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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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名は?

 食い物なんか、ないと思っていた。やはり、ない。

 仕方ないから、長生(ながたか)は男どもを連れて、弓の講釈に出かける。

「ヒナ、女子どもに、芋の見つけ方を教えとけ!」

 長生が言う。

「わかった! ツキと一緒に芋掘りじゃ」

 いつもやってることなので、どうということはない。しかも、ヒナギクは子どもの扱いが妙に上手だった。ツキもまた、同じ。


(つぶて)、お前はその技を磨け。そして、弓のうまい男と一緒に行動する。それだけで、唐山坊(とうざんぼう)程度には負けなくなる」

 礫の男がうなずく。必死に長生から何かを得ようとしていた。

 その長生は賊が残した粗末な弓を若い男らに持たせ、山を歩く。

 鳥の気配を感じ、手で制する。見ておけ、と手で合図し、自分の弓を引く。フワッと射た。少し遠くで、羽音がして、途絶える。

「弓は的にまっすぐ射るものではない。当たる道に必要十分な力の矢を乗せる」

 そう教える。ツキが鳩をくわえて戻ってきた。何度か繰り返し、その後は、若い男らに弓をまかせた。男ではないが、背丈のある女も、一緒に来ていた。


 唐山坊らがいなくなった廃寺周囲は、ちょっとしたお祭りのようになった。鍋には肉と芋が煮え、その香りが漂う。子どもたちがうれしそうに戯れている。

「こうして、葉っぱと花びらの汁を絞って、その汁で色を塗るんや」

 ヒナギクは子どもらの絵の先生のようだ。

 唐山坊一味の屍を片付けた場所で、鍋を煮ている。若い者だけでなく、年寄りたちも、何かと手を動かしている。

「な、ながたかさま、でよろしいか?」

 聞いてきたのは、昼間に殺しかけた礫の男だった。

「ああ、長く生きると書いて、ながたかじゃ。字を知っておれば、それがわかる」

 すると、礫の男は小さくなる。

「字はわかりません」

 そんなことだろうと思う。そして、年寄りたちを見た。

「字を知っておるのは?」

 数人が手を上げる。長生は暗澹とした気になるが、こらえる。

「こいつに字を教えろ。この男が、お前たちの棟梁(とうりょう)じゃ。こいつが字を知らんで不自由するのは、お前ら全部じゃ」

 年寄りたちが、少し不満げだ。そこで、怒ることにした。

「この男がいるから、お前らは自由になった! 礫が打てる、筋骨が強い、それは十分に棟梁の資質じゃ!」

 たぶん、この集団内で身分が低いのだ。だから、こうなる。そして、唐山坊ごときに負ける。

「名は?」

 男はまた下を向く。

「名は力と言います」

 長生はこの男が不憫になった。名字もないのだ。そこにヒナギクが入ってきた。

「ならば、いするぎちから、と名乗れ。石を動かす力じゃ。お前らしい。由緒もある。この集落の勇者にふさわしい」

 ヒナギクの威厳に力が驚く。心が動き、涙をこぼす。

「ええ名をもらったの。石動力」

 力が下を向く。

「ありがたいことに存じます」


 鍋が煮えた。長生は力に促す。気づいた手足の長い若者は、全員に声をかける。

関長生(せきのながたか)様と、ヒナギク君、犬のツキ殿のおかげで、私たちはこの夜自由になった。御三方のおかげで、今日はおいしい夕餉もある。しっかり礼をし、しっかり食い、明日を生きよう!」

 いい口上だった。腹を空かさせては悪い。長生は判断し、すぐに声を出す。

「さあ、食おう!」

「いっただっきまーす!」

 みんなが鍋に突進する。年寄りが女らのために木椀によそい、女が子どもらによそう。長生らを襲った6人には、長生とヒナがよそう。ツキは必死に見ている。

「本当に申し訳ありません!」

 椀を受けるたびに、襲撃に参加した男たちが頭を地面につけて詫びる。

「面倒や。もうええ! お前らは悪くない。いっぱい食べて、明日からを元気に生きろ!」

 ヒナギクが困って言った。

「ほら、妹のヒナは姫なのじゃ。機嫌を損ねる前に楽しく語れ。ワシが面倒になる」

 長生が助け舟を出す。横でよだれをタラタラ垂らしている犬に気づく。

「ツキ、食ってええぞ。今日の開戦の雄たけびは、戦局を決定したの」

 長生が言うと、ツキは椀に突進した。

(おいしゅうございますわ!)

 犬は満足げだ。

「よかったの。今日もうまいみたいじゃ」

 ヒナギクが言うと、男たちも喉を鳴らす。

「食え、褒美じゃ!」

 一斉に力たちが食いはじめる。


「こんなにおいしいものは知らん」

 子どもたちが騒いでいるのを、ヒナギクが相手になっている。

 そこで、長生は背丈の高い女に目を向ける。力にも目配せし、合図だけで呼んだ。

 女が長生の近くに座る。

「お前が唐山坊を呼んだな?」

 力が驚いて長生を見た。女は下を向く。

「何がしかの武勇をもって、棟梁のような気でいたのだろう。でも、手に負えなくなった。近くの武勇に頼った。寄生された。それが、あの偽坊主」

 長生の推理に女は完敗した。うなずく。

「ここに、こんなに頼りになる武勇があるのに、そうした。お前の失敗じゃ。胸に刻め」

 石動力を見ながら、長生は女にまっすぐ言う。

「お前は先にスレておったろう。その中途半端な武勇気どりが命取りじゃ。以後は、力を助けろ!」

 小さく言い放つ。

 女は、何も言えずに頭を下げる。

「名は?」

 ようやく、少し頭を上げた。

紫苑(しおん)、です」

 長生はため息をつく。

「名字か姓は?」

 女は頭を振る。このままでは、この女の居場所はなくなる。長生は面倒になった。

「ワシのものにつながれ。関紫苑(せきのしおん)。それでいけ。この先、名だけでは生きにくいぞ」

 女が長生をまっすぐ見た。意識していない。でも、彼女は目を離せなかった。


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