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Desire  作者: 雷仙キリト


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4/4

4.再び公園にて

「行ってらっしゃい。気をつけてくださいね」


 オレはユキさんと母さんに見送られ、今日も今日とて学校に向かう……わけがない。今日ももちろんサボりだ。


「……さて」


 今日もいんのかな、あの人。

 いるかいないかはともかく、取り敢えずは昨日の場所に向かった。


 公園は相変わらず人がいない。お陰で座りたい席に座れるので好都合だ。

 オレは、昨日座っていたベンチの、右隣にあるベンチに腰掛けた。春の日差しを浴びながら、うとうとと船を漕ぐ。


 夢見が悪かったせいで時間的には充分眠れたはずなのに、疲れが取れた気がしなかった。脳が休まった感覚が全くないのだ。

 だからここに来たのは二度寝をするため。決して誰かと会話をするためではない。


「……今日は来ないといいけどな」


 そう呟いた矢先。


「それ、誰のこと?」


 と、間延びした声が上から降ってきた。


「げ……」


 小可さんがオレを見下ろしている。

 噂をすれば影とやら。本当に来てしまった。


「人の顔を見ていきなり『げ』はないんじゃないのぉ?」

「不審者に遭遇した時はまず、げ、と言うように習ってるんです」

「僕はそんなこと教わった覚えないよ」

「今は学校でそう習うんですよ。知らないんですか?」

「これがジェネレーションギャップってやつか……」


 僕も歳を取ったもんだな、と言いながら、小可さんはオレの隣に腰掛けた。


「よっこらせ」

「うわ、おじさんくさっ」

「こんな所で朝から暇してる君に言われたくはないなあ」

「あんた失礼な人ですね」

「先に喧嘩売って来たのは君の方でしょうが」

「売られた喧嘩は買いますよ」

「だから、先に売ってきたのは君だろ? 別に、君の喧嘩を買ってあげてもいいけど」


 小可さんがニコリと笑う。


「でも僕、こう見えて昔はかなり強かったんだよ。高校時代は空手部に所属していたんだ」

「そっちこそ、現役男子高校生(不登校)の力を見くびってもらっては困ります。これでも毎日筋トレしてますから、腕っ節には自信ありますよ」

「そりゃ凄い」

「でも、今はオレ、あんたと勝負するつもりはありません」

「どうして?」

「この場所は、争いごとには似合わないんで」


 小可さんはふっと微笑む。


「君は本当にこの場所が大切なんだね」

「ここは人が少なくて静かだから好きなんです。昨日は誰かさんのせいで、随分と騒がしかったですけど」

「お褒めにあずかりこーえいです」

「褒めてないですよ」

「でも、君は僕が今日もここに来ることを知っていて、やってきたんだろ? つまり僕と話をしに来たってことだ」

「んなわけないでしょ」


 オレはわざとらしく顔をしかめてみせた。


「僕の顔を覚えていたじゃないか」

「あんたみたいな不審者、嫌でも印象に残りますよ」

「それに昨日と同じ場所にいるし」

「昨日のとはひとつ隣のベンチです。本当は昨日もここに座るつもりだったんですよ」

「なんだかんだ言って僕と喋ってくれるし。君、口ではそんなこと言って、本当は僕のこと好きなんじゃない?」

「自惚れが過ぎますね」

「自惚れたくもなるさ。君は、僕がこの街に来てからの、初めての友達だからね」


 既に友達認定されてる。怖い。


「あからさまに嫌な顔をするね」

「あんた、もしオレが男じゃなかったら完全な不審者ですよ」


 今も充分危ういが。


「でも君は男だろ。それに変なつもりはないさ。僕が欲しいのは同性の友達。いわゆるパパ友ってやつ」

「オレはまだ結婚してませんし子供もいません」


 それに……女を好きになるつもりもない。


「でもいつか出来るかもしれない。そうなった時に仲良くしてたら、君にとっても損はないだろ?」


 オレが眉をひそめると、小可さんはヘラヘラと軽薄に笑う。


「お、その反応。さては好きな子がいるんだね。話してみたまえ。人生の先輩がアドバイスしてあげようじゃないか」

「誰がするか。あんたに相談したら実る恋も実らなくなりそうだ」


 小河さんはけたけたと笑う。

 あからさまに酷い態度を取っているのにこの反応。かなりメンタルが強いらしい。


「……とにかく。あんたの娘さんとやらに免じて通報は勘弁してやります。だから、ここではあまり騒がないでください」

「ああ、煩かった? ごめんね。ついテンションが上がると声が大きくなってしまうんだ」


 そう言って、小河さんは黙り込んだ。

 やっと静かになった。

 オレは息を吐いて、再び目を閉じた。

 満開の桜。小鳥のさえずり。ぬるい風。まさしく平和を体現したようなこの場所がオレは好きだった。

 桜の花びらが数枚、足元に舞い落ちる。そのうちの一枚を拾い上げ、顔を寄せた。

 匂いはしない。


 ふと、小説の一節が頭に浮かぶ。


「……櫻の樹の下には」

「え?」

「櫻の樹の下には屍体が埋まっている。って言葉、聞いたことあるでしょう」

「え、こわ。急に恐ろしいことを言うね、君は」

「昔の人が小説で書いてたんですよ。ほら、よく国語の教科書に載ってる人」

「宮沢賢治?」

「いや、その人じゃなくて。えっと、ほら、あの……檸檬を本の上に置いて、爆弾になって_____」

「レモンは爆弾じゃないよ」

「そんなことはオレだって知ってますって。えっと、誰だったかなあ、あの人」


 小可さんが、はぁ、と大きく息を吐く。


「君はよく教科書の話の内容なんて覚えているね。僕は作者の顔に落書きしてたことしか覚えてないなあ」


 この人は本当、他人のアンニュイな気分を削ぐのに長けている。


「それで、桜の木が何だっけ?」


 でも一応、続きを聞くつもりはあるようだ。

 と言っても、オレもふと思いついた言葉を口にしただけなので、これといった話はないのだけど。


「『櫻の樹の下には屍体が眠っている』の出だしから始まる小説があるんです。桜って凄く綺麗じゃないですか。どこか人をゾッとさせるような美しさがあるというか」

「確かに綺麗だねー」

「作者はそれを、桜の下に死体が埋まってるからだと考えたんです。死体から流れ出る液体をすすって栄養にしているから、あれほど綺麗な色の花が咲くんだと」


 小可さんが口をへの字に歪めた。その光景を想像してしまったのかもしれない。


「何で死体から栄養を取ると桜が綺麗になるの?」

「さあ……そこまで細かい理由は書いてなかったような気がするけど」


 たとえばの話だ。世の中には死を美しいものだと考える人がいる。だから、『美』の象徴である死体の液を啜ることで、同時に美しさも取り込んでいる、とかだったりするんだろうか。

 小可さんは呆れ顔だ。


「昔の人って何だかよく分からないことを考えているねぇ。そんなこと一々考えて疲れないのかなあ……僕だったら」


 小可さんが、大きく息を吸い、眼前に広がる展望に向かって身を乗り出した。


「あー! 桜スッゲーきれー、チョーきれー! スッゲー!」


 小可さんの大声で、木に止まっていた鳥がばさばさと一斉に飛び立っていく。

 この人の辞書に恥という言葉は載っていないのか? 人通りが少ない場所で本当に良かった。


「……で終わらせちゃうけどなあ」

「今までの言動を見ているとそんな感じはします」


 バカっぽいもんな、この人。


「一々どうでも良いことでうだうだ悩んだり考え込んだりしない。これが僕の一番の処世術だよ」

「あんたは自分の子供が悩んでる時も、そうやって一蹴するんですか」

「いいや」


 小可さんはふっと笑って首を振る。


「あくまでこれは自分に対しての戒め。悩んでたってどうしようもないこともあるだろ。それこそまさに死についてとか。そういう時は自分に言い聞かせるんだ。今はそのときじゃないってね」

「……あんたも色々考えてるには考えてるんだな」

「そりゃ、子供の親ですから」

「ただの向こう見ずな不審者かと思ってました」

「君は本当に遠慮がないというか、失礼だなあ」

「でも、本当のことじゃないですか。通報されないように精々気をつけてくださいよ。あんたの娘さんのためにも」


 世の中、オレみたいに心優しい子供ばかりではないのだ。


「肝に命じておくよ」


 小可さんはニヤリと、意地の悪い表情をした後立ち上がる。


「それじゃ、またいつか」


 手を振られたので、こちらも軽く手を上げて返事をした。立ち去りかけた小可さんは、何かを思い出したのか、オレの方を振り返る。


「あ、そうだ。そろそろ君の名前、教えてもらってもいいかな」


 あまりにもスムーズに会話が進んでいたので忘れていたが、そういえばオレは小可さんに自己紹介をしていなかった。


「……明日また会ったら、教えてあげますよ」


 決断の先延ばしは必ずしも悪いわけじゃない。嫌だと思ったら、明日はここに来なければ良いだけだ。

 小可さんが歯を見せて笑う。


「だったら、明日は会わないことを願ってるよ」



 

 

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