切っ先を走らせろ
翌日、正成は長生を連れて館を出る。このまま、長生を拉致されては困るので、ヒナも無理についていく。紫苑もツキも一緒になる。
「長生、あそこが本丸なら、どう攻める?」
正成は聞いた。生まれが坂東である長生の意見が知りたいようだ。
「私は育ちが悪いので違うが、できるだけ馬で寄せたいでしょうな。なにせ、鎧が重い」
正成には、新鮮な意見だった。
「重いのか?」
「騎乗で弓を用いる人の鎧です。歩くのには向かないほど重い。草刷りが大きいので、足も上がらん」
正成がうなずく。畿内には大きな平野は少なく、盆地と山が交互にあるもの。自然に足で動くことが多くなり、甲冑もそれに合った軽快なものになった。
だが、鎌倉のある坂東は違う。平地が多く、騎乗で弓を射ることが戦闘の主となった。馬に乗っての防御なので、鎧も重く、大きくても平気なのだ。
「もう少し詳しく言え。正季、聞いておけ。いや、書き記せ」
昨日からいる大柄な武士に言う。正成の弟、楠木正季だった。
「まず、馬に乗って、あそこまでは来る。だが、それ以上は馬が坂を嫌がる。弓を射て、そこから郎党に馬をまかせて帰らせるだろう。その後は歩いてくる。大袖と大きな草刷りではしんどいだろうが、あの斜面を登ろうとする」
正成はうなずく。
「とにかく、本丸の壇に取りつけば、なんとかなると考える。動きは遅い。鎧が重すぎる」
長生が説明する。
「礫を打ったりはせんか?」
笑う長生。
「あれらは、誇りだけ高い。礫も短弓も匕首も卑怯と考える。長刀抜いて振り回すまでは、何もできん」
正成はおもしろい。
「槍は?」
「使わんだろうな。馬上で太刀という伝統だ。紫苑の長巻か、ワシの大太刀くらいが、最大射程になる」
愉快になる正成。坂東武者に対して、圧倒的な戦術が自分にはあるからだ。
「ところで、お前本人が大将なら、どう攻める?」
長生は周囲を見渡した。
「馬も大きな鎧も用いない。ただ、水を止めるかな」
正成は驚く。
「長生、少し逗留せい。ヒナ様らに不自由はさせん」
長生が笑ってヒナに言う。
「ご主君、いかにします?」
ヒナギクはあきらめた。
「正成、私の右将軍を怒らせないくらいにできれば、左将軍の知恵を貸してやる」
正成は正季に言う。
「贅沢ない程度に、ちゃんと饗応せいよ」
正季が笑ってツキの頭をなでていた。正成の弟は、やたらとよだれを垂らす犬が気に入っていた。
夕方、正成が急に言った。
「関長生の剣、見せてくれんか?」
いきなり斬ってくることはなかった。長生はそうなるだろうと予想していた。
「太刀と同じ長さの棒切れを2本、用意くだされ。先に私が棒を選ぶ。お相手は正季殿に頼みたい」
そう返す。
「ワシでは、アカンのか?」
正成が返した。
「殺してしまうかもしれません。それに、正成殿は見ることが重要かと」
長生は辛辣なことを返す。
「ワシの腕では、死ぬと申すか?」
さすがに、正成も怒気をはらむ。彼は悪党の大将なのだ。
「多分」
長生が言うと、こちらも怒った楠木正季が棒を2本持ってくる。長生の足元に転がす。
「好きな方を選べ」
正季は兄以上に豪であった。ただし、思慮は兄に及ばない。兄と組めば、摂津、河内、和泉で負ける気はない。坂東の豪剣、何ほどかと思う。
「この棒をもらおう」
長生は間違うことなく、質のいい棒をとった。でも、自分の前では無力だと正季は思う。
すると、長生はもう一方の棒を投げてきた。もう、攻撃ははじまっている。
正季はその棒をひっつかむ。そのまま、上段から叩き落す。無言。ただし、豪剣はこっちであるという気迫で打つ。
カンッ!
乾いた棒が打ち合う響き。長生は真正直に受けなかった。いなし、後ろに飛ぶ。
「力は思ったほどではないかっ!」
正季が打ち込む、長生はいなす。そして、退く。同じことがもう一度。
でも、次の間合いで、正季の体勢は前に突っ込みすぎて、棒は勢いを失っていた。
そして、十分に退いた長生の棒は、深く振りかぶられていた。
正季はそれでも自分の棒が先に長生を打つと感じた。力で押し切った感覚があった。
なのに、打たれる瞬間まで長生は棒を振らない。
そして、風が鳴った。
ブッ!
正季は信じられない衝撃を受けた。それでも、棒を握る手を押し込む。目の前で棒が砕けて散る。長生が目の前にいる!
「勝負あり、でいいですな」
正季は何も返せない。長生の棒が喉元にある。何が、起こった?
「正季、お前の負けじゃ。悔やまんでいい。ワシなら、死んでいた」
楠木正成が弟に声をかける。正季は呆然と兄を見ていた。
「なんじゃ、あれは? 長生は説明できるのか?」
正成が問う。
「いくらでも。じゃが、わかりやすいがよかろう。頭ほどの瓜と、捨てる兜でも持ってきてくだされ」
長生が笑って応じた。
庭先に杭が打ち付けられ、先に大きな瓜が刺されている。さらに古びた兜をかぶっていた。
太刀を抜いた長生はその前に立つ。先ほどと同じように、大きく振りかぶっている。呼吸を整え、右足を踏み出す。
「えぁあっ!」
長生の声と同時に風が断ち切られる音がした。でも、瓜も兜も、動いていない。
正季は、遠すぎたのだと思った。しかし、少しの間の後、瓜から汁が垂れてくるのを見る。正季は瓜に駆け寄った。そして見る。
兜にも瓜にも、一寸程度の切れ目があった。
「あ、兄者。斬られています。兜も、瓜も」
正季の声に、正成が驚く。長生は兜の上から頭蓋を一寸も断ったことになる。
「狭き所で使うならば、太刀は突くことこそがよい。上から叩いて、潰すのも悪くはない。だが、広き場所があれば、太刀は切っ先を走らせ使う。走れば走るほど、鋭さは増し、甲冑さえ断つ」
長生は説明した。正成は畿内と坂東では武人の文化さえ異なると肌身で感じた。
「坂東の者は、太刀を振るのに慣れています。やつらに、振らせぬことです。そして、遠くから突けばいい」
正成がうなずいた。頭の中に、軍略があふれかえってくる。
「長生、お前はワシの近くにおれ」
涼しい顔で長生は拒否する。
「私が守るのはヒナギク君だけです」




