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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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急変

 急変の時代が来る。

 7年前、天皇と若く才気走った公家の討幕計画は露見し、天皇は翼をもがれた形になった。だが、時間とともに幕府の勢威は衰える。北条高時(ほうじょうたかとき)という最高権力者、得宗(とくそう)の人格が陰に非難された。しかし、衰退は構造的なもの。高時がどうやっても、変わらなかった。

幕府が上皇を倒した承久の乱で固まった体制では、もう社会に合わないのだ。また、時代が変わる空気が生まれてくる。

 京の公家たちは、その変化の空気だけを感じとった。だけど、そこには人々の今日を続け、明日を生きたいという願いが見えていない。

 天皇側近の文観(もんかん)円観(えんかん)といった僧、日野俊基(ひのとしもと)ら公家が幕府の命運を勝手に見切る。すぐに世は変わると信じた。あからさまに幕府を挑発するようになる。

 天皇に近い吉田定房(よしださだふさ)という公卿が、一歩早いと感じた。このままではすべてが頓挫する。彼は討幕計画の存在を鎌倉幕府に告げた。

 天皇側近たちが捕縛される。


 関長生(せきのながたか)は妹の紫苑(しおん)と一緒に、赤坂城の館にいた。楠木正成(くすのきまさしげ)正季(まさすえ)兄弟と夕食代わりの小宴だった。

「紫苑を正季にくれたりはせんか?」

 正成は城内外での紫苑の人気に気づいていた。この美しく強き娘が、弟の正季と一緒になれば、城の士気は高くなる。女神には使い方がある。

 その策略まみれの正成の顔を見て、長生は侮蔑するような顔になる。

「正季様、あなたに妹はやれん。理由は、あなたの兄が城の士気向上のために、わが妹を殺すかもしれんからじゃ」

 長生に完全にバレていたことを知り、正成が動揺した。そこに正季が怒る。

「兄者、まさか、私と紫苑殿が一緒になった後に、駒に使おうと考えたのですか?」

 弟にさえ、図星をつかれた。

「そ、そんなわけない。お前が紫苑を気に入って……」

 正季が大きな身体で激怒した。

「そんなんは、兄者が考えることではない! ワシと紫苑殿と、関殿の問題じゃ。ぶっ殺すぞ!」

 根がまっすぐな武人である正季は、兄のまわりっくどさと、身内さえ駒にする人間性に辟易した。長生の方が、よほどまっすぐで、つき合いやすい。

「関殿、こんなクソ兄は捨てて、ウチで飲もう。ツキにやる猪肉もある。ワシらが食っても、うまいぞ」

 言いながら、正季は紫苑も見る。

「猪肉、おいしいですもの、ね!」

 紫苑が笑う。その笑顔だけで、正季は死んでもいいと思う。


 だが、そこに注進が入る。正成はうなずく。入ってきたのは、若い公家だ。官位はここにいる誰よりも高いはずだ。だが、彼は下を向いて頭を下げた。

「楠木様! 俊基卿らの策謀が潰えました」

 正成は受けた書状を読む。日野俊基らのやり方は、危なっかしくて、見ていられなかった。そして頓挫する。幕府に伝えたのは、そうするしかなくなった味方だった。不確定要素だけが増えていく。読むほどに、ギリギリと正成は唇をかむ。

「青二才どもが、世情を知らず、ふんぞり返って、この有り様か!」

 怒った正成は、書状を長生にぶん投げた。読んでいいのなら、長生は読む。正成が怒る理由がわかった。

「長生よ、ワシが守るのは、誰じゃ? ()がために、剣を振ればいい?」

 正成はすべてを含めたうえで、そのバカさに怒ったのだ。こんなことでは、幕府に勝てるわけもない。

「天下万民のためでしょう。違うのですか?」

 長生は当たり前のことを、バカみたいな顔で正成に言った。

 正成は急に我に返る。いろいろ考えた。

「長生よ、天下万民のために、劉玄徳(りゅうげんとく)は立つよな。お前は関羽(かんう)じゃ。張飛(ちょうひ)は、そこの正季や赤松にやらせばいいな。ところで、劉玄徳は誰じゃ? ワシは何をやるのじゃ?」

 長生は、少し疲れ混乱している男に笑ってやる。

「アホか? 関長生の劉玄徳はヒナギクじゃ。アンタは、孔明(こうめい)をやれ。どっちも、代わりはおらんぞ」

 あっけらかんと、若い男に正成は言われる。でも、腹が立たない。理由はわかる。この男だけは、間違いなく関羽だからだ。

 正成の身体の中に、急に力が戻ってくる。

「せやったなあ。そういうことやなあ。ヒナ様が玄徳様で、ワシは孔明をめざせばいい。それさえ見失わなければ、なんでもできるぞ!」

 関長生が笑う。

「孔明殿、ワシの武勇は使いたいときに使え。ただし、紫苑はやらん」

 好きに言われた正成だが、長生をただ頼りに思う。関羽の豪剣さえあれば、自分は天下をいい方向に向けられるだろう。


「アケボシ、おいで、紫苑様がおいしい干し肉をくれましたよ」

 少し黄色がかった毛色の犬が、サクラの足元に駆ける。

「あなたも食いしん坊ですね。でも、それでいいのよ」

 サクラはうれしそうに犬に肉を食べさせる。

 なんて、美しい娘なんだろう。そんなことを伊賀へ来た紫苑は思う。

「アケボシも大きくなりましたね」

 紫苑が聞くと、サクラはうれしそうに笑う。

「そうなんです! かわいい、かわいいと思って抱いて寝たんです。朝起きるとね、耳が昨日よりも大きいんです! ビックリするほど早く、犬は大きくなるんですよ」

 紫苑は思う。同じくらい、サクラも大きくなってるんだよ。そして、これが一番美しい、大切な時間なんだろうな。そんなことを考える。

「ところで、里から連絡は来ましたか?」

 サクラの問いに、紫苑のもの思いが終わる。そうだった、それを伝えるのを忘れていた。

「長生兄のところに、里の長から手紙が来ましたよ。字も知らなかった人なのに、ちゃんとした字で、立派に里は育ってるよ、って」

 サクラの前では、ずっと微笑んでいた。なんとなく、そうなってしまう。

(ちから)様ですね。紫苑様とも仲良かったんでしょう?」

 聞かれて、紫苑は少し困る。自分は力と仲良く過ごしただろうか? そんな記憶がない。どちらかといえば、うまくいかなかった人間関係だった。

「そうでもないの。なんというか、私が悪いんだと思うよ」

 サクラの前でウソはつかない。どうせ、バレてしまうから。

「紫苑様が、力様を好きになれれば、よかったんでしょうね」

 紫苑は静かに驚く。たしかに、それがよかったのかもしれない。でも、紫苑も力も未熟で荒んでいた。関長生に出会えなければ、今の自分になれない。

 そして、その自分は関長生を愛してしまった。

「でも、紫苑様と長生様もお似合いですよ。ヒナ様と長生様もお似合い。紫苑様とヒナ様もとてもよい姉妹。それでいいのです」

 サクラは光を失った境遇もあって、状況を受け入れ、その中で強く生きようとするところがあった。不思議な割り切りのよさがある。

 そうだな、生き抜くことが大事だった。自分だけではない。長生とヒナ、ツキ、このサクラ、さらに力たち里のみんな。そのすべてで生き抜ければいい。生きていく喜びや、涙が出るほどの愛情は、勝手についてきてくれる。紫苑はそう思う。

「ここまでの運命はそれぞれにありました。そこから、私たちは賢く、強くなるように努め、これからを少しずつ、自分たちの望むものに変えていけばいいのでしょう。あなたも同じですよ、サクラ」

 紫苑が言うと、サクラは大きくやわらかく笑う。

「そうですね。アケボシとどんどん仲良くなり、どこへでも行けるようになりますよ」

 生きていくのは、やはり、楽しいと紫苑は感じた。



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