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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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残り少なき平穏

「兄様、少しですが瀬戸内のタコをいただいてきました。今日は、タコ飯でどうです?」

 楠木正成(くすのきまさしげ)が陣取る赤坂城の曲輪(くるわ)の中、小さな小屋に起居する関長生(せきのながたか)に、妹の関紫苑(せきのしおん)が声をかける。

「はは、それはいいの。楽しみじゃ」

 長生は笑う。今日の仕事は終わったのか、水場に向かい身体を清める。カラッとした顔で戻り、寝転がって夕日を見ていた。

「いただきましょうか、兄様」

 少しの後、紫苑がメシを椀に注ぐ。瓶子(へいし)の酒をかわらけに注ぐ。

 ふたりで食を進める。

「紫苑は吉野まで行ってきたようじゃが……」

 長生が聞く。最初、正成は紫苑にここへの輸送隊の指揮をまかそうとした。適材適所だけで決める、正成の飛躍だった。

「おい、約束と違う。ワシの武を使いたければ、紫苑をそういう場所に置くな」

 長生は正成に軽い殺意を向けて言った。その圧力に正成は引く。

「悪かった。たしかに、そうじゃ。紫苑は吉野や伊賀への連絡係にしよう」

 こうして、紫苑は吉野、伊賀など、反幕派を行き来し、つなぐ存在になった。

 だけど、この紫苑だった。天性の美しさに、朗らかなやさしさがあった。伊賀では、いつも目の見えぬサクラと遊び過ごすという。

 そうかと思えば、山中で出くわした賊を瞬時に戦闘不能に追い込んだらしい。

 つきそう兵たちみんなが言う。

「長生様の妹君は、その、女神様のような方です」

 顔はみんな紅潮していた。紫苑が好きなのだ。兵たちに厳しい稽古をつけるばかりの長生なんかより、よほど紫苑の方に人気があった。

「紫苑、そんなに目立つな。がんばるな」

 長生は心配して、変なことを言う。ニンマリ笑う紫苑。

「兄様、何を言うておるんです? まずは紫苑ががんばります。いずれ、回天のときが来ます。そこで、兄様がズッバーンとやるのです。回天は成り、兄様は褒美をもらう。それが私たちの妹です。忘れたのですか?」

 長生はたじたじになる。

「もちろん、忘れてない。でも、お前が心配じゃ」

 紫苑が何もできない兄にクスっと笑う。


 丹波でヒナギク、ツキと別れて少し歩いたときに長生は言った。

「ごめん、紫苑。名前で呼ぶの、やめて。ヒナとまた会うまでは、兄と呼んで」

 下を向く長生を見て、紫苑は胸が締め付けられた。自分と私たちのことは、何もかもをキレイに進めたいのだ。たぶん、この人は一緒にいても遠くなる。

「それでいいよ。もう、兄様とか、お兄ちゃんとかしか、呼びません。一度、あなたが好きだった紫苑は消えます」

 驚く長生。

「さよなら、長生。もう一度、私を見つけて、ね」

 そう言ってから、紫苑は長生をしっかり見なくなった。もちろん、一緒に生きているのだから、そこで見えているものはある。でも、愛するという心を閉じた。感じるのは、兄である親近感以上にならない。

 長生は何か大事なものを、また失ったと感じた。


「寝ようか」

 言い出したのは長生。紫苑はうなずき、片づけをする。長生は自分の寝床をつくる。

「それでは、また明日です。おやすみ、兄様」

 紫苑は別室に消えた。そのまま、長生は眠る。

 別室の紫苑は、心の中の長生を思い出し、ちゃんと泣いてから、眠った。


 犬が吠えた。ひとりの山伏が訪ってきたのだ。

「芋様へ、兎という方からの書状をお持ちしました」

 聞いたヒナギクが笑う。

「兎様には、会うたのか?」

 山伏がうれしそうに笑う。

「お会いしました。立派な棟梁(とうりょう)でした。ああいうところで、私は生きたいと思いました」

 ヒナは幸せになった。

「話を聞かせて。今日はここに泊まっていけばいい。明日を急かす人には何でも書いてあげるから」

 山伏はうれしそうにうなずく。

「これから、何かあの里へ伝えたいことあれば、私にお申し付けください。私は石動(いするぎ)様に忠誠を誓うことにしました」

 驚いたのはヒナの方だった。石動力(いするぎちから)、何をやった?


「たった、1年足らずです」

 山伏は力説した。

「それなのに、私たちを清める水、心地いい衣類、さらに食事で饗応してくれる。石動様は少し遅れていらっしゃいましたが、立派な武将のよう。家族が手をとり合い、老いを敬い、子どもらを慈しむ。あれが理想です」

 ヒナギクはうれしい。でも、聞きたいことは多い。

「相変わらず、庭で鍋食ってたか?」

 山伏はうなずく。大きく笑う。

「そうなんですよ! でもね、粗末でも家があるのに、ちゃんと集まってくる。子どもも年寄りもみんなで仕事して、おいしい鍋をつくって、月を見ながら食べるんですよ。おいしかった。腹いっぱいになりました!」

 ヒナギクはうれしくて、たまらない。

「ヒナ様と、関長生様、ふたりできっかけをつくられたと石動様に聞きました。たった半年と少しで、ああなるんです。この世はすばらしい」

 聞いたヒナギクは、心配していた自分たちがバカだったと思う。流民でも、みんな、立派だった。石動力のような男が、ちゃんといた。苦労を厭わない、若い人たちがたくさんいた。前を向けば、なんでもできる。

「名は? あなたの名は」

 ヒナが聞くと、山伏は頭を下げた。

妙俊(みょうしゅん)とか名付けられています。私には妙なところも俊なところもございませぬ。中身なき名でございます」

 ヒナはやさしい顔になる。

「あなたは私の頼る石動力を尊んでくれましたね?」

 山伏は頭を下げた。

「ならば、あなたの法号は支石(しせき)としなさい。いつか、あの里に根付き、還俗し、力の許しを得られれば、石動の名字をもらえばいい」

 山伏は平伏する。

「それを私のめざすものといたします。以後、ヒナギク様の大事には、支石をお頼りください。何がしかのお役に立ち、朽ちるのもまた、よい人生です」

 僧ではあるが、武人ではあった。そして、武人は死にたがる。長生と同じじゃ、そうヒナは思う。だから、言う。

「お前は死ぬな。生きて、働いて、年寄り、子ども、女にうまいもん食わせたれ。石動力が楽できるようにしたれ!」

 そう言う峻烈なヒナギクの顔に、支石は圧倒された。

「御意! 命尽きるまで、働きたくなりました!」

 ヒナはうれしかった。石動力が大事な味方を派遣してくれたのだ。



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