50話 復讐の火種
ライドがギルドを追放され、ギルドの受付から金貨30枚を受け取った俺は勝負の結果をルリナに報告していた。
「とまあ、エイジさんの機転のおかげで俺が大勝利をおさめたってわけだ。指名依頼でそれも薬草採取で相手が追いつけないほどの大金。あいつの悔しがる顔と言ったらもうぉ傑作ッ!」
会った時から因縁をつけてきたライドの醜態ぶりを、俺はルリナに饒舌に語った。
「俺が勝った途端に不正だー卑怯な手を使ったーとか喚き散らしててさぁー。それがギルドマスターの前じゃ子供の駄々みたいでーーー」
「それくらいにしれくれる? さっきからあんたの小物感がすごいんだけど」
「おいおい、これでも俺は国の侵略を食い止めた功労者。はたまた敵国から亡命を果たした元勇者だぜ? 十分に大物と言ってもいいだろ」
「大物はそもそもそんなこと言わないわよ」
冷や水を浴びせられた俺はライドとの件を一旦流し、もう一つの報告をした。
「それと勝負の結果とか諸々でCランクに上がった」
ルリナに約束させられた期日までにAランクに上がる。スパルタでしかない俺の特訓は着々と達成が見え始めている。
しかし昇格した後で、ザムドから「次のランクアップはもっと厳しいからそのつもりでな。もちろん斡旋はする。ライドを起訴してくれた礼にな」と言っており、本当に達成できるかは不透明であった。
「まだCランク? あんたどんだけ悠長にしてるのよ」
「これでも結構頑張ってるんだが⁈」
まだ一週間経ったか経たないかぐらいで昇格を果たしたのは流石に早いと思う。
魔女の感覚は魔女からしたら普通なんだろうけど、常人のそれではないということを覚えていて欲しい。
「それで悠長とか言ってるあたり、もしかしてもう帰る予定が決まってんの?」
「六日後に国に帰る予定よ。あんたAランクに上がれんの?」
六日後、一週間もない期間のうちに後二つランクをあげないといけない。
「すんません。無理です」
成長速度EXとかないと無理ゲーの不利内容。死にゲロ吹き出すお。
「はあ……しょうがないわね。もともとそんな期待してなかったしBランク上がれば許してあげる」
ため息を吐いて譲歩してくれたルリナだけど、六日でBランク上がれるわけないじゃん。昇格ってそんな安くないから。そもそももう十分でしょ。それに俺は何を許されるのだろうか。
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ルリナが譲歩してくれた日から三日過ぎて、ギルドでは陽気で活気のある空気が建物内を包んでいた。
「ある日を境に酒が旨いんだが……誰か知らないか?」
「お前それはあれだ、このギルドから病魔が消えたからだよ」
「ふむ……なら病魔を祓った聖者に、乾杯っ!」
「あ、ありがとうございます」
俺は今ギルドに来てそこの冒険者たちと飲み交わしていた。
まだ真昼間だからお酒なんて飲む気にならないし、未成年だし。しかしこの世界の成人は十五歳からだから十六歳の俺はお酒は飲める。
「その乾杯の音頭恥ずかしいんでやめてもらっていいですか」
「おいおいそりゃないぜ。あのクソガキを追い払ってくれた礼だよ」
ライドが正式に冒険者資格を剥奪された次の日から俺はギルドでものすごく歓待のような扱いを受けている。
特にライドに煮湯を飲まされた冒険者たちからだ。
本来ならルリナから出された課題、帰国までにBランクまで昇格しなければならないんだが、もう俺は諦めていた。
ザムドに確認を取っても「どう足掻いても六日でBランクは無理だ」
もうどうでも良くなった俺はここの冒険者たちと思い切り騒ごうと思考を切替、彼らと交流を深めることにした。
「おーいカナタ! お前もいい加減飲めよ〜」
「だから飲まないっすて!」
「よーしそれじゃあ、今からこの銀貨を投げて裏が出たら飲めよ」
そう言って勝手に銀貨を空中で投げてそれを器用に手の甲の上でキャッチし、手をのけて見えた銀貨は裏だった。
「よーーし! お姉さ〜〜んエール一つね〜」
「ちょ、俺はまだ飲むなんて!」
どんちゃん騒ぎが周りにも伝染し、俺は周りから飲め飲めコールの嵐に晒される。
そのノリは動画や親戚から聞いた日本の大学生の飲み会のような気がして、なんだか妙な恐怖感を覚えた。
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熱気と快活な声がギルドから漏れ、荒れくれ者が集う場所の前で怨念の籠もった眼差しを向ける男がいた。
「クソッ」
黒いフードを被った男、ライドは純粋な悪意と憎しみに焼き焦がれていた。
周りの取り巻きも離れ、ギルドから起訴されて冒険者の資格を剥奪されたライドは伯爵である父からも絶縁され、一人許し難い大きな恥に心を掻き乱されていた。
「どうして僕が、あんな下賤な魔女の下っ端に! 今まで上手くいっていたのに! あいつッ……カナタ! あいつのせいでッ、何もかも!」
募る憎悪の男の前に突然甘い女の声が耳を掠めた。
「ライドさん」
名前を呼ばれて振り向くライド。
声の主は深くフードを被って顔がよく見えず、辛うじて妖しく口角をあげた唇が見える程度。
「なんだお前」
苛立つライドの険のある雰囲気に当てられても、女の態度は変わらない。委縮もせず、妖しい微笑みを浮かべていた。
「大した者ではありません。ただそうですね……魔女、と名乗っておきます」
魔女と聞いた瞬間にライドは激しい憤りが膨れ上がった。
「魔女……だと!」
「はい」
「魔女風情が僕になんのようだ。金か? 卑しいお前たちのような人間は下心しかない事は知ってる。それとも僕を笑いに来たのか?」
「そう熱くならないでください。私はただあなたの耳に入れたいお話があるだけです。お金や伯爵家の力を貸して欲しいというような類の話ではありませんよ」
八つ当たり気味のライドに魔女は彼を刺激しないように宥める。
「なんだ? 悪いが僕は魔女や魔女に関わる者を信用するつもりはない。話は聞く気にすらならない。とっとと消えろ」
魔女と聞くだけでライドの脳内にはカナタの姿が思い浮かぶ。
それだけでライドは激しい衝動に駆られ、人や物に当たらずにはいられない。
しかし魔女は引きさがる所か、返ってほっとしたように安堵していたように窺える。
「大丈夫です。あなたにとっても非常に利益のあるお話でございます。あなたから冒険者の資格を剥奪した者も泡を噴くほどに」
その言葉を聞いたライドは踵を返そうとしていた足を止める。
「何?」
魔女はそれから抑揚のある大仰な言い草で彼にある話を持ち込んだ。
「あなたのことはよく知っています。だからこそ、私はあなたしかいないと思いました。この地の深く海に眠る神獣……その力を手に入れる人は」
憎い相手と深く関係のある人種の言葉が忌避感よりも上回る感情に飲まれる。
「私は魔女ではありますが、この地に眠る水神獣からの使いの者でもあります。昔、彼の神獣と色々と縁がありまして……その水神獣があなたを選ばれました。力を受け継ぐに相応しいと」
「……得体の知れない相手からそんな眉唾な話、信じられるものか! 大体水神獣は封印されているし力を受け継ぐなど聞いた事などない!」
頭から信じるほどライドもお人好しではない。
目の前の魔女から平気で人を騙す、自分と同じ臭いがする。ライドは警戒をさらに引き上げ、魔女の口車に乗せられてたまるものかと話を切り上げようとする。
「そんな子供のような戯言、二度と僕の前でするな!」
「そうですか……残念です。では第二候補の人物に当たります」
「そうだ。とっと僕の前から失せろ!」
「ええ、そうさせてもらいます。では今からギルドの、カナタさんのところに今の話をしに行きます」
その名前を聞いたライドは魔女から外そうとした意識を瞬時に戻した。
「おい、どういう事だ?」
「どうも何も……カナタさんのところへ行き水神獣の力を引き継いで欲しいとお願いしに行くだけです。強大な力を彼がどういう風に扱うかは存じ上げませんが、水神獣からの贈り物、きっと彼は受け取ってくれる事でしょう。ライドさんはどうやら、疑い深い性質のようなので」
カナタが世界各地に封印されている人智を越える力を持つ五大神獣の一角、水神獣の力を受け継ぐかも知れない。
考えた途端に頭から離れず、同時に何故あいつにそんな力が与えられるのか分からない不条理さやライドよりも高みに行くことへの憤慨。カナタが勝負のときのように、またしても優遇される。
五英傑やクソ魔女の庇護下にいるあいつが憎くて仕方がなく、目の前の胡散臭い魔女から力を授かろうとしている。その可能性がある。
どうしようもないくらいの恨み辛みがこみ上げてきた。
「おい、待て」
「なんでしょう? これ以上のやり取りはもう意味がないと思うのですが」
魔女を呼び止め、ライドは禍々しく歪んだ表情で言った。
「その水神獣の力、僕に寄越せ」
「信じていなかったんじゃないですか? こんな子供のような話は」
魔女は話を拒否したライドに怪訝な声音で聞く。
「信じてはいないさ。ただ、戯言と切って捨てるのは真偽を確認してからでも遅くない。何より、第二候補のゴミよりも、第一候補である僕が行くほうが水神獣も喜ぶと思うけど」
魔女の言葉から自身が力を受け継ぐ第一候補であると予想し、あちらライドを利用しようとしているのならば、こちらも利用しようと決めた。万が一力を手に入れることができたとしたら、今の不快な感情を絶え間なく与え続けてくる存在を消そうとライドは決心した。
ライドの復讐の炎に隠れるように、魔女は一人静かにほくそ笑んで、
「では、水神獣が封印されている祠までご案内致します」




