22話 鍛治師のお店
騎士団に放り込まれた日を含めて今日で三日目。
二日後にはフォルネ帝国、そして勇者達との戦いが始まる。そんな戦争間近の日、俺は昼過ぎまで教官と木刀で打ち合いをしてなんとか剣術としての形はできたとのことらしい。
「いいか?基礎としての土台が形になっただけだ。基礎ができあがったわけじゃないからな。あくまでも形だけだぞッ!」
…と教官に強く念押しされた。
そこは俺もちゃんと分かってるつもりだ。ど素人が三日でまともな剣術が身につくとも思えないし、だって俺ってば高校生だよ?
帰宅部ボーイの俺がすぐに剣術を身につけたら次の日は雨なんてかわいいもんじゃない。嵐が来るレベルでおかしいからな。ここはゲームの中ではなくれっきとした現実なのだ。
なんて自嘲しながらもそこまで教官に強く念押しされたことに俺は軽くショックを受けていた。
「あんなにボコボコにされて、考えるな!体で覚えろ!とか言われて…。それなのに基礎すらダメとか…」
漫画のようにポンポンと強くなるわけじゃないと今その現実にやられていた俺はインヴィディア家が治る領地、その中にある町を歩いていた。
煉瓦造りの家と樹木を使った建物が立つ中を一人あるいていると、一軒の果物屋の前で買い物をしていたルリナを見つけた。
「おーい、ルリナー」
手を挙げながらルリナに軽く声をかける。
「な、え、えっと…、もう終わったの?」
慌てて驚くルリナ。一体何をそんなに狼狽えているんだろうか。
「ああ。教官も戦争の準備があるって言って今日は早く終わったんだよ」
「そ、そうなの…」
なんかモジモジしながらルリナに俺が不思議がっていると、紙袋を前で抱えていた。その中には林檎や葡萄が入っているのが見えた。
「そんなに食うのか?」
その量は一人で食べるには少し多い気がした。ルリナが大食いなんかではないのは知っているため尚更不思議だった。
「あ、いやこれは…」
少し頰を赤くし、下を向くルリナ。縁のあるとんがり帽子で顔がよく見えなくなった。
「もしかして…俺に差し入れするつもりだったのか?」
「ち、違うわよ!」
ルリナは強く否定した。
適当に予想したことを口にしただけなんだが…
「じゃあなんでそんなに?エイナさん林檎嫌いだって言ってなかったかお前?」
「そ、それは……」
顔を更に赤くし、困惑しているところにひとつの声が響いた。
「ルリナ〜!カナタくーん!」
振り向くとそこには翡翠色の瞳に長い茶髪、巨乳というわけではないがお手ごろサイズのお山が揺れて、手を振りながら走ってくる一人の美少女。
「ティナじゃないか。どうしたんだ?」
「ちょっとここに用事があってね〜。遊びに来たのだよ」
七紋家のひとつ、慈愛の魔女のティナが俺とルリナのもとへやって来た。
「用事があるのに遊びに来たのか?慈愛の魔女様が呑気だな」
「あはははッ!まあ用事っていってもおつかいみたいなものだから。それに正確には私はまだ慈愛の魔女じゃないんだけどね〜。家督を継いでいないから」
「なんかややこしいな」
「色々とあるんだよ〜」
俺とティナが砕けた感じでスムーズに世間話をしているとルリナが慌てた様子で口を開いた。
「そ、そう!実はティナに果物をあげようと思ってたのよ!この間の樹海じゃ助けてもらったしわけだし!」
「そういうことか」
なるほど納得だ。確かにティナにはあの時助けてもらったし、お礼するのは当たり前だもんな。
ルリナは果物の詰まった紙袋をティナに勢いよく渡した。
「お礼なんていいのに~。これならカナタくんをくれた方が嬉しいわ」
「…あげないわよ」
「なんだ、ざーんねん」
話によるとなんでも魔女は所有欲というか物欲というか、そういった欲望が強い。探究心は旺盛で、新しいものには目がないのだ。
実は俺のことはこの国で結構有名になっている。教官も知っていたし、樹海じゃあティナも俺のことを知っていた。
きっと帝国の勇者というのもあるが何より俺のスキルがなぜかバレているのだ。
まあ広めたのは絶対にエイナさん辺りだろうが…
"不死者"という俺のスキル。殺しても再生して復活するというだけのスキルだが、魔女からすれば何度弄っても壊れないおもちゃという感じだろうしな。
そんなスキルを持った奴が魔女側に寝返って更にそれが広まれば、そりゃあみんな欲しがるよな。
でも、よく分からん人が近寄ってこない辺りもう俺が銀の魔女の家臣として身を固めていることも広まっているんだろうな。
まあこれも絶対エイナさんだろうな。きっと友達にブランド品を自慢するみたいな感じで言ったに違いない。
先日もルリナとエイナさんに俺の体の一部を渡したしな。その時は麻酔を打ってくれたから痛くなかった。
ただ痛くなかっただけで腹を抉られている光景を間近で、しかも自分の体だから余計に気分が悪かった。というか吐いた。そしてそのまま意識を失い、死んだのだ。エゲツないほどグロいからオススメはしないでおこう。
ティナは渡された紙袋を受け取ると、何か思い出したように喋り出す。
「そうそう、今丁度ここにオーガムさんが戻ったらしいわよ」
「オーガムってあの鍛治師の?」
「そうよ」
「誰なんだ?」
分からず俺はルリナに聞く。
「この国以外でも有名な名匠の鍛治師よ。二ヶ月前くらいに隣のサルナ王国で武器を売りに行ってたんだけど、多分戦争が始まるからこっちに戻ってきたのね」
名匠の鍛治師か…
それは一度会ってみたいな。それに名匠と謳われるほどの人の武器とか見てみたいし、良いのがあれば買って帰るのもアリだな。何たって二日後には戦争だ。お粗末なものはなんとも心許ない。
「会えるなら会ってみたいな」
「それじゃあ行こっか!カナタくん!この後何かあるわけじゃないんでしょ?」
ティナは俺の手を掴みグイグイと引っ張る。
「あ、ああ…、それじゃあ行ってみるか」
いかんいかんドキッとしてしまった。
女子と触れ合うなんて一体いつぶりだろうか。十年は遡るな。
名匠オーガムがいるとされる場所に行こうとする寸前でルリナは俺の服の裾を掴み引っ張る。
「待ちなさいティナ。私はこいつを貸すなんて一言も言ってないわよね?」
冷えた声で威圧するルリナ。
その顔は真顔で冗談が通じる雰囲気など微塵も感じない。
「これくらい許容範囲でしょ。それってカナタくんを縛ることになるんじゃないかな?彼も生命を与えられた立派な生き物よ?」
「昔男を束縛し過ぎて逃げられた女はどこの誰かしら?」
「自分より低脳な男しか選ばない惨めな女は誰かな?」
さっきまでお礼とかいって果物を渡していた俺の主人はどこへやら…
ルリナとティナの間で激しく火花が散る。態度がさっきとひっくり返る二人。
マジで怖い。ほんと逃げたい。鍛治師に会いに行こうとしただけなのに!なんでこうなった!
仲裁なんてできるはずもなく、俺はただ何も起こらないようにと祈ることしか出来なかった。
「お?なんだカナタじゃねえか」
現れたのは女神、否、平和の神だった。
「きょ、教官⁈なんでここに⁈」
今この修羅場には似つかわしくない陽気な様子でその人はやって来た。
「ガハハハッ!いやなーに、ちょいと剣の手入れでもしてもらおうかと思ってな。お前はこんな場所で何やってんだ?」
「じ、実は有名な鍛治師の方が帰ってきたそうで…。その人の所へ行こうと思ってたんですよ」
俺はあえて二人の険悪な雰囲気については触れないでいた。
「お前も行くのか!じゃあ一緒に来るか?」
「お供させてもらいます!!」
教官…あんたはまさに救済の神だ。
俺が教官を心から尊敬していると、
「ねぇゼイド、何勝手に決めてるの?」
ルリナは教官に冷めた声音で呼び止める。
今更かもしれないが、ゼイドとは教官の名前だ。
「あ、いやルリナお嬢様。これはその……」
七紋家ということからゼイド教官は腰が低い態度だった。
「もういいじゃないルリナ。一緒行きましょ」
「はぁ……、わかったわよ」
ティナの笑顔とこれ以上はグダグダとなるのが分かったのか、ルリナの苛立ちはようやく鳴りを潜めた。
――――――――――――――――――――
俺とルリナ、ティナにゼイド教官という珍しい組み合わせでオーガムという鍛治師のいる所へ向かった。
「ここが例の鍛治師のいる店だ」
教官の案内でさっきいた果物屋からそう離れていない所にその店はあった。
煉瓦造りの一軒家くらいの大きさで太い煙突が屋根から飛び出ている。そして武器のマークが入った小さな看板が扉の前にあった。
そして扉を開けると客が来たことを知らせる鈴が鳴る。
「へい!らっしゃい!…ってゼイドじゃねえか!」
店の中に居たのはバキバキに鍛えた筋骨隆々の顎に髭を生やした俺よりも一回り大きい男だった。
「よう!オーガムッ!どうだ調子の方は?」
「自国の戦争で不謹慎かもしれんが、大儲けよ!」
きっと二人は昔からの知り合いなんだろう。砕けた感じで仲がいいのが見て分かる。教官は訓練以外はとても良い人なんだが、訓練となると途端にスイッチが入る。まさに鬼教官だ。
オーガムさんはゼイド教官の後ろにいる俺たちを見て、
「そちらに居るのは七紋家の御令嬢のお二人方ですな!それと…、見ない坊主だな」
「どうも、カナタと言います」
オーガムさんは体が大きく、その上顔が厳ついからどうも俺の腰は低くなってしまう。
「オーガムッ!こいつは今この国じゃあ有名なあの亡命勇者だよ」
「ッ⁈あの不死身の勇者か⁈こんな坊主が帝国から逃げてきたっていうあのッ⁈」
オーガムさんはなんでこんなに驚いたてんだ?
というか帰ってきたばっかりって聞いた人がなんでもう俺のこと知ってんだよ。
しばらくオーガムさんとゼイド教官は互いに盛り上がりながら軽い雑談をしていた。
「あんたは新しい武器が欲しいの?」
店内にある武器を眺めていた俺にルリナは声をかけてくる。
「まあ、買えるなら欲しいかなって感じかな」
正直欲しくても贅沢をいえる立場じゃないしな。
「そう…。まあ戦争のこともあるし、あんたには今後あたしの護衛とかもしてもらわないといけないしね」
うんうんといった具合で納得するルリナ。いつもなら冷やかしのひとつぐらいあると思ったんだが…。なんか今日は優しいな。
「そうだ。そこの坊主は何が欲しいんだ?お前も武器を選びにきたんだろ?」
ゼイド教官との用が済んだのかオーガムさんは俺へ近寄ってくきた。
「そうですね。ひとまず剣がいいかな」
「剣かぁ…。それなら坊主は魔剣とかはどうだい?見たところお前自身はそこまで強くはないだろ?」
「魔剣⁈」
魔剣って、ひょっとしてあの魔剣かッ!ファンタジーの代名詞みたいなもんじゃねえかッ!
俺のテンションへうなぎ登りに上がっていった。
「あれ?俺が強くないってなんで分かるんですか?」
「なあに、長年の経験やつさ」
「魔剣、是非お願いします!!」
俺は頭を下げて頼み込んだが、オーガムさんは頭をポリポリとかく。そして気まずそうな顔で俺に言った。
「提案しといてなんだが…、坊主が扱えそうな魔剣はもう残ってなくてな…」
思いもよらなかった一言に俺の昂ぶった心は沈んでいった。
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