7.馴れ初め
「小可さんは奥さんのどこが好きなんですか?」
「へ?」と、虚を突かれたような小可さんの声。
他愛ない話をしていたと思えば唐突にこんなことを聞かれれば、驚くのも無理はないよな。
「好きだから結婚したんですよね。どこが好きで、どうして結婚しようと思ったんですか?」
余計に疎外感を覚えてしまうことなんて分かりきっていたはずなのに、敢えて自分の傷を抉る質問をしてしまうオレは馬鹿だ。でも聞かずにはいられなかった。
「今日の高嶺くんは恋バナの気分なのかい? 何か悩みでもある感じ?」
「別に。ただ気になったから聞いただけだ」
「まあまあ、遠慮せずに。人生の先輩たるこの僕が、若き青少年の相談に乗ってあげようじゃないか」
「たとえ悩んでたとしても、あんたには絶対に言わないです。良いから早く教えろよ。何で今の奥さんと結婚しようと思ったんですか?」
なあ、と何度もせがむと、小可さんは突然吹き出した。
「高嶺くんって、時々可愛いこと言うよね」
「……何ですかそれ」
小可さんは声に笑みを滲ませたまま、「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ」と思ってもなさそうに謝罪する。
「娘が最近ませてきたのか、僕に良く聞いてくるんだよ。『どうしてパパはママと結婚したの?』って。高嶺くんの言い方がそれに似てたから、つい面白くってさ」
それはつまり、オレを子供扱いしているということだろうか。大人ぶりやがって、ムカつく。
ここで反抗しても余計子供っぽいと思われるに違いないので、オレは敢えて否定しないことにする。
「そのくらいの歳の女の子ならあるあるですね。『大きくなったらパパのお嫁さんになる!』もセットでついてくるやつ」
「いや。普通に『パパのお嫁さんになるなんて、ママって変だよね』って面と向かって、冷めた目で言われましたけど」
「……まあ、そういうこともありますよ。どんまい」
「生温かい反応はやめてくれないかな! 逆に傷つくんだけど!?」
物心ついて間もないだろう娘から見ても、小可さんは変わってるように見えるらしい。変人遺伝子に打ち勝ち、娘さんはまともに育ちそうで何よりである。
小可さんは大きなため息を吐く。
「パパたるもの、一度は娘に求婚されてみたいものだよなあ」
「求婚って。なんか、言い方が生々しくて嫌ですね」
「じゃあ、プロポーズ?」
「さっきよりはマシだけど、でもキモい」
「ボロネーゼ」
語感が似てるだけだろ。
小可さんと喋ってると、話がすぐに逸れる。どこまでが素で、どこからが計算なのか分からない。
「で、あんたは奥さんのどこが好きなんですか」
仕切り直す。小可さんは考え込むように、細長い唸り声を上げる。
「強いて言うなら……意地っ張りで素直じゃなくて、自分の弱みを誰にも見せたがらなくて、俺が守ってあげなくちゃ! ってなるところ? なのかなあ」
「随分と曖昧な言い方ですね」
「なんだろう。それこそ物心つく前から一緒にいるとさ、あいつが隣にいるのが当たり前になってきて、どこが好きとか、そういうことはあまり考えなくなるんだよね」
「でも、好きだから結婚したんでしょ」
「そりゃもちろん。嫌いな相手と結婚するほど僕は歪んでないよ」
それはどうだか。あんた、Mっぽいし。
「プロポーズはどっちから?」
「やけに食いつきが良いね。もしかして、近々プロポーズをする予定が?」
「ないですよ、そんなの。そもそも結婚できる歳じゃないし。つーか、オレのことはどうだって良いでしょう。早く教えてくださいよ」
オレの突き放す言い方に対し、小可さんは嬉しそうに「仕方ないなあ」と笑う。
「んー……向こうから、だったかな。高校卒業してしばらくブラブラしてたら、お前の面倒はもう見れん!って親から勘当されちゃって。で、当時大学生だった奥さんに拾われて」
見事な自堕落人生だ。
「そこでも働かずにのんびりダラダラしてたら、ある日いきなり婚約届出されて、『結婚しないならここから追い出すけど、どうする?』って言われて……みたいな? まあ、だからプロポーズは向こうから、なのかな?」
無理矢理まとめやがったが、つまりは半ば脅されるような状態で婚姻届に判を押したってわけか。それで何だかんだと結婚生活が上手くいってるんだから、やっぱりこの人、何か変だ。
「……奥さんに愛されてるんですね」
でも、こういう夫婦が結局は上手くいくのかもしれない。上下関係がはっきりしてるというか、少なくとも奥さんの方から小可さんを手放すつもりはなさそうだ。
「そうなんだよ。何故か知らないけど、僕めっちゃ愛されてるんだよ。居候だとか穀潰しだとか、口では何だかんだ言いつつね」
「いつか本当に追い出されないように気をつけてくださいよ」
「その時は、君の家にお邪魔しようかなあ。なんてね」
「うっわ、最悪。あんたが家に来たとしても、絶対に家には入れませんよ」
「煙突から侵入してやるよ」
「サンタさんかあんたは」
日本に煙突がある家庭は、恐らくそう多くない。
「あのカメラ、妊娠が分かった時に奥さんから貰ったんだよ。私は撮ってる暇ないだろうから、あんたに託した、って感じでね。それからずっと僕のもの。多分、僕に渡したのも覚えてないんじゃないかなあ」
「娘が最近反抗期みたいで、すぐに『パパくさい』って言うんだよ。絶対臭くないって! たぶん……。それに、僕がそう言われてるの見て、あいつ喜ぶんだ。酷いと思わない?」
小可さんから家族の話を聞かされる度に、オレは自分の境遇が普通ではないことを思い知らされる。
他人よりも裕福な家庭で育ってきた自負がある。好き勝手に生きていても咎める人はいなかった。母親代わりの人だっていてくれている。
だけど、普通ではない。
羨ましい。
その感情が頭を支配する。
そもそも、何が羨ましいんだろう。何を求めていて、こんなに「満たされない」気持ちを抱えているんだろう。
この世界にはオレよりも不幸な人はたくさんいる。
そんなありきたりな言葉は決して慰めにはならない。




