生きていってよい
武家というのは、広大な地に農村をつくる時代に生まれた。血が拡がれば分家し、それがまた多くの農地を開墾した。そこに鎌倉幕府が興る。
だが、限界が来る。開墾する空き地も少なく、戦で分捕る土地もない。分家に与える地は小さくなり、本家さえ零細化する。さらに、元寇があった。外国勢力相手の戦で国内の領地が増えるわけがない。出費は負債となり、さらに零細化した。
耕しても食えない人が増えた。どうせ食えないから、土地を捨てる。そんな中から、関長生のような武勇で生きる悪党が生まれた。そして、この地のような、土地を捨てた者たちの集まりも生まれる。
「備蓄がなければ、農はできんな」
長生は椀から芋を食いながら言う。それが本質だ。農業は植えるところから収穫までの期間が不可欠。そこまで食いつなげる者だけができる生業だ。
だが、この集団に食いつなぐ糧はない。だから、土地を捨てたのだ。
「何かを植えろ。明日に備えろ。そして、今日のために、何かをとれ。倍の務めに耐えろ」
当然のことを言う。でも、それが真実。
「芋は掘れる。とれる7、8分をとり、来年に備えながら、生きながらえろ。耕し、種をまけ。それが形になるまで、生きながらえろ」
力がうなずく。
「食えるものを貯めこめ。芋、鳥、魚、貝、木の実、なんでもいい。余裕があれば手を加えて売れ。動けるものは人里に出て仕事をしろ。それでしのぎ、収穫を待て」
どれも当たり前のこと。でも、自暴自棄になっていた者たちには、どれもが生き延びる指針に聞こえた。
空の椀をくわえて、ツキがこっちを物欲しそうに見ている。
(ほ、本日のおかわりは?)
長生は笑って犬を呼ぶ。夜空の月が美しい土地だった。
すぐに出立しようと思っていたのだが、気が変わった。
ここの者たちは、あちこちから逃げてきた者の寄せ集めだった。稲作と炊事はできても、ほかを知らぬ者。字を学べなかった者。何かを学ぶ機会さえなかった者たちだ。
このまま打ち捨てては、また、バラバラになり、死に絶える。どうせ、日限を切られた旅程ではない。数日を逗留しても、問題ないだろう。
「長生はやさしいの。お前のいちばんよいところじゃ」
ヒナギクにも異存はないようだ。
長生はあれこれとみなに指図をする。食えるものの見つけ方を教え、道具の修繕を実演し、弓の稽古をつける。自分の知る、生き残る術を伝えたのだ。
上手にできる者がいれば、できぬ者もいる。それでいい、と言ってやる。
「だから、助け合うのじゃ。これだけの人数がいれば、誰かが何かできる。それが全体の役に立つ。群れて生きる強みじゃ」
なぜ、集団で生きるのか、それを説く。人のために生き、それが己のためになる。それを理解させる。
芋のなる場所をいくつか見つけ、それぞれから育った子芋だけをとる。いくつかの株を掘り返し、建屋の近くを耕して植える。子どもも出向いて芋を掘っているので、年寄りも休むわけにはいかない。
夕刻、長生は若い者に剣を教えた。
「剣は棒切れではない。刃だ。包丁と同じで走ることでものを絶つ。だから、切っ先を走らせることが肝要なのじゃ」
そう言って、彼は太刀を抜き、振るう。切っ先が恐ろしい速度で風を絶つ。若者らが驚いていた。
「そこらの棒切れを振れ。腕で振ろうとするな。常に足を踏み込み、その勢いで振れ」
それから、煮炊きを手伝っていた紫苑を呼ぶ。
「お前も棒を振れ。長巻であっても、剣と要領は同じだ。踏み込んで、振る」
紫苑がうなずいた。自分の長巻と同じほどの棒を探し、振りはじめる。
「腕で振ろうとするから、切っ先はどろんと動くだけになる。腕は忘れろ。足で踏み込み、胴でひねり込み、横に薙げ。切っ先を走らせろ!」
何度も繰り返す。少し要領がわかる。棒の先が、風を切る。
夕日の中、大粒の汗が心地よかった。
今日も建屋の庭先で鍋を煮る。皆、朝から晩まで働き、鍛錬した。
煮えた芋と鳩がとんでもなくうまい。
「今日は力が礫を打って、兎も獲ってきた。じゃが、一度に食っては備えにならん。つぶして、燻すことを教えたから、今後もそのように蓄えを増やせ。特に冬は干し肉をつくるのにいいから、おぼえておけ」
兎を燻した女たちがうなずいた。
「しかし、こんなにおいしいものばかりを食べてたら、なんか神仏の罰が当たるような」
年寄りのひとりが言う。
「仕方ない。お前らは何もない。ないときはとって食うしかない。太古の人々もそうして生きたはずじゃ。だから、この天と地に感謝を絶やさなかった。神仏なんぞは、それが形を変えたものでしかない」
長生の言葉は、年寄りにさえおもしろかった。
「では、芋を大きくしてくれた山や、鳥を育んだ森や空に感謝すればよろしいのか?」
今度は少し大きな子どもが、そんなことを聞く。
「そうじゃ。だから、芋は食べていく分だけいただく。さすれば、山はまた芋を大きゅうしてくれる。鳥も兎も根絶やしにしてはいかん。さすれば、森や空はまた命を育ててくれる」
子どもは目を輝かして聞き、次に山と空に手を合わせた。
「いつか、お前らが豊かになったら、しっかりと恩返しすればよい。それまでは、この大地と大空に甘えろ。お前らもワシも大地と大空の子じゃ。子のやることは許してくれる」
長生は子どもらに言ったのだが、聞いていた大人たちも心を動かしていた。
「私らは空と大地の子なのですか?」
女のひとりが聞いた。
「そうじゃ。みな、生きていけと命じられて、この世に生まれる」
長生は言ってやる。
「生きていってよい、そう、生まれてはじめて言われた気がします」
女が涙を流し言う。
「生まれてきた命は、どれもそれぞれに役割があるのじゃろう。この鳩も今日、命を終えたが、それはお前らの血肉になる役を果たしたのかもしれん。鳩に感謝し、血肉を得たお前らもまた、何かの役に立て」
若い男たちも、泣いていた。
「お前たちは男じゃ。女子ども、年寄り以上に膂力も体力もある。武芸もできる。だが、それを鼻にかけた瞬間、お前らは役立たずになる。天地が、何のためにお前らにその力を与えたかを考えろ。それを見つけ、忘れなければ、お前らの生は値打ちあるものになる」
彼らがうなずく。
聞いていたヒナギクもまた、泣いていた。同じように、生きていってよい、そう聞こえたのだ。
その横に紫苑が座った。
「長生様が仏様のように感じます」
彼女の言葉にヒナはうなずく。
「あれほどの豪剣を使いながら、心の中が澄んでおる。不思議な人なのじゃ」




