材を携えて長生の家に来るのは、この紫苑に会いたいからだった。男女の間になりたいとか、そういう邪さはなかった。ただ、見たい、それだけ。関長生と紫苑という、信じられないほどによくできた男女を、並べて見ているのが好きだった。

「水運を使いたいときは、正遠を頼ってくださいね。船でどこへでもお連れします」

 紫苑がまた笑う。

「じゃあ、いずれ、駿河湾までお願いしましょう」

 正遠がキョトンとした。

「兄と私がいずれ住みたい場所があるのです。今は離れている妹、意地汚い犬も一緒に生きていく。いいところなんですよ。貧しいけど、里のみんなで手をとり合い、月のキレイな夜は、広場で鍋を囲むんです」

 紫苑が言うと、少し離れて飲んでいた長生が、やっと笑う。

「正遠、お前もどうじゃ? 流れてきた貧乏人ばかりの里じゃ。これからもどんどん流れてくるかもしれん。でも、それを食えるようにする。いろいろ、手伝い、教える。ワシらも学ぶ。昨日、盗んでいた人間が、今日は人のために生きるようになる。おもろいぞ」

 聞いている正遠がニヤニヤする。

「そういう仕事はね、私に向いているのです。戦なんかより、よっぽどおもろい。やりましょう。長生様らと、そんなことしたいわ!」



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