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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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生きていってよい

 武家というのは、広大な地に農村をつくる時代に生まれた。血が拡がれば分家し、それがまた多くの農地を開墾した。そこに鎌倉幕府が興る。

 だが、限界が来る。開墾する空き地も少なく、戦で分捕る土地もない。分家に与える地は小さくなり、本家さえ零細化する。さらに、元寇(げんこう)があった。外国勢力相手の戦で国内の領地が増えるわけがない。出費は負債となり、さらに零細化した。

 耕しても食えない人が増えた。どうせ食えないから、土地を捨てる。そんな中から、関長生(せきのながたか)のような武勇で生きる悪党が生まれた。そして、この地のような、土地を捨てた者たちの集まりも生まれる。

「備蓄がなければ、農はできんな」

 長生は椀から芋を食いながら言う。それが本質だ。農業は植えるところから収穫までの期間が不可欠。そこまで食いつなげる者だけができる生業(なりわい)だ。

 だが、この集団に食いつなぐ糧はない。だから、土地を捨てたのだ。

「何かを植えろ。明日に備えろ。そして、今日のために、何かをとれ。倍の務めに耐えろ」

 当然のことを言う。でも、それが真実。

「芋は掘れる。とれる7、8分をとり、来年に備えながら、生きながらえろ。耕し、種をまけ。それが形になるまで、生きながらえろ」

 力がうなずく。

「食えるものを貯めこめ。芋、鳥、魚、貝、木の実、なんでもいい。余裕があれば手を加えて売れ。動けるものは人里に出て仕事をしろ。それでしのぎ、収穫を待て」

 どれも当たり前のこと。でも、自暴自棄になっていた者たちには、どれもが生き延びる指針に聞こえた。

 空の椀をくわえて、ツキがこっちを物欲しそうに見ている。

(ほ、本日のおかわりは?)

 長生は笑って犬を呼ぶ。夜空の月が美しい土地だった。


 すぐに出立しようと思っていたのだが、気が変わった。

 ここの者たちは、あちこちから逃げてきた者の寄せ集めだった。稲作と炊事はできても、ほかを知らぬ者。字を学べなかった者。何かを学ぶ機会さえなかった者たちだ。

 このまま打ち捨てては、また、バラバラになり、死に絶える。どうせ、日限を切られた旅程ではない。数日を逗留しても、問題ないだろう。

「長生はやさしいの。お前のいちばんよいところじゃ」

 ヒナギクにも異存はないようだ。

 長生はあれこれとみなに指図をする。食えるものの見つけ方を教え、道具の修繕を実演し、弓の稽古をつける。自分の知る、生き残る術を伝えたのだ。

 上手にできる者がいれば、できぬ者もいる。それでいい、と言ってやる。

「だから、助け合うのじゃ。これだけの人数がいれば、誰かが何かできる。それが全体の役に立つ。群れて生きる強みじゃ」

 なぜ、集団で生きるのか、それを説く。人のために生き、それが己のためになる。それを理解させる。

 芋のなる場所をいくつか見つけ、それぞれから育った子芋だけをとる。いくつかの株を掘り返し、建屋の近くを耕して植える。子どもも出向いて芋を掘っているので、年寄りも休むわけにはいかない。

 夕刻、長生は若い者に剣を教えた。

「剣は棒切れではない。刃だ。包丁と同じで走ることでものを絶つ。だから、切っ先を走らせることが肝要なのじゃ」

 そう言って、彼は太刀を抜き、振るう。切っ先が恐ろしい速度で風を絶つ。若者らが驚いていた。

「そこらの棒切れを振れ。腕で振ろうとするな。常に足を踏み込み、その勢いで振れ」

 それから、煮炊きを手伝っていた紫苑(しおん)を呼ぶ。

「お前も棒を振れ。長巻であっても、剣と要領は同じだ。踏み込んで、振る」

 紫苑がうなずいた。自分の長巻と同じほどの棒を探し、振りはじめる。

「腕で振ろうとするから、切っ先はどろんと動くだけになる。腕は忘れろ。足で踏み込み、胴でひねり込み、横に薙げ。切っ先を走らせろ!」

 何度も繰り返す。少し要領がわかる。棒の先が、風を切る。

 夕日の中、大粒の汗が心地よかった。


 今日も建屋の庭先で鍋を煮る。皆、朝から晩まで働き、鍛錬した。

 煮えた芋と鳩がとんでもなくうまい。

「今日は力が(つぶて)を打って、兎も獲ってきた。じゃが、一度に食っては備えにならん。つぶして、(いぶ)すことを教えたから、今後もそのように蓄えを増やせ。特に冬は干し肉をつくるのにいいから、おぼえておけ」

 兎を燻した女たちがうなずいた。

「しかし、こんなにおいしいものばかりを食べてたら、なんか神仏の罰が当たるような」

 年寄りのひとりが言う。

「仕方ない。お前らは何もない。ないときはとって食うしかない。太古の人々もそうして生きたはずじゃ。だから、この天と地に感謝を絶やさなかった。神仏なんぞは、それが形を変えたものでしかない」

 長生の言葉は、年寄りにさえおもしろかった。

「では、芋を大きくしてくれた山や、鳥を育んだ森や空に感謝すればよろしいのか?」

 今度は少し大きな子どもが、そんなことを聞く。

「そうじゃ。だから、芋は食べていく分だけいただく。さすれば、山はまた芋を大きゅうしてくれる。鳥も兎も根絶やしにしてはいかん。さすれば、森や空はまた命を育ててくれる」

 子どもは目を輝かして聞き、次に山と空に手を合わせた。

「いつか、お前らが豊かになったら、しっかりと恩返しすればよい。それまでは、この大地と大空に甘えろ。お前らもワシも大地と大空の子じゃ。子のやることは許してくれる」

 長生は子どもらに言ったのだが、聞いていた大人たちも心を動かしていた。

「私らは空と大地の子なのですか?」

 女のひとりが聞いた。

「そうじゃ。みな、生きていけと命じられて、この世に生まれる」

 長生は言ってやる。

「生きていってよい、そう、生まれてはじめて言われた気がします」

 女が涙を流し言う。

「生まれてきた命は、どれもそれぞれに役割があるのじゃろう。この鳩も今日、命を終えたが、それはお前らの血肉になる役を果たしたのかもしれん。鳩に感謝し、血肉を得たお前らもまた、何かの役に立て」

 若い男たちも、泣いていた。

「お前たちは男じゃ。女子ども、年寄り以上に膂力も体力もある。武芸もできる。だが、それを鼻にかけた瞬間、お前らは役立たずになる。天地が、何のためにお前らにその力を与えたかを考えろ。それを見つけ、忘れなければ、お前らの生は値打ちあるものになる」

 彼らがうなずく。

 聞いていたヒナギクもまた、泣いていた。同じように、生きていってよい、そう聞こえたのだ。

 その横に紫苑が座った。

「長生様が仏様のように感じます」

 彼女の言葉にヒナはうなずく。

「あれほどの豪剣を使いながら、心の中が澄んでおる。不思議な人なのじゃ」



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