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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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梨は幸せ

 歩いては川の渡しを待ち、さらに野営して過ごす生活が何日か続く。

紫苑姉(しおんねえ)、梨があるぞ。兄様に買ってもらおう」

 渡しの宿ごとに、ヒナギクはそんなことを言う。長生は笑って、銭を妹らに渡す。

 もう、本当の姉妹のように見えてくる。

 そして、毎日、紫苑は楽しみだ。今晩も、驚いていた。

「お、おいしいっ! みずみずしい! 甘い~」

 シャクシャクと梨を噛みながら、彼女は叫ぶ。

 これは犬が食うてもよいだろうと、ヒナギクはツキにもあげていた。

 紫苑と同じようにシャクシャクしながら、犬は福々しい顔。

(なんか、のどごしがよろしいな)

 口を動かし、歯ごたえを楽しんでいる。

 ただ、長生だけは違うことをしていた。匕首(あいくち)で梨の皮をむき、切り刻み、小さな鉄椀に放り込んで火にかける。

「兄者は何しておる?」

 紫苑はいぶかしむ。

「お前は好きなだけ食え。ワシはふたつほどもらう」

 そう言って、さらに梨を刻み、放り込む。

「こんなにおいしいもんを、なんという、もったいない……」

 紫苑はまだシャクシャクしていた。


 だが、少しすると、何とも言えない甘い香りが漂ってきた。ヒナギクも気づく。

「ヒナ、餅、ふたつ残ってるやろ。焼け」

 ヒナは長生が餅のことを忘れていると思っていた。だから、昨日はこっそりと紫苑と食べたのだ。そして、たしかに残りはふたつ。

 悪いことを兄にバレていた気がしてくる。兄に怒られる。

「もう、餅は固いからの。この匕首に刺してやる、水をつけてから、やわらかく焼け」

 ヒナと紫苑に餅を刺した匕首をそれぞれ渡す。兄にそんな気はなくとも、使っているのは暗器。ふたりが、兄を恐れながら餅を火に向ける。チラチラと顔を見るが、長生は怒っているようには見えない。

「も、餅はおいしいもんね」

 ヒナはたまらず、意味のないことを言う。紫苑は、無言でうなずく。

 長生はそんなことは気にしない。小さな椀を棒でかき混ぜる。梨がトロトロになっている。周囲に、とても甘い香りが満ちる。

「あ、兄者、餅、焼けたみたい」

 紫苑が恐る恐る言う。長生は笑って応じる。

「飴のときと同じように、広げや」

 紫苑もヒナも言われたとおりにする。そこに、長生は煮えた梨をトロトロと落とす。

「上手に包みなさい。下からこぼれるから、しっかりとフタをしなさい。熱いから、火傷しないよう、気をつけてお食べなさい」

 ニッコリする長生。

 紫苑とヒナが、うれしそうに目を合わせた。言われたようにする。熱い熱いと言いながら、包んで、形にする。一緒に口に運ぶ。


 紫苑もヒナも驚いていた。

 ふたりが顔を合わせてニコニコ笑う。

「甘酸っぱい。ホカホカする。たまらん。これ、好き!」

「ああ、飴とは違う豊かさ、梨の香り。温かい、やさしい、甘い!」

 長生も煮えた梨を口にしてみた。いい味だった。

「どうじゃ? 姉がいて、妹がいる生活は? 兄だけよりも、何倍も楽しかろ?」

 紫苑とヒナが餅を咀嚼しながら、うんうんとうなずく。

「特に、こういう甘い菓子は女子同士の方が通じやすい。お前らがホンマの姉妹のように見えてなあ、ちょっと、食わせてやりとうなった」

 長生はふたりに笑う。

「あ、兄者、これは飴とか入れたのか?」

 紫苑が食いついてきた。

「入れてない。入れるとさらに甘いが、贅沢じゃ。果物はこうして煮るだけで、甘くなるもんじゃ」

 ヒナも目を輝かせていた。

「柿とか桃は?」

「どっちも、えらい甘くなる。見つけたら、ふたりでやってみ。おいしいものは、あちこちにある。ワシらは面倒でやらんだけ」

 長生が答える。

「紫苑姉、今度、桃でやろう。絶対、おいしいぞ」

「うん、柿でもやろう。こんな幸せ、知らんかった。兄者は物知りじゃ! エライ。女子の幸せを知っておる。立派なお人じゃ」

 なぜか、これまででいちばん褒められている。

「そんなに、たいしたことではない」

 長生は応じたが、紫苑が気づく。

「ああっ! なんで、里で教えてくれんかった?」

 今度は怒られる。長生が困る。すると、ヒナが助け舟。

「姉様、里に果物、あったか?」

 紫苑が考える。なかったことに気づく。

「柿でもあれば、教えてやりたかった。でも、まだ青かった。ほかに伝えるべきことが多すぎた。紫苑、お前が教えたれ。子どもらが喜ぶぞ」

 紫苑はうなずく。同時に、自分が今、いかに幸せな状況かを知る。

 今まで、今日は食えるか食えないか、明日を生きるために、何を奪うかを考えていた。なのに、ふたりに出会ってから、多くを学ばせてもらった。生きることは幸せだと知った。

 それだけではない。餅を食い、飴に驚き、今、果実を煮つけることを知った。そこには、兄と妹がいた。家族のような人。いや、生まれてはじめての本当の家族だ。

 いつも、そう感じると泣いてしまう。だから、今日は泣かない。

「ヒナ、火が使えるときは、常に何かを煮てみよう。不味くてもいい。おいしいのを見つけて、里に帰ろう。子どもらを驚かせたい」

 ヒナはうれしい。

「そうしよう。明日は道すがら果実を探そう。煮るのじゃから、多少、形が悪くてもいいはずじゃろ、兄様」

 長生は笑う。

「そうじゃ。どうせ煮る。形は問わん。むしろ、熟してグズグズに甘いのがよい。ワシが教えたのはきっかけだけ。お前らが、答えを見つければいい」

 紫苑は喜ぶ。今日もまた、生きていく理由が増えたから。



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