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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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兄と妹、さらに妹

 翌朝もヒナと紫苑(しおん)の争いは続く。

(ど、どうしましょう?)

 ツキの顔も困惑していた。

 仕方ない。長生(ながたか)は腹をくくる。

「紫苑、お前の覚悟は理解した。同行を許す」

 紫苑ははじけるような笑顔になる。

「やったぁ!」

 ヒナギクはブスっとする。

「ただし!」

 長生は真剣な顔になった。

「紫苑、ワシらの中で大事なのはヒナじゃ。何かがあると、ワシはヒナを守るために戦う。お前は守れない。それどころか、ワシが死んだときは、お前がヒナを守らねばならん」

 紫苑はまっすぐに長生を見る。うなずく。

「それが、この一行に加わるときのお前の役目」

 長生が念を押す。紫苑はまたうなずく。目をしっかり合わす。長生と紫苑の間で、契約が成った。

 ようやく、紫苑が微笑む。

「奥方を守るのも、妾の役割ですからね」

 舌を出して笑う。即、怒るヒナギク。

「誰が妾を認めると言うた!」


「ところで、紫苑がヒナ様と呼ぶのは変じゃ。ついでに、ワシの呼び方もよくない」

 歩きながら、長生は紫苑に言う。

「何がおかしいのです?」

「この一行は、ワシが兄で、紫苑が妹、ヒナはさらに下の妹という構図じゃ。真ん中の妹が、兄や妹をそう呼ぶか?」

 たしかに、そうだった。

「ヒナのことは、ヒナと呼べ。ワシのことは兄とか、長生と呼べ」

「いいの、ですか?」

 長生は笑う。

「いいも悪いも、そうすることが生きて月山(つきやま)の里に帰るには必要じゃ。ならば、やるしかない。ヒナも理解せいよ」

 ヒナギクはプンプンしてばかりだが、そんなことを気にしているのではない。

「好きに呼べ。ヒナはヒナじゃ」

 紫苑も理解したのか、さっそくやってみる。

「長生、今夜は天気が悪そうじゃ。ヒナが風邪ひくといかん。宿所(しゅくしょ)を探すか?」

 笑う長生。

「そうじゃな。早めに宿所を見つけよう。ツキを連れて、犬を嫌わんところを探してくれ。街道からいくらか辻を入って離れたところであれば、なおいい」

「わかった!」

 そう言って、本当に犬と宿所を探しに行った。

 長生はヒナとふたりになる。なんだか、変に照れる。

「長生はヒナなんかよりも、大人で美しい紫苑がよいじゃろうな」

 ヒナの口から出てきたのは、言いたくもない文句だった。

「そんなことはない」

 長生は返す。でも、ヒナはもっと余計なことを言いたくなる。

「ヒナなんか、小さくて、うるさくて、子どもみたいで、嫌いじゃろ!」

 いっぱい甘えたいのだと長生はわかる。だから、何も言わずに手を握ってやった。

 ヒナギクは驚く。次に、ホッと息を吐き、笑う。

「ごめん、長生。私はまだまだ、心のできてない娘じゃ。迷惑ばかり」

 長生は何も言わない。でも、握る手を少し強くした。ヒナギクはうれしくて、たまらなくなる。下を向いてしまう。

「ね、ヒナがおかしいときは、こうして手を握ってね。私はそれでわかるように成長したいよ。もっとやさしい、心の澄んだ人になりたいよ」

 長生はやさしくヒナを見る。

「ヒナの心は澄んでる。誰よりも清く美しいよ」

 長生の言葉が、うれしい。握ってくれる手が、もっともっとうれしい。

 

 比較的大きな宿で人通りも多い。こういうところの方が、むしろ安全だった。

 紫苑が見つけてきた宿所は、街道から離れており、ちょうどよかった。

「お犬がおられるので、裏の離れになりますが、よろしいか?」

 主人が聞く。武家や参詣者らを泊めることが多いらしく、慣れた感じだった。長生はできるだけ朗らかに応じる。

「助かります。犬はおとなしいが妹らがやかましくて、迷惑になるので」

 そう笑う。

「おや、お連れは妹君でしたか」

「上は跳ね返って、下はわがままじゃ。困っておる」

 主人も笑った。だが、言われた紫苑とヒナがブスっとする。

 変な警戒はされなかったようだ。長生は安心した。

 部屋の位置、ツキが過ごす庭先、裏口、その他、いろいろと確認した。

 それでも、不安がある。

「紫苑、ここに来るまでに、同じ人間を2度見たことは?」

 紫苑が笑う。

「長生、なかったよ。たぶん、少し弛緩(しかん)していい」

 彼女は長生の思いを先んじて感じていた。安心させてやりたい。

「そうか。でも、少し見てくるよ」

「見ておいで。ヒナは私が見ておくから」

 長生ははじめて紫苑がいてよかったと感じる。

「すまん。頼む」

 長生は部屋を出る。紫苑に甘えたのだとわかっている。でも、できるときは、そうするべきなのだ。紫苑の武芸の腕前ではない。目が必要だった。誰かが見ていてくれるほど、助かることはない。


 あちこちと見て回りながら、台所に出る。おかしな動きは感じなかった。

「おや、お武家さん、どうしました?」

 下働きの女たちに見つかる。でも、長生は平気だ。

「すまん、離れの者だが、犬がいる。味のできるだけ薄い、煮たか焼いただけのものができるだろうか?」

 ツキの話をする。どちらにしても、伝えるべきことなので、ウソはない。女は笑う。

「味の薄いものなんか、いっぱいできますよ。私たち、そればっかり食べてますよ」

「じゃあ、その火を通しただけのものでいい。礼は人間分するから」

 長生は応じる。

「そんなのに、たいしたお礼はいただけません。でも、ちゃんと用意しますよ。妹さんたちで大変なお武家様!」

 主人が女たちに漏らしたのだ。でも、こういう漏らし方なら、問題ない。

「はは、犬を怒らせると、私が妹らに怒られるので……。かたじけないです」

 長生はひどく困った顔で応じる。

「お武家様って、勇ましいのに、なんかかわいらしいわあ」

 女らに興味を引かれた。これ以上はまずいと思い、退散する。でも、ここはどうやら、安全なようだ。



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