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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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逃げようよ

 足利高経(たかつね)から丹波の同族への書状を渡される。中身に意味はない。だが、丹波へ向かう理由になる。守護家の書状であるのだから、強い価値があった。

「東山道は使うな。今の六波羅(ろくはら)ほどキリキリした場所はない」

 高経が言う。

「少し、寄るところがありまして、京へは近づきません。おっしゃる通りにするつもりです」

 長生(ながたか)の言葉に、高経がニヤニヤする。

叡山(えいざん)ではないな。河内(かわち)かな」

「どちらにしても、丹波へは向かいます」

「ついでに、播磨(はりま)へも行くだろうの」

 ふたりは、腹を探り合った。だが、互いに笑うだけで、最後までは言葉にしない。

関長生(せきのながたか)、いつかワシのところに来い。望みは聞く」

「心の中に入れておきましょう」

 高経と長生は不思議なところで気が合った。


「ど、どういうこと?」

 歩きながら紫苑(しおん)が長生とヒナに聞く

「京の北の叡山では、大塔宮(おおとうのみや)が僧兵を飼いならしている。幕府の六波羅はこれがいちばん嫌なのじゃ。ワシらがそこに向かうおうとすれば、まあ、殺される」

 長生の説明に紫苑は驚く。

「大塔宮って、それ、ヒナの……」

 すると、ヒナは笑う。

「会ったこともないお方じゃ。家族でもなんでもない。私の家族はここにおるよ」

 そう言って、ヒナはツキの頭をなでる。


 本道を避け、山中で一夜を過ごす。足利高経から、重くならない程度の食料は与えられていた。今日はそれで過ごす。

 小さな火を囲んでいる。

「反幕勢力って、いっぱいあるのね。一度に立てば、世の中も変わるんだ」

 紫苑はここ数日の知識を総合して、そう言う。少し、興奮していたのだ。

「一度には立てない。だから、私みたいなのがウロウロする。遠い昔の約束より、近い約束の方が、少しだけ値打ちがあるから」

 ヒナが魚の骨をかじりながら紫苑に言う。

「でも、吉良(きら)尾張(おわり)足利も、味方してくれるんでしょ?」

 紫苑の問いにヒナは黙って首を振る。

「あいつらは勝ってから来る。だから、きっかけは幕府と関係ない連中がつくるしかない。(みや)が僧兵を使う。次は兄様のような悪党(あくとう)が動く。それで結果が悪ければ、宮も悪党も死ぬ。足利なんか、それに手を貸すだけ」

 ヒナは下を向く。

「兄様、やっぱり、紫苑姉が言うように、逃げようよ。里に帰ると迷惑になる。どこか遠くへ……」

 長生がヒナの頭をクシャクシャとする。次に紫苑の肩に手を置く。

「逃げても、追われる。それよりはまっすぐに生きて、ちゃんと去ろう。そのために、俺の剣がある」

 紫苑はそれで安心した。長生の豪勇はわかっている。この剣なら、すべてを変えられる気がしている。

 でも、ヒナはそう思えない。長生の剣があるからこそ、生きてこられた。でも、ここまでの豪剣は時代が放っておいてくれないだろう。尾張守護という地位にある足利高経さえ、その剣技を買おうとした。長生は死地へと歩んでいるだけに感じる。

 そうさせないためには、自分が何かをしなければならないはずだ。


 伊勢に参るように見せて、途中から伊賀をめざす。山ばかりの道で人は少ない。

「ここらは、安全なのか?」

 紫苑にとっては来たこともない土地だった。何かと知りたくなる。

「京へ向かうに、この山越えをする武家も少ない。山がちだから、その京の六波羅も持て余している地だ」

 長生が説明する。

「鎌倉と、京の六波羅がヒナを追っているんだもんね。だけど、その手下の高経様でさえ、あんな感じ。鎌倉は何も信じられないねえ」

 紫苑が最近の知識を整理する。この女の頭のよさに、長生は少し感心していた。理解が早く、先読みして行動できる知恵がある。

「それはね、お互い様。高氏も高経も、鎌倉との両天秤をかけてるだけ」

 ヒナが続ける。かなり、詳しい会話が紫苑とできるようになっていた。

「で、次の行く先は?」

 紫苑は聞く。

「伊賀に寄るか、山に逃げて過ごすか……」

 長生は考える。

「伊賀は通ってみよう。そこで、決めよう」

 ヒナが言う。長生と紫苑がうなずいた。



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