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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
19/85

飴と餅

 川を渡ると、長生(ながたか)は街道をのんきな顔をして歩く。だが、辻があると曲がり、街道から少し離れる。何度か繰り返し、人の少ない場所に至る。

紫苑(しおん)、後ろに誰かいたか?」

 真剣な問いなので、紫苑もしっかりと応じる。

「いなかった。私には、そう感じた」

 長生はうなずく。そして、紫苑にニーッと笑う。

「大丈夫そうだな。天気はもちそうだ。さっさと山に入ろう」

 そう言って、ヒナギクとツキを促す。


 紫苑も慣れたのか、風よけづくりはすぐにできた。魚や米を(あがな)っていたので、弓を射たり、芋を掘ったりする必要はない。ただし、その分、用心が必要だったのだ。

 解放された気分で、長生らは夕飯の支度をする。ツキは相変わらず食う気満々だ。

「ツキ、今日もおそろしいよだれやの」

 ヒナがツキの頭をなでて言う。ツキは情けない顔だ。

(すみません。がまんがきかんのです……)

 紫苑が笑っていた。

「ツキって、人の言うことわかってるよね! 顔が、顔が……」

 長生がニヤニヤして言う。

「年いった、じい様みたいじゃろ?」

 紫苑の限界を超えた。吹き出す。

「アハハ! あ、はっは! ダメ、お腹痛い。死ぬ!」

 長生は笑って、椀にツキのメシをついでやる。

「食え、ツキ! 今日もアホ娘どもの世話、ごくろうさん」

 犬、突進。

 ブスっとした娘ふたりに、長生は言う。

「ワシらも食うぞ」

 みなで、椀のメシをすする。


「今日もおいしいなあ。おいしいけど、長生、米の量をケチった?」

 ヒナがハッキリ言う。たしかに、紫苑も微妙に足りない気がする。ツキがおかわりすると、かなり足りない。

 長生は笑う。

「お前ら、餅持ってるやろ。あれ、焼こか」

 そうだった。餅という、天国みたいな食べ物があった。あれをまた食べられる! 今度は焼くらしい。紫苑は子どもみたいにはしゃいでしまう。

「食べる! 食べたい!」

 ヒナが竹の皮を取り出し、開く。

「4つほど、焼こう。こうして、棒に刺して……」

 長生は火から少し離れたところに、それを刺す。餅自体が本日初体験だった紫苑は、目を輝かせて見てしまう。

 少しすると、餅がふくれだす。

「わ、わあ、餅が大きくなった!」

 紫苑が叫ぶと同時に、パチンとはじけ、しぼむ。驚く。

「焼けたようやな」

 長生は餅を皿代わりの大きな葉の上に並べる。

「紫苑、焼けた餅を棒から外して少し平たく広げて」

 言われたままに紫苑はそれをやる。熱くても、餅のやわらかさが好きだった。

 その間に、長生は荷物から小さな器を取り出す。中のどろんとした液体を、これまた小さなさじで餅に垂らす。

「くるんで、お食べ」

 ニッコリ笑った。ヒナは何かを理解した。うれしくて、止まらない。

 餅を棒から外し、黄金色の液体をこぼさないように折りたたむ。両手で持って、口に運び、咀嚼する。

 何も言わない。満面の笑み。

 紫苑は何がなんだかわからない。でも、とてもおいしそうだ。ヒナのマネをした。熱い餅をていねいに包み、じっと見る。口に運んでみる。

 餅のやさしい甘み。でも、その次に感じたことのないほどの甘味が来た。

「えっ」

 もう、ふた口めを口にしていた。止まらない。わからないまま、食べてしまった。

 長生がニコニコ笑ってる。

「おそろしく、うまいやろ?」

 長生はひとつを口にしながら、紫苑に言う。

 何が起こったのかもわからなかった。感じたことのない衝撃に、ただ、飛びついてしまった。甘くて、信じられないくらいおいしかったが、記憶できてない。

 たぶん、宝物のように高価なものなのだ。だから、ヒナも長生も、とてもていねいに食べている。自分はバカだと思う。それを刹那(せつな)に飲み込んでしまった。

 自分は意地汚い。ツキのよだれを笑ってる場合ではない。長生もヒナも呆れてるだろう。

 でも、ヒナはやさしい顔だった。長生も餅を噛みながら、ただやさしい目。

 ただし、ツキだけが、残った餅を見ている。あいかわらず、よだれがすごい。

「ツキ、お前はこっちじゃ」

 長生は残った鍋の具を椀に入れて、犬にやった。

「紫苑、(あめ)って言うんじゃ。芋やら米やらを煮っ詰めてつくる、えらい甘いもんじゃ。府中で見かけて(あがな)っておいた。おいしいやろ?」

 聞かれて、紫苑は無言でうなずく。

「ワシはな、紫苑がついてきてくれてよかったと、今は思うとる。ありがとう。ワシからの礼じゃ、その餅も、食え」

 何も言えない。でも、とてつもなくうれしい。紫苑は黙ってうなずく。餅を手にする。たっぷりと乗った飴をていねいに包む。しばらく眺めた後、ゆっくり口にする。

「ああ、おいしいっ!」

 長生とヒナが微笑んだ。ツキはまだメシをガッついていた。


 寝床に入ったとき、紫苑は長生に聞く。

「飴って、尋常じゃなく高価なもの?」

「まあ、高いのは確かじゃ。殿上人でも毎日食うてはいかん」

 やはり、そうだ。自分は、とんでもない恩を売られたのだ。元々、長生のためなら死んでもいいと思っている。でも、もっと、そうならねばならない。

 紫苑のそんな様子がわかったのか、長生は紫苑の頭をなでてやる。

「そんな必死になるほどでもない。村の人でも、祝い事に買えるくらいじゃ。ただな、紫苑のおかげで、楽ができた。ヒナの安全も守られている。助かってるんじゃ。だから、礼をしたくなった。余計なものより、あれがいちばんな気がした。いらんかったか?」

 紫苑は首をめいっぱい振る。

「これから、しんどいこともいいこともたくさんある。どうせ毎日、芋しか食わん」

 紫苑はうなずく。それでも、幸せなのだ。

「なあ、ヒナ、いいことあったら、飴買おうか?」

 長生は反対側のヒナを向いた。

「そうね、大変なことを乗り越えたら、また食べようか。そして、できるだけ早く、里のみんなと食べたいね」

 ヒナギクの言葉が、紫苑はうれしい。そうだった。餅と飴を買い、里に戻ろう。みんなが驚く顔が見たい。自分のように意味も分からず食ってしまった子どもらに、ふたつめを食べさせてあげたい。

「ヒナはやさしく、賢いな」

 長生の言葉に、紫苑の涙があふれる。このふたりは、私なんかのために、こんな驚きをくれた。どこまでも心が澄んだ、小さな姫と無双の戦士。

 長生に少し触れたいな。

 そう思ったとき、犬が紫苑と長生の間に割って入った。大きなあくびをして、そのまま寝た。

(今日は、ここで眠りますわ)

 長生がヒナの方を向いてしまった。

 何なのだ、この意地汚い犬は! 紫苑はツキを呪うことにした。



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