14話 拙い契約と覚悟
ルリナが羞恥の余り二階へ逃げてしまったあと、エイナさんは俺の首輪に手を伸ばした。
彼女の白い指が首輪に触れて、なんだかドキドキした。漆黒の首輪を訝しそうに見つめるエイナさんは視線を首輪に固定したまま話しかけてきた。
「この首輪はあの子が?」
「そ、そうです」
エイナさんはため息をひとつ吐き、呆れた面持ちをした。
「これ、相当強引にやられたんじゃない?」
「えっと…、首を絞められたような感じでしたけど…」
正直に質問答えたあとエイナさんはまたため息を吐く。さっきよりも更に呆れが増したようだ。
「契約魔法を使われたわね?」
俺 は目を丸くして驚いた。
俺が契約魔法で縛られたことを首輪を触っただけで見抜いた。俺はエイナさんにルリナとどう出会いここまで来たことしか話していない。
だから首輪の話は省いていたのだ。それをノーヒントで言い当ててしまった。
なんでわかるのか俺には分からん感覚だな。
「そんなに驚かなくても簡単よ。荒すぎる、それが分かるほどぐちゃぐちゃな術式ね。これでは崩れてしまうわ」
「崩れる?」
「術式に綻びが出始めて首輪が外れてしまう。でもその首輪は外れまいと坊やの首を絞め付けて外れなくなるわ」
自分でも顔が青ざめていくのが分かる。あの時、この首輪に締め付けられた時窒息寸前までやられた。痛いというより苦しかった。酷く止まりかける呼吸の流れ、妙に長く感じたあの苦痛は本気で二度と味わいたくなかった。
「じゃあ坊や、私がそれを直してあげるわ」
「それはどういう…?」
エイナさんは胸の下に腕を組んでよりその胸を強調した。だめだ、視線が吸い寄せられる。
「私がその綻びを修復すれば、坊やは苦しまずに済むという訳よ」
微笑んでなんとも嬉しい提案をしてくれた。
当然、断る理由なんてどこにもなかった。
「お、お願いします!」
エイナさんは首輪に触れて静かに瞼を閉じる。密着手前の距離で余計に意識させられる二つの巨峰に俺の汗は止まることを知らないほど流れた。
「はい、終わり」
しばらくして呆気なく術式の修復は終わった。
特に何かを感じることはないが、ひとまず安心はしていいだろう。
「ありがとうございます」
エイナさんは微笑んだままじっと俺を見つめている。
「お礼なんていいのよ。娘が捕まえた有能な坊やなんだから」
その一言に俺も笑って答える。本当にこの人は良い人だ。まさに善人とはこういう人をいうのかもしれない。俺はエイナさんの人格を尊敬した。
「これでもうあんな高い人間の心臓を買わなくてもいいんだから」
はっ?
俺の笑みはこの一言でどこかへすっ飛んでいった。
なんて言ったこの人?
「え、えっと…それはどういう?」
恐る恐る尋ねる。
「だって坊やはよっぽどのことじゃなきゃ死なないんでしょ?なら体を抉って臓物を取り出しても大丈夫なのよね?」
それまでエイナさんに抱いていた人物像がガラガラと音をたてて崩れていった。
「かあ様、それは私の許可がいるんじゃない?それの主人は私よ」
すると階段をゆっくりと降りてきて、目の周りが赤くなったルリナがいた。
てかあいつ泣いてたのか?
「ルリナ、坊やを弄る許可をくれるなら当分の間は縁談も持ち込まないし、家出の件も許してあげるわ」
「ほんとにッ⁈ありがとう!それならとことん使っていいから!」
さっきまで鋭く怒気を孕んだ目をしていたのがまるで綺麗さっぱり消えてしまいそこには満面の笑み。おねだりして欲しいものを買ってもらった子供の顔をしていた。
ここで分かったことはエイナさんは善人とは程遠い性悪女だったおいうことだ。その現実に俺は軽く絶望した。
和やかな空気が流れはじめてエイナさんはひとつ咳払いをした。
「それと坊やに改めてひとつ聞いておきたいことがあるわ」
ニコニコとした表情は消え、初めて俺に向けられた冷たい視線が俺の全身を突き刺した。
「本当に坊やは帝国を、他の勇者を裏切ることができるの?」
俺が嘘を言ってなかったのはルリナの"真偽眼"で分かっているはずだ。それでも聞いてきた。
冷遇されたとはいえ同郷の人間であり、仲間ではあった他の勇者達。
「曲がりなりにも坊やは勇者なのでしょ?なら戦争が始まったとしたら、私もルリナも国のために戦うわ。その時、坊やも駆り出される。あなたはルリナの僕だからよ」
ルリナの契約した時、正直勢いに任せたところもあった。本気で不本意な主従関係だと思う。俺はあの時ルリナに保護してもらえればそれでよかっただけだからな。
だがそれはいま最低限守られている。それにルリナも戦争の話をするにしても証拠がなかった。
俺がいれば、俺の言葉とルリナの魔眼があれば真実だと証明されるから連れてきたというのもあるのだろう。そこまで本人が考えていたのかは分からないが…
エイナさんは、俺の瞳をじっと見つめる。
その雰囲気にルリナも黙って俺の言葉を待っていた。
仮にあいつらと戦うとしてその時俺は情に流されず、殺すことができるのか?
俺には多分無理だ。少なくとも今人を殺す度胸なんてものはない。
「俺は……クラスメイトを殺すことは出来ない。気持ち的にも能力的も…」
エイナさんは「そう…」と言って視線を僅かに落とす。
でも……
「でも…俺は、謝られても許せないくらいには勇者に恨みがあります。だから俺が殺せなくても、あなた達には殺してもらうことはできる。しぶとい俺なら勇者の足止めはできます」
俺は人生で初めて決意を固めた。俺の目に迷いはない。俺はまだ何もできない臆病者だ。
できないことはしない。何もおかしなことではない。
なら、できると口にしたのなら俺は何がなんでも食らいついてみせる。
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