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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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切っ先を走らせろ

 翌日、正成(まさしげ)長生(ながたか)を連れて館を出る。このまま、長生を拉致されては困るので、ヒナも無理についていく。紫苑(しおん)もツキも一緒になる。

「長生、あそこが本丸(ほんまる)なら、どう攻める?」

 正成は聞いた。生まれが坂東(ばんどう)である長生の意見が知りたいようだ。

「私は育ちが悪いので違うが、できるだけ馬で寄せたいでしょうな。なにせ、鎧が重い」

 正成には、新鮮な意見だった。

「重いのか?」

「騎乗で弓を用いる人の鎧です。歩くのには向かないほど重い。草刷り(くさずり)が大きいので、足も上がらん」

 正成がうなずく。畿内には大きな平野は少なく、盆地と山が交互にあるもの。自然に足で動くことが多くなり、甲冑(かっちゅう)もそれに合った軽快なものになった。

 だが、鎌倉のある坂東は違う。平地が多く、騎乗で弓を射ることが戦闘の主となった。馬に乗っての防御なので、鎧も重く、大きくても平気なのだ。


「もう少し詳しく言え。正季(まさすえ)、聞いておけ。いや、書き記せ」

 昨日からいる大柄な武士に言う。正成の弟、楠木正季(くすのきまさすえ)だった。

「まず、馬に乗って、あそこまでは来る。だが、それ以上は馬が坂を嫌がる。弓を射て、そこから郎党に馬をまかせて帰らせるだろう。その後は歩いてくる。大袖(おおそで)と大きな草刷りではしんどいだろうが、あの斜面を登ろうとする」

 正成はうなずく。

「とにかく、本丸の(だん)に取りつけば、なんとかなると考える。動きは遅い。鎧が重すぎる」

 長生が説明する。

(つぶて)を打ったりはせんか?」

 笑う長生。

「あれらは、誇りだけ高い。礫も短弓も匕首(あいくち)も卑怯と考える。長刀(ちょうとう)抜いて振り回すまでは、何もできん」

 正成はおもしろい。

「槍は?」

「使わんだろうな。馬上で太刀という伝統だ。紫苑(しおん)長巻(ながまき)か、ワシの大太刀くらいが、最大射程になる」

 愉快になる正成。坂東武者に対して、圧倒的な戦術が自分にはあるからだ。

「ところで、お前本人が大将なら、どう攻める?」

 長生は周囲を見渡した。

「馬も大きな鎧も用いない。ただ、水を止めるかな」

 正成は驚く。

「長生、少し逗留せい。ヒナ様らに不自由はさせん」

 長生が笑ってヒナに言う。

「ご主君、いかにします?」

 ヒナギクはあきらめた。

「正成、私の右将軍を怒らせないくらいにできれば、左将軍の知恵を貸してやる」

 正成は正季に言う。

「贅沢ない程度に、ちゃんと饗応せいよ」

 正季が笑ってツキの頭をなでていた。正成の弟は、やたらとよだれを垂らす犬が気に入っていた。


 夕方、正成が急に言った。

関長生(せきのながたか)の剣、見せてくれんか?」

 いきなり斬ってくることはなかった。長生はそうなるだろうと予想していた。

「太刀と同じ長さの棒切れを2本、用意くだされ。先に私が棒を選ぶ。お相手は正季殿に頼みたい」

 そう返す。

「ワシでは、アカンのか?」

 正成が返した。

「殺してしまうかもしれません。それに、正成殿は見ることが重要かと」

 長生は辛辣なことを返す。

「ワシの腕では、死ぬと申すか?」

 さすがに、正成も怒気をはらむ。彼は悪党の大将なのだ。

「多分」

 長生が言うと、こちらも怒った楠木正季が棒を2本持ってくる。長生の足元に転がす。

「好きな方を選べ」

 正季は兄以上に豪であった。ただし、思慮は兄に及ばない。兄と組めば、摂津(せっつ)河内(かわち)和泉(いずみ)で負ける気はない。坂東の豪剣、何ほどかと思う。

「この棒をもらおう」

 長生は間違うことなく、質のいい棒をとった。でも、自分の前では無力だと正季は思う。

 すると、長生はもう一方の棒を投げてきた。もう、攻撃ははじまっている。

 正季はその棒をひっつかむ。そのまま、上段から叩き落す。無言。ただし、豪剣はこっちであるという気迫で打つ。

 カンッ!

 乾いた棒が打ち合う響き。長生は真正直に受けなかった。いなし、後ろに飛ぶ。

「力は思ったほどではないかっ!」

 正季が打ち込む、長生はいなす。そして、退く。同じことがもう一度。

 でも、次の間合いで、正季の体勢は前に突っ込みすぎて、棒は勢いを失っていた。

 そして、十分に退いた長生の棒は、深く振りかぶられていた。

 正季はそれでも自分の棒が先に長生を打つと感じた。力で押し切った感覚があった。

 なのに、打たれる瞬間まで長生は棒を振らない。

 そして、風が鳴った。

 ブッ!

 正季は信じられない衝撃を受けた。それでも、棒を握る手を押し込む。目の前で棒が砕けて散る。長生が目の前にいる!

「勝負あり、でいいですな」

 正季は何も返せない。長生の棒が喉元にある。何が、起こった?


「正季、お前の負けじゃ。悔やまんでいい。ワシなら、死んでいた」

 楠木正成が弟に声をかける。正季は呆然と兄を見ていた。

「なんじゃ、あれは? 長生は説明できるのか?」

 正成が問う。

「いくらでも。じゃが、わかりやすいがよかろう。頭ほどの(うり)と、捨てる兜でも持ってきてくだされ」

 長生が笑って応じた。


 庭先に杭が打ち付けられ、先に大きな瓜が刺されている。さらに古びた兜をかぶっていた。

 太刀を抜いた長生はその前に立つ。先ほどと同じように、大きく振りかぶっている。呼吸を整え、右足を踏み出す。

「えぁあっ!」

 長生の声と同時に風が断ち切られる音がした。でも、瓜も兜も、動いていない。

 正季は、遠すぎたのだと思った。しかし、少しの間の後、瓜から汁が垂れてくるのを見る。正季は瓜に駆け寄った。そして見る。

 兜にも瓜にも、一寸程度の切れ目があった。

「あ、兄者。斬られています。兜も、瓜も」

 正季の声に、正成が驚く。長生は兜の上から頭蓋を一寸も断ったことになる。

「狭き所で使うならば、太刀は突くことこそがよい。上から叩いて、潰すのも悪くはない。だが、広き場所があれば、太刀は切っ先を走らせ使う。走れば走るほど、鋭さは増し、甲冑さえ断つ」

 長生は説明した。正成は畿内(きない)と坂東では武人の文化さえ異なると肌身で感じた。

「坂東の者は、太刀を振るのに慣れています。やつらに、振らせぬことです。そして、遠くから突けばいい」

 正成がうなずいた。頭の中に、軍略があふれかえってくる。

「長生、お前はワシの近くにおれ」

 涼しい顔で長生は拒否する。

「私が守るのはヒナギク君だけです」


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