51話 水神獣顕現
夏休みの最終日、学校の宿題をより身近に感じるあの悪魔のような感覚をこの異世界で感じた。
サルナ王国からラーグナー王国に帰還する前日、俺はルリナにどう言い訳をしようか必死に考えていた。
「本気でどうしたらいいと思う?」
「なんで私がそれに答えないといけないの」
無愛想に接する彼女は黒く短い髪に漆のような瞳の知恵の魔女、トーラ・ソフィアと、
「私のところに来ればなんの問題もないだろ」
粗野な口調が見た目と噛み合ってない長い金髪に血のように赤い目の鮮血の魔女、シエラ・イーラだ。
小腹が空いて適当な店に入ると、入り口のすぐ近くのテーブルに二人が座っていた。シエラに手招きされた俺は彼女たちと昼食を共にしながら、目下の問題を解決する手立てを得ようと相談をした。
シエラに全く期待していなかったけど、知恵の魔女の次期当主であるトーラが同席してたのでいい案が得られるかもしれないと思ったからだ。
「そう言わずに頼む! 俺の命が懸ってるんだ!」
「面倒事は嫌いだし私に得ないし」
トーラは鬱陶しそうに顔を歪ませて、王都名物のトロピカルブルースカッシュという甘く炭酸の強いジュースに口をつける。トーラはこれが飲みたくて店に来たらしく、今飲んでるやつで五杯目だ。
「ここの店代奢るじゃんか」
「それは私たちに相談代として提示したものでしょ。恩着せがましい」
「まあ、そうなんだけど」
俺の魂胆は難航していた。
「だから私のところに来ればいいだろー」
「お前はちょっと黙ってて」
シエラのしつこい勧誘を流し、どうすればトーラの知恵を借りられるかを考える。しかし頑固でめんどくさがりなトーラを動かせるものがなく、頭を抱える。
「私とシエラにルリナはサルナ王国と同盟に関する細かい内容とか、同盟の証として国から送られた使者。目的は達成したしこれ以上働く気は起きない。あなたがルリナにどんな目に遭おうが、今回の目的に支障は微塵もない」
冷徹な態度と思ったけど、トーラの言い分には納得してしまう。
そもそもトーラは俺に関心も興味もない様子だ。シエラと違ってトーラはとことん己と国の利益と不利益を考える。
ルリナに同盟のすり合わせのことを聞いたが、ほとんどトーラが話をまとめていたらしい。
そのトーラが目的達成と口にした。
エイジさんと同郷で仲も良いなんて言っても、きっと無駄だろう。
五英傑と懇意してる俺がルリナに酷い目に遭わされても、俺とエイジさんはあくまで個人間の関係で懇意にしてもらってるだけで、サルナ王国の国王や他の五英傑と仲が良いわけでない。
そもそも俺は王城にいなかったし護衛だ。
俺のことを知らない可能性の方が遥かに大きい。トーラの協力を得る算段が思いつかない。
「あーーー、やっぱ無理かぁ」
俺がそうぼやくと、トーラはため息をついて、
「そもそも短期間でAランクまで上がるわけないのに受けたあなたが悪いわよ。できると思っていたのなら思い上がり、できないと分かっていて挑戦したなら愚かとしか言いようがないわ。もっと自分を客観的に冷静に見なさいよ。そんなこともできず、一時の感情に支配されるような人を私は助けようと思わない。自業自得、勝負したっていう伯爵家の人間と一緒よ」
図星を突き抉るように放たれた言葉に、俺はぐうの音もでず項垂れる。
「……全く、その通りでございます」
もう今すぐベッドに潜り込んで眠りたい気分だった。
そんな俺を見たシエラは可哀想に思ったのか、優しく背中を叩いて、
「追い出されたら私のところに来れば良い」
「……その時はよろしくお願いします」
彼女の根気強い勧誘が胸に染みて、そう返答してしまったことが情けなかった。
お代を払い、二人と別れルリナに刺される覚悟をして宿に戻ろうとした時だった。
太陽よりも眩しい閃光が視界を埋め尽くした。眩しさを殺そうと目を細め腕で目に影を作る。
王都の多くの人たちも慌ててその場から動かず、俺と同じような姿勢を取っていた。
その日、王都の東側の大半が煌く海で広がる場所で天に向かって光の柱が昇った。
光の柱が霧散したと同時に鼓膜に響く甲高い咆哮に地面が震え上がる。
藍色の鱗に大きく鋭い腹鰭に、獰猛な牙と大蛇の如く長い体。そびえ立つ王城や港に停泊している大船が石ころに思えるほど巨大な羽のない龍。
恐怖を抱かずにいられないその姿はいっそ神々しく、遠目から見たカナタは一目で、その生物が海の覇王であることを直感した。
「なんだよ、あれ……」
封印されていた災害の獣、水神獣が目覚めの産声を上げ、こちらの方を見た海の怪物は大きな口を開けて喉の奥から光が見えた瞬間、微かに聞こえた爆音だけが俺の世界を支配して、意識も体も吹き飛んだ。
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サルナ王国の国王はただ茫然とその光景を眺めていた。
「なんの、冗談なのだ……」
愛する国の王都西側に軒並む街が消し飛んだ。
抉れた地面に圧倒的な力の爪痕がだけがそこにあった。人はいない。死体すら残っていない。当然石造りの建物も……
海上に突如として現れた水神獣。
永く封印され、祠と終末晶石の欠片によってその強大な存在ごと封じられていたはずだった。
「国王陛下! げ、現在国の海上にて水神獣リンドヴィルムが出現しました!」
「見ればわかるわ! 五英傑をただちに集め軍を編成! 水神獣の迎撃にあたらせろ! 王都の住民もすぐに避難させろ!」
「しょ、承知しました!」
帝国と永く争っていた国王は若かりし頃、前線で指揮を取っていた。その感覚が呼び起こされ迅速に我を取り戻し指示を出した。
「父よ、城を堅城鉄壁の要塞にしてくれたこと、深く感謝いたします」
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サルナ国王の命により水神獣対策本部が設置され、そこには小国や帝国までもが恐れるサルナ王国が誇る五人の猛者が集まった。
「何者かの手、または自然と封印に綻びが生じたのか、水神獣リンドヴィルムが目覚めた」
厳かに口を開いた壮年の男は五英傑が一人、轟剣ボルド・フルン。サルナ王国軍の大将軍が会議の場を取り仕切った。
「はっ、綻びって……封印に問題があればわかるでしょ? 明らかに第三者の介入がある」
「黙ってろギニア。今はそのことについて議論している時間はない」
机に足を乗せて、口を挟みボルドに咎められただらしない三十代の男、風人ギニア・ミル。彼も五英傑の内に数えられる人物だ。
「ちっ、へーへい」
「ギニア、将軍に対してなんだその態度は。それに足をどけろ。五英傑として恥を知れ」
さらにギニアの舐めた態度に怒りを覚えた麗しい女、長い金髪に淡く青い瞳を持つ彼女はギニアと同じ五英傑。
ラーグナー王国に救援で駆けつけた水鏡レイア・バーチェス。
「あんだとこの水女?」
険悪になる二人の間を陽気な声が割って入る。
「まあまあお二人さん、今は揉めてる場合じゃないでしょ。将軍が怒る前に、ね?」
カナタの同郷にして、フォルネ帝国を退かせるのに一役買った男、氷炎エイジが二人を宥めた。
「ふん」
「けっ」
二人もエイジの言葉で互いに身を引いて口を噤んだ。
「ボルド! 祠は俺が見に行く! 俺のダチを町ごと吹き飛ばしやがった原因の野郎を潰す! これは俺がやらなくちゃあいけねえ。それに俺の足は誰よりも速い。適任だろ」
「……ああ、任せる」
荒れているギニアの心中を察したボルドは作戦の内容に話を進める。
「祠の様子はギニアに任せる。水神獣が現れてから二十分が経過したが奴は最初の息吹以外特に目立った動きはない。封印から解かれてまだ目が覚め切っていない今が好機だ。前線を東地区の港に、本陣は中央広場、北側と南側に避難民を集める。逃げ遅れた者は王城に。前線の指揮は私が執る。エイジとレイアは水神獣の相手だ」
「つーか、この状況でもまだあの女は寝てんのかよ」
ギニアが悪態を吐いた相手は王城で今も眠る五英傑の女性だった。
「ギニアッ!」
ギニアが口にした人物を察したレイアの怒気を孕んだ目にギニアは両手を上げて、
「はいはい。今のあぁ悪かったよ。……言ってみただけだ」
今も国を、人々を守るために深く眠りについてしまったこの場にいない五英傑に部屋の誰もが胸を痛めていた。
心強く、誰よりも高潔だった彼女がいれば、どんなに頼もしかったことか……
そんな心情の五英傑と国の幹部が集まる会議の最中に、扉が無遠慮に開かれた。
「水神獣の相手、我々も手伝います」
清澄な声音でそう言ったのは知恵の魔女次期当主、トーラ・ソフィアだった。
「君らは使者だ。即刻国に帰られよ。今この国は非常に危険な状態にある」
ボルドの気を遣った発言に、トーラはなおも変わらず毅然と口を開く。
「しかし我が国と貴国はすでに同盟関係にあります。事実、先刻の帝国との戦で我が国は援助を受けました。なら、貴国が危険に瀕しているのであれば、我々も力を貸すのが道理でしょう」
「そうだが、君たちはまだ……」
ボルドは「子供」と言いかけたのを寸前で止めたのはトーラの不敵な笑みだった。
「それとも、’魔女’の力をお疑いで?」
刹那にボルドは彼女たち魔女の歴史を振り返る。
魔女の、それも七紋家の魔女の特異性を。
「わかった。助力感謝する」
戦力を獲得できたボルドは秘かに安堵し、作戦をトーラにも共有した。
「終末晶石がこの国にない以上、世界の災厄をここで討伐する! 各自、持ち場につけ!」
こうして、水神獣討伐作戦が始まった。




