52話 暗き空の雨のなか
戦闘開始から三十分が経過し、サルナ王国軍には甚大な被害が出ていた。
それほど水神獣との戦闘は苛烈を極めた。
「魔剣イフリート! ボルケイノ!」
炎の渦が水神獣目掛けて放たれ直撃するも、水神獣は一向に弱った様子を見せない。
「クソッ! ほんとバケモンだな」
「ぼやいてないで続けろ!」
レイアに叱責されながらエイジは再び剣を構える。
「性質変化チェンジライズ、魔剣クロセル!」
柄に紐で結ばれた宝玉が赤から青へと変化し、炎の魔剣から氷の魔剣へとその能力を変える。
「凍えた氷柱アイススパイク!」
空間から突如として巨大な氷の柱が水神獣に突き出される。しかし直撃するも衝撃によって氷柱は砕け、水神獣は海の水を操り、エイジに向かって五十四の槍状に尖った水が射出される。
エイジはその攻撃を避け受け止め相殺するも、捌ききれずに負傷した。
「……あーー、クソっいてぇ。なあレイア、あいつのあの水どうにかできねえ? 水はお前の分野だろ」
「何度も試してるけどダメだ。水霊の加護が意味をなさない。神獣だからか、ここら一帯の海の制御権を奪えない」
「かぁ〜〜、まじかよ」
二人の視界の端から、水神獣に突っ込む影が見える。
長い金髪に小柄の体。赤い瞳の魔女と銀色の髪をした二人の魔女だった。
「鮮血の十弾バレット・イラ!」
「銀の破弾シルバーブレッド!」
掌から血のように赤い十個の巨大な弾の形が空中に現れて水神獣に放たれる。さらに銀色の三つの輪っかが空気に押し出され、重なった衝撃の塊が同じく水神獣に向かう。
しかし水神獣はその全てをエイジに向けた攻撃と同じもので迎撃した。
「むぅーーー、質量を上げてもダメかぁーーー」
「なんでただの使者の仕事なのにこんなやつ相手にしなくちゃいけないのよ」
二人の攻撃を見ていたエイジは威力の高い二人の魔法を見て、作戦を立てる。
「シエラさんにルリナさん。タイミングを合わせて攻撃しましょう。それで多少なりともダメージを負わせられるはずだ」
「まかせろ!」
「わかりました」
五英傑であるエイジの提案を受け入れ息を合わせる寸前に、ルリナはエイジに話しかけた。
「あの、エイジさん」
「なんだい? 今は話は後にして欲しいんだけど」
「カナタを知りませんか?」
水神獣との戦いが始まってから姿を見せないカナタに、ルリナの表情は憂いに満ちた瞳をしていた。
「……いや、俺は見てない」
短く簡潔に答えたエイジもルリナが現場に来た時にカナタの姿が見えなかったことに不可解を覚えていた。
どこかで油を売っていると思っていたが、彼の主人であるルリナが戦い始めても姿を現さない。
「そう、ですか……すいません戦いに集中します」
ルリナは再び戦闘に意識を向ける。
エイジの中で考えられるのは先の息吹ブレスの被害にあったと見るべきだが、憶測の域を出ない。
それにカナタには’不死者’というスキルがある。動けない状態でも復活する奴がまだ復活していない。ルリナとカナタが主従の契約を交わしているなら、カナタがもし本当に魂までも消滅した時、その繋がりが切れる感覚があるはずだ。しかしその様子は見えない。
「もしくは聖剣とかの類の効果をもろに受けたか」
「エイジ! お前も魔力を練れ!」
レイアに指摘され、エイジは思考一時中断し目の前の災厄に攻撃の構えを取る。
魔力を練り上げ、四人の強者が一斉に魔法を放った。
「鮮血の剣ソード・イラ!」
「銀の槌!」
「アクアランス!」
「氷冷の咆哮!」
巨大な血の剣、銀色の槌、およそ六百を超える鋭利な水の槍、猛烈な吹雪を思わせる絶対零度の攻撃が同時に水神獣を襲う。
四つの魔法の威力は万の軍を壊滅まで追い込むほどの脅威性があった。
魔獣の大群ですら滅ぼすほど。
しかし、水神獣にその猛攻は一つとして届かなかった。
「おいおい、マジかよ……」
水神獣が海上から露わにしている肉体の周りに、薄い水の膜が球の形で水神獣を守る壁として現れていた。
「本当に化け物だ……」
「レイア、あの水の防護壁って……」
「無理」
「だよなーー」
「シエラ、あんたの魔法で……」
「あー、んー、めっちゃ強い私だが……これは……」
傲慢なシエラが口を噤んでしまうほど、濃密な魔力で覆われた水神獣の強固な守りに、その場の全員が絶句する。
そして雲行きの怪しかった空から雨が降り出した。
雨の強さはたちまち嵐の強さになり、黒い雲からは雷鳴が轟き始めた。
「まさか天候を操作したのかこいつ」
エイジが思いたくない推論を口にする。
「力の大半をそっちに割いてたとしたら、やっと本領発揮ってとこか」
きらきらと煌めいていた海とは一変、嫌な色をした濁った嵐の海から天に向かっていくつもの竜巻状の水の柱が昇った。その現象は間違いなく水神獣によるものだ。
「ほんとに、どうすればいんだよ」
笑えない状況に、大剣を担いだ男が港に現れた。
「悲観的になるなエイジ」
野太い声はなんとも頼もしい。
重装に身を包んだ大漢、サルナ王国の誇る五英傑にして大将軍のボルドだった。
「将軍、来てくれたんすね」
「本陣にいるよりはこちらの方が勝率がある」
二人の会話の数秒後、港よりも後方に置かれた本陣から大量の魔法が水神獣に放たれた。
爆撃の雨に水神獣は甲高い咆哮をあげる。
「魔法部隊と魔法兵器による援護が整った。これでさっきよりは追い込めるだろ」
「ほんと頼もしいっすね」
「何、眠り姫ほどではない」
ボルドは思い出したようにルリナとシエラの方を向いた。
「ああそうだ。銀と血の魔女の二人、知恵の魔女から伝言を預かってる」
「トーラ、からですか」
「なんでも二人の魔法をわ・ざ・わ・ざ・迎・撃・し・た・アイツの行動が気になるそうだ。ものは試しだ。俺たち三人が注意を引くからなんとか攻撃をぶつけてくれ」
そのボルドの言葉にシエラが口を挟んだ。
「お前将軍だろ? なんか作戦とかないのか?」
「悪いがあんな化け物、今まで相手にしたことがないから作戦はない」
「「えーーー……」」
ルリナとシエラの期待を裏切ったボルドは笑いながら大剣を両手で構える。
「大将軍とか言われてるけど、うちの将軍は脳筋なんだよ」
「将軍に向かって失礼なことを言うな」
ボルドを加えた前線組は再び水神獣に攻撃を仕掛けた。
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ギニアは少数の斥候部隊、その中で特に足の速い二名を連れて祠のある水結晶の洞窟へと向かった。
水結晶の洞窟は王城のほぼ真下に位置する深い地下にある洞窟だ。入り口にある灯りの光が結晶と結晶を通して地下でも明るい。降りた一行は最下層の祠の前までやって来た。
祠の周りに地面はなく、祠まで続いた道もない。
誰も触れられないように祠は孤立するように設計されている。
空中に浮く、浮遊魔法を使えば祠に近づくことはできるが、その場合崖の下に針の山のような結晶が浮遊するものを串刺す防衛機構が備わっている。結晶の硬度はとても高いため破壊は困難。たとえ針の山のような結晶ごと祠の下を攻撃しても、数秒で結晶は地面から再生する。
しかしその祠には誰かが明らかに踏み入っていた。
「やっぱ誰かが侵入した痕跡があるな」
辿られないように魔法で痕跡を消している祠の現場を見てギニアは侵入者の存在を確信した。
「ギニアさん、地鳴りがすごいんですけど早く出ませんか?」
「それに痕跡なんてどこにもありません」
二人の部下がギニアにそう意見する。二人ともとても優秀な斥候だ。隠蔽の魔法の痕跡をギニアしか見抜けないことから、相当な手練れが祠に手を出したことがわかった。
「何はともあれ主犯格のクソはここにはもういねぇ、それに祠の絶対晶石クリスタルは粉々に砕かれてる。けど肝心の封印をどうやって解いたのかがついぞわからねぇ」
「ギニアさん! 下の結晶に死体があります!」
「っ! すぐに回収する!」
ギニアは体に風を纏い、稲妻のような速さで結晶に突っ込み、瞬きの間に死体を担いで崖まで帰って来た。
ギニアが戻ってきた途端に、大樹のように太い結晶が天井まで何本も貫いた。
「相変わらず速すぎでしょ……」
「このガキの顔に見覚えあるか?」
「……グシャグシャですけど整った顔だったっぽいですね」
担いでいた死体をギニアが乱暴に下ろした途端、金色の家紋の入った時計が懐から出てきた。
それをギニアの部下の一人が手に取り、
「この家紋、クローナー伯爵家の家紋です!」
その死体は魔女に唆さされたライド・クローナーだった。




