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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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故郷で月見て笑う

 数日で皆の動きは大きく変わった。腹を満たし、健全に身体を動かしたことが表に出るようになった。何よりも、心の持ち様が変化した。この集団のためになろうと、みなが思うようになった。

「弓はお前が上手のようじゃ。(ちから)と組めば、みなが滋養あるものを食える。命と生活を守る武勇にもなる」

 若者のひとりと力が誇らしげな顔になる。

「だが、それに甘えるな。獲物を得ても、食うことは主張するな。武勇は人のためにこそある。己のために使えば、すなわち(ぼう)じゃ。ワシの剣は暴を討つぞ」

 強き者への訓戒こそがいちばん厳しかった。

「はい。肝に銘じます」

 長生(ながたか)はさらに続ける。

「できることをふたつ以上身につけろ。剣ではないぞ。耕すことでも、ものをつくることでも、水を汲むことでもよい。お前たちがいちばん働け。身体が頑健になる。武勇が冴える。それが皆の幸を守る。お前たちは心清らかで勇敢な戦士になる。死んだら、みなが泣いてくれる。それは、いい人生じゃ」

 長生の言葉が心に沁みわたる。そう生きたいと思った。いつか死ぬ日を感じた。何も悪くない、満足な生きざまだ。

「心清らかで勇敢な戦士、なりたいです!」

 やっと、長生は笑う。

「なれるぞ。お前らは俺よりも強くなれる。背負った命があんなにあるからの。慕われるんじゃろうなあ。うらやましいほどじゃ」

 自分たちが恵まれている気がしてきた。大切に思ってくれる人が、すでにたくさんいたことに気づいたからだ。


 天気のいい夜は、いつも月を眺めて、夕食を楽しんだ。

「米は当面がまんせい。稲には水がいる。水の流れを変える必要がある。それは争いの元になる。蕎麦の種を買い求め、植えればいい。今年の収穫もまだ間に合う。それで何かをつくり、売ることもできる。山を活かした生産を考えろ」

 長生は気づいたことを、できるだけ伝えた。字の書ける者が、忘れないように記録することもある。

「神仏もな、当面は供えずに手を合わせるだけでいいぞ。お前らのけち臭いものでは、神も仏も喜ばん」

 みなが笑った。

「たしかに、ちょっとよろしいものがつくれるまでは、待っていただきましょうね」

 女らが応じた。

「男女のことは、慎みを持て。欲はあっていい。でも、生きてこそ、ようやく欲も成り立つ。お前らは和を乱せば年内にも死に絶える弱き者たちじゃ。力を合わせ、互いを思い、敬い合って冬を越せ。その中に清い愛情が生まれる。春のあたたかさに笑い合える」

 男たちがうなずく。力が少し不思議な顔をして聞く。

「長生様は、どうしてそんなに博識で高邁(こうまい)なのです? 私たちより、数年年長なだけなのに」

 長生がポカンとした。少し考える。

「ひとりで生きてきたからじゃろうな。さびしくてなあ」

 少し笑って答えた。でも、力には意味がわからない。

「ひとりで剣を振り、ものを得て食う。誰も喜んでくれん。美しいものを見ても、語り合う相手もおらん。つまらん人生じゃ」

 なるほど、それはつまらない。自分もずっとそう生きてきたと力は思った。

「でも、ヒナギクとツキがワシの元に来た。ワシはこいつらを守らねばならんようになった。でもなあ、それがたまらなくうれしい。剣で切っ先を走らせればヒナがほめてくれる。食い物を得れば、ツキは小躍りしてくれる。こうして夜に月を見て、一緒に笑い合える」

 ヒナギクは少し離れたところで呆然となった。無意識にツキを抱きしめた。長生のやさしさの根っこを見た気がする。

 心清らかで勇敢な戦士。力は長生の言葉を思い出す。彼はそうある幸福を語ってくれているのだ。

「よいですね。長生様の剣の鋭さの理由がわかります。私もなんだか、生きていくのが楽しくなってきました」

 力が言うと、長生は笑った。

「だから言っただろう。お前らは恵まれておると。何かを成せば、こんなに多くの者が喜んでくれる。美しい月を分かち合える」

 長生の言っている意味が、みなに伝わる。

月山(つきやま)(さと)、ここをそう名付けていいですか? 私たちの故郷で、家があり、家族がいる場所です。名がほしい」

 月を眺めながら力が言った。

「いい名じゃな。でも、決めるのはお前らじゃ。ワシではない」

 長生はそう返して、周囲を見た。

 力の言葉は、みなの心に強く入っていた。故郷、家、家族と彼は言ったのだ。それはみなが持っていなかったり、失ったりしたものだった。力は、それがここであると宣言したのだ。

「ありがとう、力。私にも故郷と家ができるのね。もう家族があったのね」

 女のひとりが言う。

「どこかへ行っても、私は月山の里に帰ればいいのね」

 帰る場所がある。それは、流離ってきた人々にとって、大きな思考の転換だった。

「異論なし。俺にも里がある。こんなにうれしいことはない」

 若者のひとりが男泣きに涙を流す。

「いい名じゃ。いい夜じゃ」

 年寄りたちは、そう言って月に手を合わせた。犬がうれしそうにそこらを駆けまわる。

「決まったようじゃな」

 長生は力の肩を軽く叩いてやった。力はいい棟梁(とうりょう)になるだろう。


 7日ほどを長生たちはここで過ごした。少し、長く留まりすぎた気がする。

 だが、里の者たちにとっては、短すぎる時間だった。

「長生様、もう少し、逗留していただくことはできないでしょうか?」

 力が長生の前で言う。みながうなずいていた。

「お前らそれぞれにやるべきことがあるように、ヒナにもそれがある。ワシはそのヒナを守らねばならん。その道中にはツキがおらねばならん」

 長生は返した。力が残念そうに下を向く。

「ワシができることはやった。後はお前らが工夫してやっていくときじゃ。心を合わせ、冬を越せ。生きていけ。いずれ、また来る。いや、いつか、ワシとヒナ、ツキが移り住む場所をつくってほしい」

 長生は急に思いついたことを言葉にした。そうだ、ヒナギクを運命から解放し、ここに戻ろう。名を捨て、誰も知らぬ里で命の花を咲かせよう。

 すると、ヒナギクも言う。

石動力(いするぎちから)、私も長生もツキも、先日までのあなたたち同様に、まだ流離うしかない運命にあります。でも、いつか地に足をつけて生きていきたい。そのとき、私たちを助けてほしい」

 まっすぐに力を見た。力がその目に気圧され、次に強い顔になる。

「ヒナギク君と長生様、ツキ殿がお戻りになられるその日まで、この里を一所懸命に守ります。また、月を見て笑いましょう」

 とても、いい顔だった。

「お前らに出会えてよかったよ。得をしたのは、ワシらの方かもしれん。そんな気がしてきたよ」

 長生が言うと、力は涙を流して首を振る。叫んだ。

「何を言うておるんです? やけくそで、生きてるのも、死ぬのもつまらなかった。だから、あなた方を殺めようとさえした。それなのに、あなたたちは、温かい食い物を、生きる術を、生きる意味をくれた!」

 泣き崩れた。

「親かよ! 私は実の親にも捨てられたのに、なんで、アンタらは……」

 力は涙が止まらない。怒りたい。でも、長生には何もかなわない。くやしい。

 頭を上げた。まなじりを決するように言う。

「そうだ、親なのだから、家族だ。だから、必ず、戻ってきてください。孝行をさせてください!」

 長生は力の肩に手を置く。

「約束するよ。また、お前と生きていきたくなった。必ず、戻る。だから、故郷を、家を、家族を頼んだぞ」

 号泣してうなずく力。もう、この男は勇者なのだろう。


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