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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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生きるのは楽しい

 歩いて周囲を見ながら、長生(ながたか)は急に止まる。

「ここでええか!」

 火を勝手に消した。いきなり、闇だった。何も見えない。

「地面なんか見んでいい。ほら、天の川じゃ」

 長生が夜空を指さす。山の斜面に座る自分たちの前に、天から地へ、淡い光が突っ走っていた。

「美しい、と、ワシは思う」

 長生はそれだけ言う。

 こんなのは、毎日夜空を見れば、そこにあった。でも、それは美しいものらしい。

 紫苑(しおん)は改めて見てみる。少し時間が過ぎる。淡い光は、小さな星だったと気づく。

「生きる人だけ星があるともいう。ワシの星、紫苑の星はどれかの?」

 長生はそんなことを言って笑う。暗くて、顔は見えないけど、雰囲気が伝わるのだ。

 また、星を見る。長生の星なんか、どうせ川から離れているのにえらく輝くに決まっている。そんな星を見つける。横にも、大きな星がある。

 ああ、あれがヒナなんだ、と思う。でも、近くにそこそこ見える星がある。

「あの星くらい、長生の近くで、光れればうれしいな」

 紫苑はそんな気分になる。今日の夕方、殺そうとしたけど、大好きな人だった。


「紫苑もな、いっぱいに光れ」

 長生の声はやさしかった。やさしすぎる。涙が出る。

「柿、干したやつを持ってきた。お食べ。おいしいよ」

 紫苑はもらった干し柿をかじって、ただ食う。どうしていいのか、わからんからだ。

 長生も干し柿をかじって、空を見ていた。でも、急に言う。

「紫苑、お前、いくつ?」

 そう言えば、齢を聞いたことさえなかった。変な関係だった。

 干し柿を噛みながら、紫苑は言う。

「18」

 聞いて、長生が柿を吹く。驚いたらしい。

「じ、18? ヒナのひとつ上なだけ?」

 紫苑も驚く。ヒナはもう少し下だと思っていたのだ。そして、聞く。

「な、長生は?」

 その問いに、長生が少しうろたえて応じた。

「に、22」

 また、驚く。長生の剣技の冴えを見ていると、もっと上にさえ感じていた。でも、たしかに、見た目はそんな感じなのだ。

 笑ってしまった。長生も笑ったみたい。

「若いんだね、私たち」

 何も見えない闇なのに、星屑の明かりだけが、愛する人の横顔を少し浮かべる。

「そんなに若いのに、なぜに曲がった?」

 長生が聞いてくれた。ずっと誰かに言いたかったんだ。それをこの人に言おう。それがいい。紫苑は思った。

「背が伸びたの」

「はあ?」

 紫苑の答えに、意味がわからない長生が返す。

「急に背が伸びたんだよ。10歳を少し超えたころ。大人っぽいとか、いい娘だとか言われて、なんか、そうしないといけない感じになってね」

 長生は驚き、呆れた。

「先に伸びた上背(うわぜ)に合わせて、大人になろうとしました。心が背伸びして、追いつかず、こんな娘になりました」

 紫苑は下を向く。でも、言いたいことは言えた。それでいい。

 長生は少し考える。そして、笑う。大きな手で紫苑の頭をグリグリした。

「小さな小さな紫苑、今日はお兄やんに甘えていいからな。お兄やんの横でおやすみ」

 なんというか、自分がこの人を好きになった理由がわかる。

 ずっと、誰かに甘えてみたかった。でも、そんなの変だった。甘えが許される子に見られたことがなかったからだ。大人びて、期待されて、逃げ道を失い、曲がった。

「甘えていいの?」

 紫苑が聞くと、長生が大笑いする。

「小さな小さな美しい妹がふたりもいる。どちらも目に入れても痛くない。ワシはそのふたりのために生きる。ワシは先に死ぬ。妹らが生きてくれれば、それは本望」

 この人はいつも先に覚悟を決めてしまう。

「お兄やんは大好きな人、生きてね。私はいなくなってもいい。会えただけでも、幸せなんだよ」

 紫苑はこの夜が、忘れられないだろう。生きていて、最高に幸せを感じた。これ以上はもらえない。

 なのに、長生は立った。剣舞の最後のように両腕を天に広げた。天の川が彼の大きな姿の分だけ黒い。星が見えない。兄の声だけが響く。

「紫苑、ワシをバカにするな。何のために剣技を磨いた? 全部、お前らのためじゃったとわかる。ワシはそれに殉じる。お前とヒナのためだけに剣を振ろう。人を信じろ。ワシくらいは、信じろ!」

 また、泣かされた。もう、どうでもいいや。全部、信じてるよ。そして、もうひとつだけ甘えていい? 好きでいて、いい?


 紫苑は思う。自分という人間ほど、豊かな生を歩いている人はいない気がする。

 昨日、小さな娘の気分で、兄の横で寝た。頭をいっぱいにクシャクシャしてくれて、肩を抱いてもらった。安心して、いっぱい寝てしまった。

 自分は兄が庇護してくれる小さな娘だった。起きると、いろいろ文句を言うが、結局、甘えているのだった。

 妹はもっと小さい。兄に甘えるしかない。だから、私が守ってあげよう。この兄妹は、それでうまくいく。犬は意地汚いが、まあ、仕方ない。とても立派なところもある。

「紫苑、足痛い。後で揉んでくれ」

 その兄が私に甘える。うれしいけど、定型通りに突っぱねる。

「みんな歩いてます。ツキの足を洗い、ヒナの足を労わり、余裕があれば、兄者の汚い足も見てみましょう」

 ヒナが言う。

「それでは、姉様だけが不憫じゃ。私が姉様の足を揉んでやろう。兄様はツキにうまいエサをやればよい」

 この妹も好きだった。天真爛漫、昼ならば太陽、夜なら満月。そんな輝く資質しか感じない。私の周りは犬も含め、光が強い。

「紫苑も小さな娘じゃったな。よいよい。ワシの足はワシが揉む。今日のおいしいものでも考えとれ」

 長生が大きな手で上から頭をクシャクシャとなでてくれる。自分が子どものころからほしかったのは、これなんだと気づく。

「ごめん、小さくて……」

 生まれてはじめての言葉と一緒に、紫苑は長生を見上げた。

「しっかりお食べ。もっともっと、大きく育て」

 長生がどこまでもやさしい人なのだとわかる。横で、関係ない犬がやる気満々。

(食べますよ! たくさんくだされ!)

 紫苑は笑う。楽しい。生きていることがとことん楽しい!



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