15話 女王と七紋家
俺が決意を固めたのを見てエイナさんは大きく目を見開いて驚いていた。
そしてすぐ大きく笑った。今までの微笑ではなく、腹から声を出した笑いだった。
「あはははっ!まさか仲間殺しを人任せにするなんてね!」
愉快に笑うエイナさんとは反対にルリナは呆れた様子で頭をおさえていた。
「まあ、でも…ええ。悪くはない…」
ボソボソと呟くようにルリナは納得した。
横に大笑いしてる人がいるためほぼ搔き消えそうなほど小さな声だった。
一頻り笑ったエイナさんの目の端には涙が出ていた。それほどツボにハマっていたみたいだ。
そして軽く息を整えた。
「はぁ……、まあこちらとしては坊やがしっかりと働いてくれればそれでいいし、何も問題はないわ。戦争のこともとっくに把握してる。でも坊やの情報は貴重だったわ。これでこちらも勇者を叩く準備ができる」
俺の前にいたエイナさんは足を前に出して俺たちが入って来た玄関の方へ歩き出した。
「ベン、今すぐ女王陛下へ謁見の申し込みをして。それから馬車を用意なさい」
するといつのまにか執事の格好をした壮年の男が俺の脇に立っていた。
「かしこまりました。ご主人様」
四十五度ときっちりとした角度で頭を下げる執事のベン。茶色い長髪をオールバックのようにして全ての髪を後ろで結んでいる。顎はいい具合に髭を生やしていた。筋肉の締まった身体はとても逞しい。
突然の登場に「うわぁっ!」と声を出して驚いたのは無理もない。
先ほどまで気配もなく認識できなかったベンは踵を返して左側にいくつかある扉のひとつを開けて中に入っていった。
「坊や、それからルリナも来なさい。今から女王陛下に謁見するわ。坊やは聞かれたことだけに答えなさい」
「え、謁見ですか?」
「ええ、普通ならインヴィディア家が坊やの入国、滞在を許すことは何も問題はないわ。でも坊やは特殊だから流石に今回は女王陛下の下に行かないといけないわ」
納得だ。敵国の、それも勇者とあっては警戒されて当然。上の人に俺が無害でそれも帝国から追われている勇者といっても嘘だといわれればそれまでだ。
エイナさんはルリナを信じていたから俺も信用された。
しかし、この国を治る女王陛下が俺を信じてくれるとは限らない。ルリナの魔眼のことを知っていたとしても安易に俺を迎い入れる訳にはいかないからだろう。
俺を女王陛下の所へ連れて行かずにしてしまえばますます俺のスパイ疑惑が濃厚になってしまい、インヴィディア家が俺を匿っていたとみなされて罰を受けることも十分にあり得た。
エイナさんが玄関の扉の前まで行くと扉は勝手に開いた。きっと魔法が付与されているのだろう。扉一つにまで魔法を施すとは。流石魔法に精通しているといわれるだけある。
エイナさんから少し離れた位置にルリナが、その後ろに俺と続いており扉を通る。
外に出るとすぐ目の前に黒を基調として銀色の紋様と所々に金色の線が走った上品な馬車があった。
屋敷の大きさにそのすぐ後ろに聳え立つ高い塔、それらから薄々感じいたがやはりインヴィディア家というのは貴族なんだろう。
「さぁ乗りなさい」
もう既に馬車の中に入っていたエイナさんが促す。
ルリナが乗り込み俺も乗ろうと馬車に足を掛けたとき、目の端で捉えた人物に意識を向けられた。
玄関扉のドアノブに手を付けたベンという執事がいた。
(い、いつの間にいたんだ⁈)
一人驚愕している俺にルリナは「早く乗りなさいよ」
と言われて、動揺したまま馬車に腰かけた。
もしかして魔法の力で自動扉と思っていたやつは俺の勘違いなのか?
よく分からんがとにかくあのベンという男はおそらく出来る奴なんだろう。
俺はルリナの隣に座っていた。エイナさんの隣は絶対に緊張して脇汗やら手汗やら大変なことになると分かったのでやめておいた。それでもすぐ目の前にいるから大きな違いはそこまでないけど…
ルリナも美少女だし、緊張しないといえば嘘になるがエイナさんに比べたらやはり……
そんなエイナさんは馬車に乗ってからじっと俺の方を見つめていた。
「やっぱり坊やのその服、何とかした方がいいわね」
「あんた、何でそんなにボロボロなの?」
俺の今の格好は動きやすい柔い生地で出来た白い服に黒のパンツなのだが、他の勇者にサンドバッグにされた時にそのまま逃げてきたので着替える暇もなかったからボロボロだった。
上は白色のため土埃や若干血が滲んでいた。だからその分とても目立つ。
「道中にある洋服店に寄りましょう」
「…なんかすいません」
俺は申し訳ない気持ちになった。
確かにこんなみすぼらしい格好で女王の前には出られないな。
「いいのよ。あとで身体で払ってもらうから」
微笑みながらエイナさんは言った。
この人のいう身体というのは俗物的な意味ではなく、そのまんまの意味だろう。"不死者"というスキルはチートなはずなんだが全くそう思えなくなっている俺はおかしいのだろうか?
中から窓を覗くと程々に賑わった街並みが目に入る。
やはり煉瓦造りの建物に樹を利用したものが多い。
「そんなにこの国が珍しい?」
横にいたルリナが外を興味ありげに覗いていた俺に聞いてくる。
「まあ帝国とは全然違うからな。俺からしたらこの国の街並みは新鮮に感じるよ」
「そっ、じゃあ他所の国に来たのはここが初めて?」
「そうなるかな」
他愛もない話をしていて俺は街の様子に一つの違和感を感じた。
「それにしても戦争だってことは街の人たちはしってるのか?」
二週間後には戦争が始まる。そんなことを思わせないほど人々は落ち着いた様子だった。談笑でもしているのか、笑顔を浮かべる者すらいた。
俺の疑問に答えてくれたのは前に座っていたエイナさんだった。
「ええ、みんな知ってるわ。相手が帝国だから大した敵じゃないと高を括っているのよ」
「ほんと、落ち着いてますね」
おそらくプロのスポーツ選手もびっくりするほどの落ち着いてる。
そうこうしていると洋服店と思われる一軒の煉瓦造りの建物に着いた。二階建てで煙突があり、扉の前には木でできた看板が立て掛けられておりそれには服のマークが描かれている。
「ここで坊やの服を仕立てましょう」
馬車を降りて店に入るとそれを合図するために軽快にベルが鳴る。
店内はモダンな感じで奥に試着室と二階へ上がる階段があり、左右と真ん中に多くの服がズラッと並べられていた。
「いらっしゃいませー!」
女性の店員さんが笑顔で近くまで来る。
肩まで伸びた茶髪の人あたりの良さそうな印象受けた。
「本日はどのようなものをご所望で?」
「この坊やに似合うものを見繕ってもらえるかしら?予算は気にしなくていいわ」
「かしこまりました!エイナ様にはいつもご贔屓にして頂いていますので少し割引にさせてもらいますね!」
「ありがと」
軽く微笑して返すエイナさん。この店は行きつけの店なのだろう。
確かに品揃えは豊富だ。特に女性用の服は優に百を超えていそうだ。
俺は女性店員さんに連れられて試着室に入る。その時店員さんが見繕った服を渡されたのでとにかく着てみることにする。
試着室を出るとルリナにエイナさん、それと店員さんの三人が待っていた。
「へえー、結構似合っているじゃない」
ルリナはふむふむといった具合に軽く感心していた。
俺の今の格好は白いシャツに上から黒いジャケットを羽織り、下はタイトな黒地のパンツという無難なものだった。
「こちらルリナお嬢様が仕立てた時のものに合わせました。やっぱりインヴィディア家といえば白と黒、そして銀ですからね!」
店員さんのいう銀というのはルリナやエイナさんの髪の色のことをいっているのだろう。
そして黒と白というのもイメージカラーのようなもの。三人共同じ配色の格好だしな。
店を出たあと再び馬車に揺られる。
「あのー、すいません。実は俺女王様のこととか七紋家とかまだよく分からなくて……」
そう、俺は女王や七紋家といったものをまだよく知らない。なんとなく分かるけど推察の域を出ていない。俺はしばらくはここで厄介になると思うし、女王に会いに行くのにそのことを知らないというのは色々とまずい。
「ルリナ…あなた何も言ってないの?」
「え、えっと……」
ジト目でルリナを見るエイナさんにルリナは目を泳がせながら何も言えなかった。
「はぁ……、あなたって子は…」
大きなため息と呆れのあとエイナさんは丁寧に教えてくれた。
「女王陛下はこの国のトップにして屈指の実力を持つ魔女よ。代々王家の中から魔女としての高い素質と教養のある者が王位に就いているわ。魔女の国なんて呼ばれてるから当然男が王位に就くことはないわ。男が産まれたらその子は大体は文官なんかになってるわ」
女王の話はなんとなくわかってはいたが、問題は七紋家という存在だ。兵士があんなに下手にでていたのだから相当上の立場なのだろう。
「次に七紋家。これはいわばこの国のナンバー2、王家の次に高い権力を持つ七つの家のことよ。それぞれの家には家紋があるわ。そして家紋を持てるのはこの七つ家のみ。昔この国での反乱を鎮圧したとても優秀な魔女だった私たちの御先祖様が王家に取り立ててもらってという具合で今の地位が確立したの。インヴィディア家はその家の一つよ」
エイナさんはそれからも七紋家について詳しく教えてくれた。
まずインヴィディア家、この家の魔女は昔から銀髪が多いという特徴から"銀の魔女"といわれている。
今ではそちらの呼び名が主流だが、もう一つの呼び名がある。それは"嫉妬の魔女"、インヴィディアという言葉がそれを意味するらしい。昔の先祖が関係していたらしくそれ以上の由来は教えてもらえなかった。
そして二つ目"カリス家"、"慈愛の魔女"といわれる深緑のような翡翠色の瞳が特徴的な魔女がいる家。
三つ目"ソフィア家"、"知恵の魔女"といわれる家。
四つ目"イーラ家"、赤い瞳が特徴的な"鮮血の魔女"といわれる家。
五つ目"フォールティア家"、"戦の魔女"といわれる家。
六つ目"ユストゥス家"、"正義の魔女"といわれる家。
最後の七つ目"フィデス家"、"白の魔女"といわれる家。
「この七つが今この国を支える重要な魔女達よ」
エイナさんがそう締めくくると馬車は王宮の前に着いた。
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