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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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清らかな精神、剣とともに

 普通、人前で大泣きすると、こっ恥ずかしいものなのだが、赤松則村(あかまつのりむら)はそういうところを軽く乗り越える。

長生(ながたか)、全国が争乱となったとき、この地は何の役目を果たせる?」

 ここは西国(さいごく)だ。坂東(ばんどう)出身の長生の意見は貴重なのだ。

「乱は京と鎌倉の間で起こります。そこにあなたが顔を出したければ、京に出張るしかない。ただ、京は平地で市街ですよ」

 長生は最後を言わない。だから、則村は考える。

「京へ攻め込む形がいるのか、しかし、平地は経験が少ない」

 長生は助け船を出すことにする。

六波羅(ろくはら)の兵は京では強いですよ。平地を馬で走り、弓と太刀で戦うのが坂東の戦ですから。山での野伏戦(のぶせりいくさ)に優れた、あなたや楠木様も苦戦するでしょう」

 則村は考える。

「平地では戦わない?」

 長生は少し笑う。

「じゃあ、どうやって六波羅に踏み込むんです? 最低限、それはできないと軍がかわいそうです。だけど、肝心なところでぶつかる必要はない。野伏にできるだけ持ち込みなさい。あなたは有利に戦える」

 則村は感心した。長生は軍師の資質さえある。

「ただ……」

 その長生が言う。則村は続きを聞きたい。

「赤松様の本質的な戦はそこではないでしょう。この地が、いつか意味を持つでしょうね」

 長生はこの片田舎に意味があると言った。

「戦乱の初期は京と鎌倉、以後は全国に及びます。東では陸奥(むつ)の兵が意味を持つ。では、西は?」

 則村の肌が粟立った。戦局が動くほどに、蚊帳の外である西国・九州勢の兵力が決定的存在になる日が来るかもしれない。

「通すか、通さないかは、あなた次第になるかもしれません」

 長生の言に、則村は驚く。城塞戦という言葉を思い浮かべるのと同時に、館の裏の山を見上げていた。


「お前がアリ一匹殺さなくても、ここに残ってほしい。武勇はあるとわかっている。じゃが、知恵だけでも欲しい」

 小宴の席で則村は長生に言う。ヒナギクがニヤニヤ笑う。今日は則村の一族や家臣も数名呼ばれている。

「則村、私の左将軍をほめてくれてありがとう。でもな、関長生(せきのながたか)足利高氏(あしかがたかうじ)新田義貞(にったよしさだ)がほれ込み、足利高経(あしかがたかつね)が買おうとし、楠木正成(くすのきまさしげ)が軍師にしようとした武人じゃ。じゃが、ヒナギクの左将軍のままじゃ。私の宝をお前にはやれん」

 猪子の肉を口にしながら、そんなことを言う。庭先では、ツキが獣肉をむさぼっている。

「なあ、紫苑(しおん)、舞わんか?」

 急に長生が言う。紫苑は剣舞の経験はないが、長生のそれを見ていた。できそうな顔をしていた。

「剣舞を披露してくれるのか? 見たい!」

 則村が言うと、ヒナギクが笑う。

垓下(がいか)を私が吟じます」


 長生と紫苑のふたりが、それぞれの大太刀と長巻(ながまき)の鞘をはらう。互いに長身で剣は長かった。向かい合っただけで、美しい。

「力は山を抜き~」

 その瞬間から、異次元の事態が起きる。長生と紫苑の剣風がそれぞれに別の音を奏で、ひとつの和音になっていた。

「ときに利あらずして~」

 切っ先の走りが圧倒的に繰り返される。暴風の中にいるようだ。

(すい)逝かざるを~」

 もう、ヒナギクにはどうにもならない気がした。ふたりの心はピタリと合いすぎて、別の音を響かせるのに、同じ音にさえ感じる。

()や、虞や、(なんじ)をいかんせん」

 ふたりは互いにキリキリと4回も旋回した。なのに、最後の一撃は完全に一致していた。音がひとつになり、館の間を突き抜け、月まで響いた。

 ふたりが顔を合わせ、笑う。次に夜空を見上げた。月光が美しきふたりの戦士に降り注ぐ。


 赤松則村にはわからなかった。この圧倒的な武勇を振るいながらの協奏は、普通の人間関係ではできない。ウソだと思っていたが、本当の兄妹なのかもしれない。いや、互いに武勇に優れた思い人同士なのかもしれない。

 どちらにしても、普通に戦えば、数人、いや。数十人を失う手練れだった。

「この美しき剣を、味方にできるのですか?」

 則村は戦場を知り尽くした武人だった。その点では足利高氏や高経よりも、いや、楠木正成よりも上だった。恐怖が支配する戦場での豪剣は、すべてを変える力がある。

「長生と紫苑は、私の剣。何があっても私の横にあるよ」

 ヒナギクが則村に言う。

 則村はこのふたりの剣が天下を変えると理解する。幕府御家人が敵う種類ではない。そして、使う場所を見極めるのは、足利高氏か、楠木正成、いや、帝本人か?

 則村は腹をくくった。この武勇を使える人こそが強いのだろう。

「ヒナギク君、赤松則村は誰でもなく、あなた様を主君といたしたい。お許し願えれば、粉骨砕身、お仕え申します」

 ヒナギクは笑う。

「私はただの通りすがりの娘よ、則村。どうせ、帝や宮からも連絡がある。それにこそ応じなさい。でもね、私は、こんな素敵な土地を育めるあなたに頼りたいよ。よろしくね」

 則村はまた泣いてしまう。誰が何と言おうが、この姫を主君にしたい。

「そ、そんな、もったいない!」

 則村は頭を下げた。なのに、ヒナギクは彼の前に来た。右手を両手で包む。則村は心が動いてしまい、どうにもならない。

「あなたは、この地の人の幸せだけを考えなさい。迷わなくなるよ」

 ヒナギクが言う。

「で、でも、それでは……」

 則村が不安を口にすると、長生はまっすぐに向いて頭を下げる。

「そのときは、私か紫苑が、則村様の首を跳ねます」

 長生と紫苑が則村を向く。時勢がヒナギクと自分の間を割いてしまえば、殺されるのだ。たぶん、間違いない。

「それでも、則村はこの地の人のために生きるの。私は私の大切なもののために生きるの。それが、同じ道だったらいいね」

 この小さな娘は、赤松則村という人間を何の不満もない形で規定してくれた。今までぼんやりと考えていたことが、間違いでなかったと思える。そして、この娘にも譲れない規定があるという。互いにすり合わせ、共存できる未来だけがほしい。

 この清らかな精神と、武勇の近くにずっといたいと思う。

「わかりました。則村は第一にこの地のためにあります。でも、それができているとき、ヒナ様のお近くにあれれば、これ以上の幸せはございません」

 則村はまた頭を下げる。ヒナギクが地面に着いた大きな手をまた握り、笑った。


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