ずっと一緒にいたいよ
キレイだな、とヒナギクは思う。この姉のような人は、ほんの数カ月で、驚くほどに成長した。もう、私では届かないほど。
「あなたたちの心とお腹を温めるために、この猪子の生は終わりました。しっかり食べて、しっかり明日を生きなさい。これまでの殺生を悔い、それでも、前を向きなさい」
ヒナはこの一行の主だった。だから、大事なことを言う。
「ヒナ様、私たちの命を救っていただいた声は忘れません。紫苑様、私たちに光を見せていただき、ありがとうございます」
一郎は自分の中で何かが変わったことを自覚しながら言う。
すると、紙に何かを書いていた長生が話す。
「お前ら、武勇と筋骨はそこそこにある。赤松則村殿に書状を書いた。行ってこい。兵隊くらいにはなれる。郷を守って、死ぬなり、功を立てるなり、好きにやれ。野をさまよっていても、お前らは害悪なだけになる。人のために生きて死ぬ場所を探せ」
急に具体的な生き様を突き付けられる。一郎は驚いている。
「明日からがんばろう、と思っても、やることさえなかろう。3日もすれば、腹が減って同じことをする。いずれ、斬り殺される。じゃったら、腹が減る前に、食えるところに行け。そこで、自分の力を発揮しろ。できなければ、できるようになるまで努力しろ。逃げたくなったら、逃げて、また、腹を減らせ。そして、誰かに斬られて死ね」
長生はそこまで言って、書状を一郎に渡す。紫苑に向かって言う。
「餅を焼こうか、紫苑。ただし、ひとつずつじゃ」
その長生の顔を見た瞬間、紫苑はまた泣いてしまった。
一郎は驚愕していた。食ったこともないほど甘くて、うまいものが、喉を通り過ぎていく。わからないままに食いきってしまう。
「やわらかい米からつくる餅で、米やらを煮詰めてつくる飴を包んだものです。食べたことないんでしょう? あわてて食べてしまったでしょう?」
紫苑はずっとやさしい人だ。
「それでいいの。どちらも、流離って、奪って生きている人には似合わない食べ物です。だから、それをやめるの。あなたたちは、もう一度、これを食べるために生きなさい。これを一緒に食べたい相手を見つけなさい」
一郎は思う。これを紫苑とゆっくりと食える時間は最高だろう。すると、紫苑が笑う。
「私が大好きなのは長生の兄様です。あなたらが、私と餅を食べたければ、兄様より強くなりなさい。話はそこからです」
紫苑は3人に無理難題を言う。でも、上手だな、と長生は思う。彼らは武勇という目標に向き合うことになる。長生を超える日は来なくても、それが歩む道になる。無軌道な生き方から、方向性ができる。
「私には何もありませんでした。でも、今は大切な兄と妹、犬がいます。毎日食べるおいしいものも、あなたら程度を圧倒できる武もあります。もっとおいしいものを探したい楽しみさえあります。数カ月で私が得たものです」
そうか、たった数カ月なのだ。それだけで、人は変わる。一郎が思う。
翌朝、長生は3人を切り離すことを言う。
「お前らと同道する気はない。渡した書状通りに赤松様のとこに顔を出すか、ここで同じように野盗をするかは知らん。ただし、次に野盗としての顔を見たら、瞬間的に殺す」
一郎は長生一行についていきたいと思っていた。でも、それはムリなようだ。
「私たちも、すぐにバラバラになるの。できるだけ、家族だけでいたいの。許して」
ヒナギクが言ってくれる。やさしい人だった。
「しんどいことを厭うな。苦しいことから逃げるな。人のために何ができるかを考えろ。全部やれ。いつか、涙が止まらないほどの幸せに出会える!」
紫苑の厳しくやさしい言葉に呆然となる。この女神が自分たちを救ってくれた。この出会いがあっただけで、自分たちの生は意味がある。
「忘れません。いつか、もう一度、餅と飴を食います。そのとき、あなたの笑顔を思い出していいですか?」
一郎は誓う気持ちで、好きになった人に言ってみる。
「もちろんじゃ、思い出してくれ。私には家族はいても、友達は少ない」
一郎の目から勝手に涙があふれた。
(あなたに出会えた私は、幸せです!)
紫苑は自己表現ができるようになった。高橋兄弟への対応は見事だったとさえ思う。思いきりのよさ、人生観、どれも長生に近い。本当に妹のようだった。
だけど、そうなると、ヒナギクが心配になる。
「ヒナ、元気が足らんの」
長生が声をかける。すると、ヒナギクは思い詰めた顔を向ける。でも、すぐに隠して笑う。
「そんなわけはない。兄様も姉様も元気で、ヒナは幸せじゃ」
これはダメだな、と長生は感じる。そこで、大事なことを思い出した。
そのまま、ヒナの手を握った。
「えっ、ええっ! ええっー?」
意味の分からない大声を上げるヒナギクに、長生が小さな声で言う。
「大事なことは手を握って言えと、ヒナは言うておったが……」
ヒナは久しぶりなのでうろたえる。
「ヒナ、大好きじゃ。長生の嫁になれ!」
ヒナギクが何も言えなくなる。でも、圧倒的にうれしそうな顔。
「何も変わっとらんぞ。ワシはヒナを嫁にもらいたい。お前が好きじゃ」
言葉のひとつひとつが、全部うれしい。ヒナは長生の手を必死に握り、それを確かめる。
「ヒナ、逃げるな。長生を嫌いか?」
そんなわけない。でも、紫苑が美しすぎた。長生は紫苑が好きに違いない。私なんかは、もう、いらないと思ってしまう。
だから、不安になる。下を向いてしまう。
「ヒナ、お前は大事なことを忘れておるな。ワシを修羅から助けてくれたのは、月下に儚く輝くお前の横顔じゃ。お前さえ幸せになれば、それでいいと誓った。その思いはずっと続いている」
長生が言う。ヒナギクは心の底が温かくなり、次に胸が苦しくなる。
「長生、ずっと一緒にいたいよ」
そうつぶやく。




