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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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先に死ぬ女

「ヒナ、兄様に剣の稽古をつけてもらいたい。許してくれ」

 野営地を見つけて、寝床をつくる中、紫苑(しおん)が言う。

「私は上背(うわぜ)もある。ヒナやツキ、いずれはサクラを守る必要もある。でも、兄者が来るまでの一太刀、それさえ今の私にはできない」

 紫苑は真剣だった。どう考えても、長生(ながたか)を中心とした人間関係の中で、守られるべきはヒナやサクラ、里の女子ども、年寄りだ。もちろん、里に帰れば、石動力(いするぎちから)たちがいる。でも、ここでは、自分がヒナを守らなければならない。

 ヒナはその紫苑の気持ちがわかった。自分が剣技を学んでも、紫苑の足元にも及ばないだろう。でも、それは紫苑を死地にやることになる。長生と同じ役割の2枚目をつくるだけになる。自分は、そんなに守られるべき人ではない。

「紫苑姉、そこまで思い込まなくて……」

 ヒナの言葉を長生がさえぎった。

「紫苑、よう言うた。お前しかおらん。剣を身につけろ。ヒナよりも先に死ね」

 長生は冷酷だった。あまりの勢いに紫苑は、ただうなずいてしまう。

 そうだった。大切なのはヒナで、私ではない。姉妹を偽る中で、なんとなく、そうでもない気がしてしまった。大きな間違いだ。

 悲しい気もする。でも、それしか私にはできないのだ。やろう。

「うん。ヒナより先に死ぬ。だから、それが意味を持つだけのことを教えてよ。兄者」

 長生はやさしい目をしなかった。

「わかった。泣き言は許さん。黙って、言われたことをやれ」

 紫苑はうなずいた。


「その長巻(ながまき)を100振れ。全力でじゃ」

 ヒナが火を起こし、調理をする中、紫苑は長生に言われる。うなずいて、はじめる。

 一、二、と振ったところで、もう、長生は叱責した。

「動かずに振って何になる? 動け、必ず足を使え、その中で振れ!」

 紫苑はうなずく。走って、全力で剣を振る。繰り返す。息が上がる。でも、また動く。

「全力、じゃ」

 長生は隙を与えなかった。最初は切っ先が風を切った。でも、疲れて、そこまで振れない。

「切っ先が走っとらん! まだ、23!」

 40振ったのに、そこまで減らされた。鬼かと長生を見る。目は冷酷なままだ。

 くやしい。必死に振る。

「そうじゃ、足から動け、胴でねじ込み、切っ先を突っ走らせい!」

 うるさい! お前なんぞは、どうせ、姫君のヒナギクしか眼中にないのであろう。そんな男に惚れた。自分がバカだった。世間知らずで、情けない。

「本気で振れ! 楽した分、10減らす!」

 全部、見抜きやがる。さすが殺し合いばかりしてきた鬼じゃ。

「わかったわ! 全部、全力じゃ」

 紫苑は怒りにまかせた。

 どんどん振る。切っ先が常に風を切っている。なにしろ、全力だからだ。

「九十!」

 汗がボタボタと流れる。知ったことではない。長生が憎くて仕方ない。振り返る。相手はまっすぐに見ていた。相変わらず、いい男だった。

 こんな男に惚れた。何が悪い?

 でも、私は先に死ぬ女だ。なんで、私が姫でない?

 いろいろ、腹が立つ。殺してやる!

「えやぁあっ!」

 紫苑はわけもわからずに長生に斬りかかる。

 なのに、長生は少し笑った。彼の髪がなびく。何もかも、受け入れてくれるやさしい顔だった。

「ああぁっ! やあっ! があっ!」

 紫苑は長巻で打ち込む。長生は太刀を抜いたが、全部受けた。

「くそぉっ! くそぉっ! クソッタレェッ!」

 紫苑は長生を殺そうとした。でも、渾身の一撃さえ、軽く受けられた。頭にくる。自分が無力すぎる。腹が立つ。激怒した。

「死ね、バカぁーっ!」

 楽に受けられる。全然、かなわない。何の役にも立たない。自分は無力でバカで、クソみたいな生まれの、背が高い、どうにもならん女だ。

「100、振れたの。最後の10はよかったぞ。お前は今日、強くなった。胸を張れ、誇れ。長生の妹、かわいい紫苑よ」

 長生の言葉が聞こえる。

 呼吸が整わない。汗がただ落ちる。なのに、急にとてもうれしい。

「あ、兄様、紫苑はできましたか?」

「ようやった。すまんの。これからも、お前に甘える」

 汗が止まらないのに、涙も出てくる。


 とんでもなく疲労しているのに、眠れない。横ではヒナとツキが身体を寄せ合って眠っていた。このひとりと一匹の気遣いと緊張は、尾張(おわり)と伊賀ではさすがに大きかったみたい。

 すると、火の番をしていた長生が、紫苑を見て声をかける。

「少し、歩くか?」

 とてもやさしい顔だった。紫苑はドキドキする。なんだか、うれしくて仕方ない。


 長生が持つ火を頼りに一緒に歩く。

 横にいる人が背の高い自分でさえ、さらに見上げる偉丈夫だと再認識する。

「街道を少し見張ろう」

 長生が言う。そうだった。ちゃんと、安全確認するのも役割だった。



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