名は?
食い物なんか、ないと思っていた。やはり、ない。
仕方ないから、長生は男どもを連れて、弓の講釈に出かける。
「ヒナ、女子どもに、芋の見つけ方を教えとけ!」
長生が言う。
「わかった! ツキと一緒に芋掘りじゃ」
いつもやってることなので、どうということはない。しかも、ヒナギクは子どもの扱いが妙に上手だった。ツキもまた、同じ。
「礫、お前はその技を磨け。そして、弓のうまい男と一緒に行動する。それだけで、唐山坊程度には負けなくなる」
礫の男がうなずく。必死に長生から何かを得ようとしていた。
その長生は賊が残した粗末な弓を若い男らに持たせ、山を歩く。
鳥の気配を感じ、手で制する。見ておけ、と手で合図し、自分の弓を引く。フワッと射た。少し遠くで、羽音がして、途絶える。
「弓は的にまっすぐ射るものではない。当たる道に必要十分な力の矢を乗せる」
そう教える。ツキが鳩をくわえて戻ってきた。何度か繰り返し、その後は、若い男らに弓をまかせた。男ではないが、背丈のある女も、一緒に来ていた。
唐山坊らがいなくなった廃寺周囲は、ちょっとしたお祭りのようになった。鍋には肉と芋が煮え、その香りが漂う。子どもたちがうれしそうに戯れている。
「こうして、葉っぱと花びらの汁を絞って、その汁で色を塗るんや」
ヒナギクは子どもらの絵の先生のようだ。
唐山坊一味の屍を片付けた場所で、鍋を煮ている。若い者だけでなく、年寄りたちも、何かと手を動かしている。
「な、ながたかさま、でよろしいか?」
聞いてきたのは、昼間に殺しかけた礫の男だった。
「ああ、長く生きると書いて、ながたかじゃ。字を知っておれば、それがわかる」
すると、礫の男は小さくなる。
「字はわかりません」
そんなことだろうと思う。そして、年寄りたちを見た。
「字を知っておるのは?」
数人が手を上げる。長生は暗澹とした気になるが、こらえる。
「こいつに字を教えろ。この男が、お前たちの棟梁じゃ。こいつが字を知らんで不自由するのは、お前ら全部じゃ」
年寄りたちが、少し不満げだ。そこで、怒ることにした。
「この男がいるから、お前らは自由になった! 礫が打てる、筋骨が強い、それは十分に棟梁の資質じゃ!」
たぶん、この集団内で身分が低いのだ。だから、こうなる。そして、唐山坊ごときに負ける。
「名は?」
男はまた下を向く。
「名は力と言います」
長生はこの男が不憫になった。名字もないのだ。そこにヒナギクが入ってきた。
「ならば、いするぎちから、と名乗れ。石を動かす力じゃ。お前らしい。由緒もある。この集落の勇者にふさわしい」
ヒナギクの威厳に力が驚く。心が動き、涙をこぼす。
「ええ名をもらったの。石動力」
力が下を向く。
「ありがたいことに存じます」
鍋が煮えた。長生は力に促す。気づいた手足の長い若者は、全員に声をかける。
「関長生様と、ヒナギク君、犬のツキ殿のおかげで、私たちはこの夜自由になった。御三方のおかげで、今日はおいしい夕餉もある。しっかり礼をし、しっかり食い、明日を生きよう!」
いい口上だった。腹を空かさせては悪い。長生は判断し、すぐに声を出す。
「さあ、食おう!」
「いっただっきまーす!」
みんなが鍋に突進する。年寄りが女らのために木椀によそい、女が子どもらによそう。長生らを襲った6人には、長生とヒナがよそう。ツキは必死に見ている。
「本当に申し訳ありません!」
椀を受けるたびに、襲撃に参加した男たちが頭を地面につけて詫びる。
「面倒や。もうええ! お前らは悪くない。いっぱい食べて、明日からを元気に生きろ!」
ヒナギクが困って言った。
「ほら、妹のヒナは姫なのじゃ。機嫌を損ねる前に楽しく語れ。ワシが面倒になる」
長生が助け舟を出す。横でよだれをタラタラ垂らしている犬に気づく。
「ツキ、食ってええぞ。今日の開戦の雄たけびは、戦局を決定したの」
長生が言うと、ツキは椀に突進した。
(おいしゅうございますわ!)
犬は満足げだ。
「よかったの。今日もうまいみたいじゃ」
ヒナギクが言うと、男たちも喉を鳴らす。
「食え、褒美じゃ!」
一斉に力たちが食いはじめる。
「こんなにおいしいものは知らん」
子どもたちが騒いでいるのを、ヒナギクが相手になっている。
そこで、長生は背丈の高い女に目を向ける。力にも目配せし、合図だけで呼んだ。
女が長生の近くに座る。
「お前が唐山坊を呼んだな?」
力が驚いて長生を見た。女は下を向く。
「何がしかの武勇をもって、棟梁のような気でいたのだろう。でも、手に負えなくなった。近くの武勇に頼った。寄生された。それが、あの偽坊主」
長生の推理に女は完敗した。うなずく。
「ここに、こんなに頼りになる武勇があるのに、そうした。お前の失敗じゃ。胸に刻め」
石動力を見ながら、長生は女にまっすぐ言う。
「お前は先にスレておったろう。その中途半端な武勇気どりが命取りじゃ。以後は、力を助けろ!」
小さく言い放つ。
女は、何も言えずに頭を下げる。
「名は?」
ようやく、少し頭を上げた。
「紫苑、です」
長生はため息をつく。
「名字か姓は?」
女は頭を振る。このままでは、この女の居場所はなくなる。長生は面倒になった。
「ワシのものにつながれ。関紫苑。それでいけ。この先、名だけでは生きにくいぞ」
女が長生をまっすぐ見た。意識していない。でも、彼女は目を離せなかった。




