53話 銀の勇者
一度見たことがある光景が今俺の目の前にあった。
荒れた寂しい平原に俺は立っていた。
「また来たのね」
背後には初代銀の魔女がいた。
「……なんでまたここに」
「……? 死んだからじゃない」
「それなら前にも死んでる」
「あーー、じゃあやっぱりあれかな。水神獣のせいかな」
初めて聞く言葉だった。
「水神獣?」
「終末水晶から生まれためちゃ強な魚」
ぼんやりと死ぬ寸前のことを思い出して……
「あれ魚っていうほど可愛くないでしょ」
「まあでも水神獣にやられちゃったらあなたはもう生き返れないわね」
思考が止まった。
「ーーーーーーーーーーーーー」
「は?」
「だからもう蘇生できない。あなたの人生は終わり」
彼女から告げらた一言はあまりにも軽く、淡々としていた。
俺は何もいえず、固まったままその意味を理解しようとした。でも頭にあるのは本体である肉体が目を覚ませば、また回帰するだろうといったことばかりだった。
「……嘘、だよな」
魔女は何も言ってくれなかった。
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水神獣との戦いは次第に防戦一方となっていった。
「またくるぞ! 息吹だ!」
水神獣から区画を丸ごと吹き飛ばした破壊がレイアを襲う。
「くそ!」
広大な範囲の息吹からレイアは逃げられず、
「しまっ!」
「レイア!」
全身が吹き飛ぶかと思われた彼女に、すかさずエイジがレイアの前に飛び出した。
「氷炎魔剣イフリート・クロセル! 氷炎獄の門!」
巨大な氷の門扉が赤く燃え盛る奇怪なものが水神獣の息吹を防ぐ。
「うおぉぉぉっ!」
しかし息吹の威力に負けたエイジの盾は砕けレイアもろとも半壊した町へ飛ばされた。
「エイジ! レイア!」
ボルドが二人の安否に意識を割いてしまった瞬間、水神獣は荒れた海の槍をおよそ千本、ボルド一人に向かって全て投擲した。
「クソッたれ!」
ボルドは己の大剣を振りましてその剣圧で水の槍を落としていく。数十秒の間に起こった超常的な攻防はボルドが全ての槍を防ぎ切った。
「はあ……はあ……どうだ」
体力の限界を迎えつつあるボルドの状態を見計らったかのように、第二の水の槍が空中に現れる。
その数は八千。
「おいおい、マジかよ……」
放たれた八千の水の槍はボルドに一極集中された!
「将軍!」
ルリナが叫んだタイミングで水神獣は次の標的を定める。
ボルドに向けられた水の槍、数は一万……
「嘘でしょ……」
五英傑ですら水神獣の前では足蹴にされる存在。
銀の魔法を継承し切っていないルリナでは歯が立たないことは彼女自身も理解していた。
絶望がルリナを飲み込むと同時に水の槍はルリナに放たれる。
「こん……のアホがーーー!」
ルリナを突き飛ばしたのはシエラだった。
「シエラ!」
ルリナを射程圏外に飛ばしたこともあって、一万の槍を防ぐことができなかったシエラは腹に突き刺さった槍によって、大量に出血した。
「シエラ! シエラ!」
そこへ黒髪の少女が駆けつける。
「……っ! トーラ、シエラが!」
「ーーーーーーー」
「早く、治癒魔法を……」
「逃げて」
「え」
「あなただけでも逃げてルリナ」
「なんでよ! 二人を置いてけるわけないじゃない! それにカナタだってまだ!」
「こんな状況になっても姿を現さないのよ。……いい加減、ルリナもわかってるんじゃない」
「……ぃや」
「繋がりだって、ほとんど感じないんじゃない?」
「……違う」
水神獣は己の存在を誇示するように雄叫びを上げる。
「甘く見てた。終末晶石の力がある私たちがいればあれを討伐、最悪封印か撃退はできると思ってたんだけど」
ふと、トーラの脳裏にカナタを論破したことがよぎった。
「私も、人のこといえないわね」
知恵の魔女と呼ばれ、慢心していた。
美しいサルナ王国の港は、惨状となっていた。
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「……その水神獣って今も暴れてるんだよな?」
「うーーん、多分ねーー」
俺は一体何をやってるんだ。
「だってあれは世界への憎しみが原動力なやつだしーー」
あの時、あの攻撃を避けてさえいれば……
きっとエイジさんたちは戦ってる。
ルリナたちはどうだ……戦ってるのか? もし戦ってるなら……
「なあ、その水神獣ってのはどれくらい強いんだ?」
「神獣はあらゆる生物の頂点だよ。今代の七紋家の当主全員に魔女の女王、それと超人的強さを持つ強者に聖紋が刻まれた武器に選ばれた者、この世の強さと絶対晶石の力が必要、それくらいにあれの強さは常軌を逸してる」
「……そんなの、どうしたら」
わからないことは多い、けど銀の魔女が厳しい目つきが水神獣は柔な生き物ではないことは痛いほど伝わってきた。
「打開策を模索してるとこ悪いけど、あなたはもう世界に回帰できない。ここは精神の世界……多分だけど。とにかくあなたはもう死んだの」
「まだわからないだろ! 少なくとも精神である俺は生きてる! ならまだ何かできることはあるはずだ!」
「……」
「諦めてたまるかよ! 今までのうのうと生きてきたんだ! 平和ボケした世界で! ろくに喧嘩することも、口論することすら避けてきて! 傷つける側に回る覚悟もなかった! 勇者だってもてはやされて、俺に回ってきた役目は土人形でも代役がきくようなもんだ! いろいろ言い訳つけてあそこから逃げてきたんだ! そんな俺を助けてくれて、側に置き続けてくれたあいつを見捨てることなんて、できるわけがないだろ!」
ありったけの思いを吐き出した。
「はぁ……はぁ……」
それを黙って聞いていた彼女は俺の潤んだ瞳を見つめて、
「私は初代銀の魔女アリア・インヴィディア。カナタ、あなたは魂をかける覚悟はある?」
「ーーーーーー」
「絶対晶石の一つ白銀石に見初められた勇者、あなたは望むもののために魂をかけられる?」
この世界で、そんな言葉がいい意味を持たないことくらいわかる。
「それで、あいつを救えるなら」
アリアは静かに瞑目した後、意を決してように口を開いた。
「あなたに白銀石の力を与えるわ。命で賄っていた今までの力、今度は魂をかけてもらう。それで誓約は成立する」
「頼む」
「……いいわよ」
アリアは唐突に俺の頬に優しく触れた。
「何も覚えていない。今はいい、それでも……でも、ほんと変わらないわね」
「……? 何を言って」
「なんでもない。さあ行きなさい! せっかく面倒なことやってあげたんだから!」
そう送り出された俺の視界は白い靄が埋め尽くし、靄が晴れた時、水神獣が咆哮をあげていた。
「帰ってこれた……」
思いの外あっさりと回帰できたことに安堵したのも束の間、俺の体から粒子のような白いものが出ていた。
直感した。
これはアリアが用意してくれた体だ。俺の体はもうこの世にはない。
「それでも、十分だ」
愛刀である絶咸淙も具現化されていた。
気が利くなと思いつつ、最速で戦場まで行く。
この体に残された時間は少ない。
この髪色と同じ、主人のもとまで。




