清らかな精神、剣とともに
普通、人前で大泣きすると、こっ恥ずかしいものなのだが、赤松則村はそういうところを軽く乗り越える。
「長生、全国が争乱となったとき、この地は何の役目を果たせる?」
ここは西国だ。坂東出身の長生の意見は貴重なのだ。
「乱は京と鎌倉の間で起こります。そこにあなたが顔を出したければ、京に出張るしかない。ただ、京は平地で市街ですよ」
長生は最後を言わない。だから、則村は考える。
「京へ攻め込む形がいるのか、しかし、平地は経験が少ない」
長生は助け船を出すことにする。
「六波羅の兵は京では強いですよ。平地を馬で走り、弓と太刀で戦うのが坂東の戦ですから。山での野伏戦に優れた、あなたや楠木様も苦戦するでしょう」
則村は考える。
「平地では戦わない?」
長生は少し笑う。
「じゃあ、どうやって六波羅に踏み込むんです? 最低限、それはできないと軍がかわいそうです。だけど、肝心なところでぶつかる必要はない。野伏にできるだけ持ち込みなさい。あなたは有利に戦える」
則村は感心した。長生は軍師の資質さえある。
「ただ……」
その長生が言う。則村は続きを聞きたい。
「赤松様の本質的な戦はそこではないでしょう。この地が、いつか意味を持つでしょうね」
長生はこの片田舎に意味があると言った。
「戦乱の初期は京と鎌倉、以後は全国に及びます。東では陸奥の兵が意味を持つ。では、西は?」
則村の肌が粟立った。戦局が動くほどに、蚊帳の外である西国・九州勢の兵力が決定的存在になる日が来るかもしれない。
「通すか、通さないかは、あなた次第になるかもしれません」
長生の言に、則村は驚く。城塞戦という言葉を思い浮かべるのと同時に、館の裏の山を見上げていた。
「お前がアリ一匹殺さなくても、ここに残ってほしい。武勇はあるとわかっている。じゃが、知恵だけでも欲しい」
小宴の席で則村は長生に言う。ヒナギクがニヤニヤ笑う。今日は則村の一族や家臣も数名呼ばれている。
「則村、私の左将軍をほめてくれてありがとう。でもな、関長生は足利高氏と新田義貞がほれ込み、足利高経が買おうとし、楠木正成が軍師にしようとした武人じゃ。じゃが、ヒナギクの左将軍のままじゃ。私の宝をお前にはやれん」
猪子の肉を口にしながら、そんなことを言う。庭先では、ツキが獣肉をむさぼっている。
「なあ、紫苑、舞わんか?」
急に長生が言う。紫苑は剣舞の経験はないが、長生のそれを見ていた。できそうな顔をしていた。
「剣舞を披露してくれるのか? 見たい!」
則村が言うと、ヒナギクが笑う。
「垓下を私が吟じます」
長生と紫苑のふたりが、それぞれの大太刀と長巻の鞘をはらう。互いに長身で剣は長かった。向かい合っただけで、美しい。
「力は山を抜き~」
その瞬間から、異次元の事態が起きる。長生と紫苑の剣風がそれぞれに別の音を奏で、ひとつの和音になっていた。
「ときに利あらずして~」
切っ先の走りが圧倒的に繰り返される。暴風の中にいるようだ。
「騅逝かざるを~」
もう、ヒナギクにはどうにもならない気がした。ふたりの心はピタリと合いすぎて、別の音を響かせるのに、同じ音にさえ感じる。
「虞や、虞や、汝をいかんせん」
ふたりは互いにキリキリと4回も旋回した。なのに、最後の一撃は完全に一致していた。音がひとつになり、館の間を突き抜け、月まで響いた。
ふたりが顔を合わせ、笑う。次に夜空を見上げた。月光が美しきふたりの戦士に降り注ぐ。
赤松則村にはわからなかった。この圧倒的な武勇を振るいながらの協奏は、普通の人間関係ではできない。ウソだと思っていたが、本当の兄妹なのかもしれない。いや、互いに武勇に優れた思い人同士なのかもしれない。
どちらにしても、普通に戦えば、数人、いや。数十人を失う手練れだった。
「この美しき剣を、味方にできるのですか?」
則村は戦場を知り尽くした武人だった。その点では足利高氏や高経よりも、いや、楠木正成よりも上だった。恐怖が支配する戦場での豪剣は、すべてを変える力がある。
「長生と紫苑は、私の剣。何があっても私の横にあるよ」
ヒナギクが則村に言う。
則村はこのふたりの剣が天下を変えると理解する。幕府御家人が敵う種類ではない。そして、使う場所を見極めるのは、足利高氏か、楠木正成、いや、帝本人か?
則村は腹をくくった。この武勇を使える人こそが強いのだろう。
「ヒナギク君、赤松則村は誰でもなく、あなた様を主君といたしたい。お許し願えれば、粉骨砕身、お仕え申します」
ヒナギクは笑う。
「私はただの通りすがりの娘よ、則村。どうせ、帝や宮からも連絡がある。それにこそ応じなさい。でもね、私は、こんな素敵な土地を育めるあなたに頼りたいよ。よろしくね」
則村はまた泣いてしまう。誰が何と言おうが、この姫を主君にしたい。
「そ、そんな、もったいない!」
則村は頭を下げた。なのに、ヒナギクは彼の前に来た。右手を両手で包む。則村は心が動いてしまい、どうにもならない。
「あなたは、この地の人の幸せだけを考えなさい。迷わなくなるよ」
ヒナギクが言う。
「で、でも、それでは……」
則村が不安を口にすると、長生はまっすぐに向いて頭を下げる。
「そのときは、私か紫苑が、則村様の首を跳ねます」
長生と紫苑が則村を向く。時勢がヒナギクと自分の間を割いてしまえば、殺されるのだ。たぶん、間違いない。
「それでも、則村はこの地の人のために生きるの。私は私の大切なもののために生きるの。それが、同じ道だったらいいね」
この小さな娘は、赤松則村という人間を何の不満もない形で規定してくれた。今までぼんやりと考えていたことが、間違いでなかったと思える。そして、この娘にも譲れない規定があるという。互いにすり合わせ、共存できる未来だけがほしい。
この清らかな精神と、武勇の近くにずっといたいと思う。
「わかりました。則村は第一にこの地のためにあります。でも、それができているとき、ヒナ様のお近くにあれれば、これ以上の幸せはございません」
則村はまた頭を下げる。ヒナギクが地面に着いた大きな手をまた握り、笑った。




