表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
30/85

関長生という実力

唐物(からもの)じゃ。あっちの者がそれで何を食うのか飲むのかは知らん。じゃが、酒を注ぐにちょうどよい。勝手にそう使うことにした」

 はじめて、正成(まさしげ)長生(ながたか)に笑った。

「たしかに、ちょうどいい。少し甘いものでも入れて、妹らにやるにも向いている。ただ、犬の飯皿には足りんですな」

 長生も笑って返した。ふたりが同時に犬を見たが、その犬は、メシの器をガッついている。

関羽(かんう)の武勇は、本物のようやな」

 長生に注がれた酒を飲み、正成は笑う。

「さあ、どうですかな?」

 長生も飲む。

「ヒナギク様は清いな。武勇の使い方をはじめて教わった気さえする。弱き者を守るのが武。強き者に与せば、すなわち(ぼう)であると遠い昔に言われた」

 先に正成が言った。長生はしんみりする。

「棄民の集団を前に、あの弱き者にも、お前の力を分けてやれと、私は言われましたよ」

 長生の言葉に、正成は小さく笑う。

「何のために、刀槍振り回して生きてきたのかがようやくわかった。人の心清ければ、少しずつでも世はよくなっていく。ワシはその中で刀を振り回す役じゃ」

 正成の言葉が、長生には心地よく響いた。

「心清らかな人は卑賎問わずに多くおります。ただし、私は武人です。そこまで美しくあれぬでしょう。ですから、心清らかな戦士として、ただ守り、死ねばいい」

 長生は返した。

 正成は下を向く。腕を長生の背中に回す。大きな長生の肩には届かない。

「ワシの主君はヒナ様じゃ。ワシはお前より先に死ぬ。お前が守れ。幸せにしてやれ」

 驚いて長生は正成を見る。

「約束じゃ。ヒナ様を幸せにしろ」

 黙って、うなずくしかない。


 妙に意気投合している楠木正成(くすのきまさしげ)関長生(せきのながたか)をヒナギクは見ていた。

「正成~、お前、自分を軍師孔明(ぐんしうこうめい)と思うておるやろ。じゃが、私には左将軍関羽(さしょうぐんかんう)がおる。これを足利勢に見せびらかしたぞ」

 正成はヒナに正対した。

「見事な軍略かと存じます。さらに、丹波(たんば)播磨(はりま)へと行脚(あんぎゃ)いただきますれば、世はよくなるはず」

 ヒナギクは満足そうにうなずいた。でも、正成は続ける。

「ただし、最後にヒナ様の関羽将軍をお貸し願いたい。すべてを長生殿の豪剣で変えましょう」

 驚いて、長生が正成を見た。ヒナギクと紫苑(しおん)が、長生を見る。

「関羽の切っ先走るときこそ、幕府討滅のときとなるでしょう」

 やられた、とヒナギクは思う。

 正成はすべて知っていたのだろう。決して敵ではない。ヒナギクを守ろうとする側の武人だった。

 だが、これから大戦(おおいくさ)をするつもりだった。

 そのとき、何がなんでも、関長生の豪剣がほしくなった。

 この男が決めたことは、実行される。ヒナギクは恐怖を感じた。


「長生、失敗した。逃げよう」

 自分がバカだったとヒナギクは思う。これから、時代は動乱期に入る。初期は自分のような権威の端につながる人間が重宝されるだろう。それがまさに今だ。

 でもすぐに、そんなものは大きな意味を持たなくなる。

 次に必要なのは何だ?

 実力だ。他を圧倒する兵力、富の量、兵器の鋭さ、いろいろある。

 そして、関長生(せきのながたか)という男は、その実力そのものだった。圧倒的な武勇を誇る偉丈夫なのだ。だからこそ、自分ごときが、急に勢いをつけた。

 足利高氏(あしかがたかうじ)新田義貞(にったよしさだ)も心を動かした。力なき石動力(いするぎちから)さえ生き抜くために長生を引き留めようとした。足利高経(あしかがたかつね)は長生を雇う気になった。

 楠木正成の慧眼がそれを見過ごすはずがない。正成にとって、関長生はここ一番の飛将であり、戦局を根底から変える関羽の武。

 必要なのは、ヒナギクではない。関長生。

 そして、それは私の大切な人だ。


 与えられた客間でヒナギクはただ焦る。

「紫苑姉も、早く荷物をまとめろ。もう、いかん。すべてを置いて……」

 長生がヒナギクの手を握った。もう一方の手を添える。

 そして、やさしく笑う。

「ヒナ、やるべきことが具体的になった。丹波と播磨を回り、尾張、三河を含めたどこかにお前を隠す。その間、ワシは正成殿の客将となろう。回天の業をお手伝いしよう」

 話す長生に、ヒナは首を振る。

「アカン、そんなことしたら、長生が死んでしまう!」

 それを長生が笑う。やさしくヒナギクを見る。

「ワシは大きな武勲を立てる。そして、正成殿に頼んで、ひとつだけ褒美をもらう。それがヒナじゃ」

 無理を長生は言っている。でも、ほんの少しだけ、できる気もヒナはする。

「紫苑とツキと一緒に、東へ帰ろう。月山(つきやま)の里で、石動力らが待ってくれておる」

 長生の言う道は、都合のいい絵空事。そこまでの男を乱世が放っておいてくれるわけがない。

「ムリじゃ。そんなこと、許す人間たちではない」

 ヒナギクが言うと、長生はもう一度笑う。手は離さない。

「じゃったら、ワシは剣を抜く。後ろは紫苑に守ってもらう。ツキはワシらを害するすべてに吠える。斬りまくって、まかり通る」

 犬がヒナを見ていた。紫苑もうなずく。

 そうか、やっぱり死ぬのだろう。でも、その死に方はいい。何もない人生ではない。自分のすべてと一緒に果てるのだ。何も後悔はない。

「ごめんな、紫苑姉。ごめんな、ツキ。ホンマにごめん、長生。私はあなたたちと一緒なら、それで幸せ」

 長生がようやくヒナの手を離す。そのまま、頭をクシャクシャとする。犬が尻尾を振って見ていた。紫苑も笑ってうなずいてくれる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ