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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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互いの小さな不安

 少し離れたところで、紫苑(しおん)は見ていた。

 小さなため息が出る。

(弱くなって、困っていたのは、ヒナだもんね。兄様はそこに寄り添うもんね)

 また、自分の運命を考える。何もない人生だった。闇とか、そういうのではない。つまらない、というのが正しい。意味がなかったのだ。

 長生(ながたか)も同じだったと教えてくれた。でも、ヒナに会って、全部変わったという。自分も同じだ。変わった長生に出会うことで、紫苑も大きく変わった。

(ヒナがいて、長生が変わり、紫苑が変わった。大事なのはヒナと長生の出会い。紫苑はそのおまけだ。私と長生が先に出会っていたら、私が彼に殺されただけ……)

 やっぱり、つまらなかった自分が悪い。自分がもっとマシに生きていれば、もし、先に長生に出会えば、変わってくれたかもしれない。彼の根底にあるやさしさは、元からあるものだ。自分程度でも、それを覚醒させることができたかもしれない。

 でも、運命はそうじゃなかった。私が悪い。順序が違えば、どうやっても今ある幸福に私は出会えなかっただろう。

(幸せなのに、なんだか、とても悲しいな。やっぱり、先に私が死んじゃおうよ。絶対、長生もヒナも泣いてくれ……)

 考えをまとめようとした瞬間、急に犬が吠えた。

「ワフッ!」

 ダラダラとよだれを垂らしながら、紫苑を見ている。

 そして、思い出す。

(あ、サクラ……)

 そうだった。あの光なき子に寄り添う役割も紫苑にはあった。

 ほんの少し笑って、ツキを見る。

「そうだったね。私にはやるべきことがあったよね」

 声をかけると、犬が尻尾を振っている。

 でも、幸せに慣れちゃったんだろうね。やっぱり、何もかもさみしいよ。私、どうしたらいいんだろう?


 どうせたいして進む気もない旅だった。丹波(たんば)で別れるヒナギクが何かに納得するまで、ほかがつき合う。それが目的だったのだ。

 明るい間から心地いい寝床をつくり、残った猪肉をゆっくりと鍋で火にかける。筋張った塊をそうしたのだが、時間とともにほろほろに煮られていく。

「な、なんか、おそろしううまそうな……」

 臭いとよくないので、長生は見つけた香草をバカみたいに入れた。それがさらに野性的な香りを助長していた。

「く、食うてみよう」

 長生の合図で、全員が食う。犬の勢いが異常だった。

「こ、これは!」

「すごい、おいしいというか、たまらん」

 ヒナも紫苑も喜ぶ。だけど、そこで、紫苑が何か思い出す。自分の荷物から何か小ぶりな壺を持ってくる。

「兄様、これ、こっそり赤松でもらったお酒。唐土のつくり方の強いヤツらしいけど、どうかな、と思って」

 長生は一瞬、うれしそうな顔をした。でも、首を振る。

「いや、道中で酒はやめた方が……」

 紫苑が笑う。

「ここは赤松様の播磨と丹波の間よ。そんなに用心するところでもないし、私は飲まないから、いざとなったら、なんとかなるよ」

 たしかに、そうだった。すると、ヒナが大喜びする。

「ありがとう、姉様。私、兄様と飲んでみたかった! いい?」

 突然のヒナの乱入に、紫苑は驚く。でも、ヒナがしたいのだ。それは許してあげたい。

「いいよ。でも、ホントに強いお酒みたいだから、少しずつね」

 姉としての自分に戻って言う。

「うん、大丈夫!」

 そうして、木椀の底に少しだけ注いで、長生に杯をあげる。

「長生、ヒナはお酒も飲める大人の女じゃ!」

 そう言って、少し口にする。長生も飲んだ。驚くほどに強い。

「おおっ! これは、神前でいただくものとは、違うの! しかも、肉に合う」

 ヒナが大喜びで肉も口にする。また少し、酒も口にする。

 不安になった紫苑が言う。

「大丈夫? ゆっくりがいいよ」

 ニヤニヤ笑うヒナ。また、酒を少し飲む。

「うん、平気よ。でも、鍋のお汁がおいしいね。温まるねえ……」

 そう言ったかと思うと、急にケラケラ笑い出した。

「紫苑姉な、私、ホンマに姉様はキレイやと思うん。もう、ちっちゃい私なんか、ぜんぜんダメ。兄様は紫苑姉が好きで仕方ないはずじゃ。だから、ヒナは提案するぞ。ふたりで、こっそりと兄様の(めかけ)になろう。正妻とかは決めない。外面はこのまま妹なんじゃ。でも、実はふたりとも妾じゃ」

 長生が貴重な酒を吹いた。唖然としてヒナを見る。

「そうすれば、ヒナはしょんぼりせんでいいし、姉様ともずっと仲良しでいける!」

 ヒナが言うムチャクチャを紫苑も驚いて聞く。

「そうするんよ。ヒナだけ置いて、ふたりで家族になるのは……、アカンで。絶対にアカン……」

 何かまだ言おうとしたが、ヒナはそのまま落ちた。驚いた長生が瞬間的に抱き寄せる。呼吸を確認していた。

「酔ったらしい。危険な感じではない。よかった」

 紫苑に言う。目の前で起こった光景、ヒナの言葉、全部に彼女は衝撃を受けていた。

 でも、少しして笑う。

「はあー、ヒナも不安やったのね。変なの……」

「変、なのか?」

 クスっと笑った紫苑。

「ヒナを温かくして寝かせてあげたら?」

 長生はようやく気づいて、抱いたヒナを寝床に連れていく。上掛け替わりの布もかけてやった。横にツキがやってくる。

(見ていますから、あっちの相手をしなされ)

 そんな目で犬は長生を見た。少し笑って、ツキの首を抱いた。

「頼む。ありがとう、ツキ」


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