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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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勝負の土壇

 暑苦しい大男が、大きな声で言う。

長生(ながたか)殿! あの走る剣を教えてくだされ!」

 そうなる気がした。正季(まさすえ)の横で、ツキがヘラヘラと笑っているのも面倒だった。

紫苑(しおん)、来い! この大男に、切っ先の走らせ方を教えろ!」

 呼ばれた紫苑が出てくる。紫苑は背が高いが、女だった。正季はバカにするなという顔になった。

 すると、ツキが唸る。

「ガルルルル……」

(アンタの方が弱いのに、何を言うんです?)

 正季は犬に叱られた気がした。

 長生が笑った。紫苑に言う。

「10足らず、振ってやれ」

 長生という人はおもしろいと紫苑は思う。私がやるから、正季殿は早く理解する。それを見越しているのだ。

 だから、長巻(ながまき)を抜いて、呼吸を整える。長生を殺そうとした日から、紫苑は剣の稽古を怠らなくなった。100程度なら、いつでも振れるようにもなった。なるべく、自分ができるキレイな形でつなげばいい。切っ先は走り続ける。

 ビュンビュンと剣が風を絶つ。紫苑は心地いい。最後は大上段から振り下ろした。石さえ切れる鋭さを出せた。正季は驚くばかり。

「正季殿。ワシの妹であり、一番弟子じゃ。剣のことはこいつに聞け」

 そういう長生に、紫苑の方が驚く。

「お前は自分が思う以上にもう強い。でも、それは教えるためだけに使え。兄はお前に剣は似合わないと思っておる。正季殿を強くせい。お前の出番はなくなる」

 なんかもう、兄はバカなのだと思う。やさしくて、やさしくて……。

「し、紫苑殿、どう、しましょうか?」

 小さなため息が出る。この大男を、屈強な剣士にすればいいのだろう。

「正季殿。剣を振れ。全力で100じゃ」

 兄に言われたことを繰り返そう。ついでに私もやれば、さらに私は家族の役に立てる。

 

 ある夜、正成(まさしげ)が言う。

「長生、お前はワシのところにおるのがいい。軍師として、将として、仕えることはできんか?」

 長生はニヤニヤ笑う。

「あのなあ、アンタもワシも、何ひとつ成してない。やってから言え。吞む条件はヒナを寄越すこと。それだけじゃ」

 正成はかなり年長だが、自分はヒナギクの臣下。媚びることはない。

「それはな、そうするつもりじゃ。あの天真爛漫なヒナ様は、お前がいいのじゃ。その思いは先に生きた人間として、届かせたい。じゃが、その前にお前の武勇を使いたい」

 長生は少し酔っていた。駆け引きでもない。

「何に契りますか? 桃園(とうえん)に誓う例もある。それ次第」

 正成は空を見た。月がある。あれに誓ってすむならば、どれほど楽だろう? でも、そうもいかない。長生にとっての劉玄徳(りゅうげんとく)はヒナギクであり、楠木正成ではない。

「お前の剣に契ろう。ここ一番での剣風ひとつで五分。返す刀で十。それさえくれれば、楠木党はヒナ様の存在を消す。そんなお人はいなかったか、死んだかにする。ワシの知らぬところで幸せにしてやれ」

 長生も月を見た。一歩進んだと思う。

「契約しましょうか。ただし、反故になれば、私は楠木党さえ斬ります」

 正成は椀の酒をあおる。

「わかっておるよ、長生。じゃがな、斬りに来んでもいい。お前以前に、ワシらは滅ぶ。だから、ヒナ様を預けたい。清き心を、いつか、ワシの孫らにでも教えてやってほしい」

 正成という人が、とうとう理解できた。

 この男は、時代の(いしずえ)になろうとしている。果てることを織り込み済みで、これから立ち上がるつもりだった。

「そういう人は、長く生きる責務がある。死なせませんよ」

 長生が言う。バカにするなと思う。正成を生きさせてやる。ヒナのためにも、とことん、生きさせてやろう。

 だけど、正成はニヤニヤ笑う。

「心清らかで勇敢な戦士。その称号はな、ワシがもらう。関長生は、心清らかで勇敢であっていい。だけど、最後はヒナ様の元へ戻れ」

 なんともおもしろい人だ。そして、長生にとって、とても頼りになる人だった。


「長生、まず、播磨(はりま)に行け。赤松に会い、ヒナ様を守れ。そして、京に近い丹波(たんば)の足利へ戻れ。ヒナ様はそこに預けろ。お前と紫苑(しおん)は戻れ」

 別れる前に正成はそう告げる。赤松への書状も渡された。

赤松則村(あかまつのりむら)はの、なかなか以上の悪党じゃ。一筋縄ではいかん。たぶん、ヒナ様を人質にとろうとする。だから、丹波を後にしろ。赤松でも足利には逆らえぬ」

 正成の戦略になるほどな、と長生はうなずく。でも、丹波にヒナを置いていくのが気に入らない。

「長生。ヒナ様はここには置けん。血みどろの合戦場じゃ。もっと言えば、天下のどこにも置けん。じゃが、何がどう転んでも、どうせ足利は勝つ。いや、勝つ側にいる。そこに置け。死ぬことはない。安全じゃ」

 そうか、と長生は思った。足利は日和見(ひよりみ)を決める。しかも、あの勢力だ。正成らが勝っても負けても、ヒナは無事だろう。

 ただ、自分と紫苑がここに戻ることを考える。

「私はいい。正成殿の下知に従うつもりだ。だけど、妹の紫苑は……」

 そう長生が言うと、正成は笑って肩を叩く。

「紫苑もここには置かん。もっと安全なところで、ひと役担ってもらいたいことがある。安心せい。正季(まさすえ)は紫苑と犬が気に入っておる。危ないことはさせん」

 長生はホッとした。でも、その顔を見て、正成は鋭く言う。

「ただし、お前はそうもいかん。ここで、この城でお前は剣を振れ」

 それは逃げられない運命だとわかっていた。長生はうなずく。

 正成は笑った。

「ムチャクチャは言わん。だけど、最後の最後にムチャクチャをしてくれ。いつか、敵はそこの柵の手前まで来る。やつらは、勝ったと思うだろう。そこがお前の出番」

 長生には必死に柵まで登ってきた幕府軍の武者たちが見える。

「長生はどうする?」

 正成の問いに長生は目を閉じた。

「剣を薙ぎましょう。彼らは奈落へ落ちる」

 正成がうなずく。

「柵の外に壇を築く。名は勝負(しょうぶ)土壇(どだん)。そこがお前の武技を振るう場所だ」

 長生は笑うしかない。それをやるしか、ヒナギクと紫苑を守り、生きていく道はないのであろう。


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