5.カメラ
あれから一週間が経った。
オレは相変わらず学校に行かないプチ不良状態。と言っても、やっていることと言えば公園でのんびりと鳩を眺めるか小可さんと喋るか、あるいはキジと遊ぶだけなので、ある意味では健全な生活を送っているといえる。
そう、小可さんに話しかけられてから一週間が経ったんだ。
慣れとは怖いもので、小可さんが近くにいることが当たり前になりつつあった。オレの生活の中に、小可さんはずかずかと入り込んできて、そのまま居座り続けている。
「ねーねー高嶺くん。これ、なんでしょうか?」
今日も今日とて、いきなりやってきたと思えば、唐突なクイズ。しかも、答えが丸わかりの。
「フィルムカメラ」
「ごめいとう。僕の宝物のカメラさ。今日は公園の景色でも撮ろうと思ってね。君にもお披露目したかったし。でも、これがカメラだってよくわかったね。しかもフィルムとまで言い当てるなんて」
「見れば分かりますよ。カメラくらい。もしかしてオレ、そんなに馬鹿に見えます?」
「今時の子って、スマホで写真を撮るんだろ。だからカメラって見たことないかもしれないなって思って」
「流石にカメラくらい知ってますよ」
でも言われてみれば、見たことがあるだけだ。実際に使ったことはない。
「……どうやって使うんですか?それ」
オレが尋ねると、小可さんは得意気に鼻を鳴らす。
「君にも知らないことがあるんだなあ。しょうがない。お兄さんがカメラという物を教えてあげようではないか」
オレはベンチから立ち上がる。
「待って!無言で立ち去ろうとしないで!」
小可さんがカメラを持っていない方の手でオレの腕を掴んだ。
「ぜひ、僕に、カメラの使い方を教えさせてください!」
マジの顔だ。この人、マジでオレ以外に友達がいないんだな、かわいそうに。
「……仕方ねぇな」
不憫さに免じて、小可さんに付き合ってやることにする。
「君って凄く意地悪な人だね」
「オレは教えてほしいなんて一言も言ってませんよ。でも、小可さんがそんなにオレに教えたいって言うなら、仕方ないから聞いてあげます」
「はらたつぅ」
小可さんは口を尖らせた。と思えばすぐに笑顔になり、嬉々としてカメラの使い方の説明を始めた。
「……こんな感じで、ファインダーを覗きながら。ここを回す。するとピントを合わせることができるんだ」
カメラを手渡され、ファインダーを覗き込む。画面の中で小可さんがひらひらと手を振った。
「それから、ここの部分を回すと……さっきと見え方が違うでしょ」
小可さんがまた、オレの前で手を振ってみせる。
「ほんとだ」
さっきまで小可さんの後ろの風景もくっきりと映っていたのに、今度は小可さんにだけピントが合って、背景が少しぼやけている。
「これは絞りって言って、光を取り込む量を決めることができるんだ。ピントの合う範囲を決める時にも使うんだよ」
丁寧に使い方を説明しながら、手慣れた仕草でオレの手に握られた黒い小箱を操作する。
「それから、後はシャッタースピードを変えて、と……よし、調整終了。後はシャッターボタンを押すだけだ」
「へー……面白いけど、操作に慣れるのに時間がかかりそうですね」
「フィルムカメラはデジタルカメラより手間がかかるんだ。でもその分、自分で好きなように写真を撮れるし、何より一枚一枚に愛着が湧いてくる。そこがこのカメラの楽しいところなのさ。撮った写真をすぐに見れないのは面倒だけどね」
カメラについて話す小可さんは、今までで一番楽しそうに見えた。
「カメラ好きなんですね。なんだか意外です」
「意外?」
「そういうの面倒がる性格だと思ってました」
「あー、なるほど。確かに昔の僕だったら、絶対こんなもの使わずにデジタルカメラで済ませてただろうな」
「やっぱりそうなんだ」
小可さんは腕を組んだ。
「このカメラも元々は、奥さんが使っていたやつなんだ。でも使ってるうちに、気がついたら夢中になってた。手のかかる子ほど可愛いって言うだろ? 気のせいだって言われたらそれまでなんだけど、これで撮った写真はね……」
目を細め、子供のような顔で無邪気に笑う。
「何百倍も綺麗に見えるんだ」
そう言った小可さんの笑顔は本当に嬉しそうだった。
「えい」
パシャリ。
とシャッターの音が鳴り、一瞬目の前が眩しくなる。
「うぇーい、イケメンくんのイケメン写真ゲットー」
うっぜぇ。
「やめろ、オレを撮るなよ」
「いやー、折角いい表情してたから、つい」
「肖像権を行使しますよ」
「そのしょーぞーけんってのが何なのかはわからないけど、僕の頭の辞書にはそんな言葉ありませーん」
いちいち腹立つなこの人。
「あんたのこと今度から馬鹿って言ってやりましょうか」
「あだ名をつけてくれるなんて、仲良くなれたみたいで嬉しいなあ」
「このポジティブ脳みそめ……」
「いやー照れるなー」
「褒めてねぇよ」
オレが怒っているのもお構いなしに、相変わらず小可さんはにこにこと笑っていた。
「現像したら後であげるよ、君の写真」
「いりません。あんま好きじゃないんですよ、自分の顔」
「なんで。せっかくカッコいい顔してんだから、もっと自分に自信持ちなよ」
「そんなこと言われましても、嫌いなもんは嫌いなんです」
言ってから、ちょっと刺々しすぎたかもしれないと気がついた。横目で小可さんの反応を窺う。小可さんは普段と変わらない飄々とした表情で、カメラを撫でている。
「でも、僕は好きだけどな」
「は?」
サラッと言われた言葉にギョッとする。
「高嶺くんは普段あまり感情を表に出さないけどさ、ふとした瞬間にすごく楽しそうな顔をするんだよね。なんか、そういう顔してるの見るとすごく嬉しくなる。だから僕は好きだよ。君のそういうところ」
どうして、そんなことをサラッと言ってのけるんだろうか。
この人がモテるというのはあながち嘘ではないのかもしれない。
「……そんなこと言って、どうせ『でも僕の美しさには劣るけどね』とか言うつもりなんでしょ?」
真面目に受け取ってしまうと妙な雰囲気になりそうなので話を逸らすことにした。
「あ、先にオチを言わないでよ」
「あんたの考えなんてお見通しですよ」
「もー、分かってるならちょっとくらい空気読んでくれたって良いのに」
「勝手に人の写真撮った仕返しです」
「生意気!」
小可さんはベンチに座ったまま、周りの風景をカメラに収めていた。オレにとってはありふれた風景も、引っ越してきたばかりの小可さんの目には新鮮に映るんだろうか。
楽しそうな小可さんが、オレは羨ましかった。
××××
小可さんと会ううちに、彼に関する様々な情報を知った。
小可一縷。年齢不詳。小可さんは基本的には月曜日から金曜日の朝に公園を訪れ、一時間ほどオレと話した後に帰っていく。この公園から眺望できる街の一角に家族と暮らす家があるらしい。
家族の写真を見せてもらったこともある。小可さんには勿体無いくらいの美人と母親譲りの可愛らしい少女がカメラに視線を向け、屈託なく笑っていた。
小可さんはいわゆる「専業主夫」だった。何でも奥さんがかなりの働き手で、ここに越してくる前からかなりの稼ぎを得ているらしい。一方の小可さんはと言うと、社畜になりたくないが故に遊びまくっていたところを幼馴染である奥さんに拾われ、「何かの弾みで」結婚することになったようだ。
この話を聞いた時のオレの感想は「この人、奥さんがいなければその辺で干からびて死んでそうだな」ということだった。
情けないことこの上ない小可さんだが、結婚したきっかけはともかくとして、家族のことはとても大切に思っているらしい。会話の節々に家族の話題が上がるのがとてもウザい。
どうやらオレは、引っ越して間もない男の惚気話に巻き込まれているようだ。だけど、家族について話す小可さんの表情があまりにも嬉しそうなので、オレは小可さんの話を止めることができなかった。
奥さんと喧嘩をしたこと、仲直りをしたこと。家族で遊園地へ出かけ、娘さんに振り回されたこと。
娘さんに好きな男の子ができたようで、死ぬほど嫉妬していること。奥さんに慰められたこと。
朝ごはんの話。手作りの弁当の話。晩御飯の話。ご飯の時に見るテレビ番組について、夫婦で度々言い争いをする話。だけど二人とも結局は娘さんの見たいものを優先してしまう話。
小可さんの語る話はありきたりなようでいて、それでいて一つ一つが宝石のようにキラキラと輝いている。きっとそれは、小可さんが家族のことをとても大切に思っているからだ。
オレは羨ましかった。
小可さんに愛される奥さんが、娘さんが。家族を愛することができる小可さんが、羨ましくて仕方なかった。




