先に死ぬ女
「ヒナ、兄様に剣の稽古をつけてもらいたい。許してくれ」
野営地を見つけて、寝床をつくる中、紫苑が言う。
「私は上背もある。ヒナやツキ、いずれはサクラを守る必要もある。でも、兄者が来るまでの一太刀、それさえ今の私にはできない」
紫苑は真剣だった。どう考えても、長生を中心とした人間関係の中で、守られるべきはヒナやサクラ、里の女子ども、年寄りだ。もちろん、里に帰れば、石動力たちがいる。でも、ここでは、自分がヒナを守らなければならない。
ヒナはその紫苑の気持ちがわかった。自分が剣技を学んでも、紫苑の足元にも及ばないだろう。でも、それは紫苑を死地にやることになる。長生と同じ役割の2枚目をつくるだけになる。自分は、そんなに守られるべき人ではない。
「紫苑姉、そこまで思い込まなくて……」
ヒナの言葉を長生がさえぎった。
「紫苑、よう言うた。お前しかおらん。剣を身につけろ。ヒナよりも先に死ね」
長生は冷酷だった。あまりの勢いに紫苑は、ただうなずいてしまう。
そうだった。大切なのはヒナで、私ではない。姉妹を偽る中で、なんとなく、そうでもない気がしてしまった。大きな間違いだ。
悲しい気もする。でも、それしか私にはできないのだ。やろう。
「うん。ヒナより先に死ぬ。だから、それが意味を持つだけのことを教えてよ。兄者」
長生はやさしい目をしなかった。
「わかった。泣き言は許さん。黙って、言われたことをやれ」
紫苑はうなずいた。
「その長巻を100振れ。全力でじゃ」
ヒナが火を起こし、調理をする中、紫苑は長生に言われる。うなずいて、はじめる。
一、二、と振ったところで、もう、長生は叱責した。
「動かずに振って何になる? 動け、必ず足を使え、その中で振れ!」
紫苑はうなずく。走って、全力で剣を振る。繰り返す。息が上がる。でも、また動く。
「全力、じゃ」
長生は隙を与えなかった。最初は切っ先が風を切った。でも、疲れて、そこまで振れない。
「切っ先が走っとらん! まだ、23!」
40振ったのに、そこまで減らされた。鬼かと長生を見る。目は冷酷なままだ。
くやしい。必死に振る。
「そうじゃ、足から動け、胴でねじ込み、切っ先を突っ走らせい!」
うるさい! お前なんぞは、どうせ、姫君のヒナギクしか眼中にないのであろう。そんな男に惚れた。自分がバカだった。世間知らずで、情けない。
「本気で振れ! 楽した分、10減らす!」
全部、見抜きやがる。さすが殺し合いばかりしてきた鬼じゃ。
「わかったわ! 全部、全力じゃ」
紫苑は怒りにまかせた。
どんどん振る。切っ先が常に風を切っている。なにしろ、全力だからだ。
「九十!」
汗がボタボタと流れる。知ったことではない。長生が憎くて仕方ない。振り返る。相手はまっすぐに見ていた。相変わらず、いい男だった。
こんな男に惚れた。何が悪い?
でも、私は先に死ぬ女だ。なんで、私が姫でない?
いろいろ、腹が立つ。殺してやる!
「えやぁあっ!」
紫苑はわけもわからずに長生に斬りかかる。
なのに、長生は少し笑った。彼の髪がなびく。何もかも、受け入れてくれるやさしい顔だった。
「ああぁっ! やあっ! があっ!」
紫苑は長巻で打ち込む。長生は太刀を抜いたが、全部受けた。
「くそぉっ! くそぉっ! クソッタレェッ!」
紫苑は長生を殺そうとした。でも、渾身の一撃さえ、軽く受けられた。頭にくる。自分が無力すぎる。腹が立つ。激怒した。
「死ね、バカぁーっ!」
楽に受けられる。全然、かなわない。何の役にも立たない。自分は無力でバカで、クソみたいな生まれの、背が高い、どうにもならん女だ。
「100、振れたの。最後の10はよかったぞ。お前は今日、強くなった。胸を張れ、誇れ。長生の妹、かわいい紫苑よ」
長生の言葉が聞こえる。
呼吸が整わない。汗がただ落ちる。なのに、急にとてもうれしい。
「あ、兄様、紫苑はできましたか?」
「ようやった。すまんの。これからも、お前に甘える」
汗が止まらないのに、涙も出てくる。
とんでもなく疲労しているのに、眠れない。横ではヒナとツキが身体を寄せ合って眠っていた。このひとりと一匹の気遣いと緊張は、尾張と伊賀ではさすがに大きかったみたい。
すると、火の番をしていた長生が、紫苑を見て声をかける。
「少し、歩くか?」
とてもやさしい顔だった。紫苑はドキドキする。なんだか、うれしくて仕方ない。
長生が持つ火を頼りに一緒に歩く。
横にいる人が背の高い自分でさえ、さらに見上げる偉丈夫だと再認識する。
「街道を少し見張ろう」
長生が言う。そうだった。ちゃんと、安全確認するのも役割だった。




