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Desire  作者: 雷仙キリト


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38/39

38.別れ

 季節は巡り、再び春が訪れようとしている。

 

 オレは今空港に立っていた。手荷物検査場の目前で、一縷さんと向かい合う。


「本当に行くんだな」


 オレは頷いた。

 心機一転新しい生活を始めるべく、親父は職場を辞めて、遠く離れた場所に越すことを決断した。

 幸いにも、親父がこれまで身を粉にして稼いできた資金があるおかげで当面はのんびりと暮らせそうだ。

 オレもオレで、一縷さん以外には碌な交友関係もないので、引っ越しには特に反対しなかった。


「お前痩せただろ。向こうではちゃんと飯食えよ。あと筋トレ!」

「うん」

「……何かあったら」

「連絡する」

「何かなくても」

「分かってるよ。連絡するって。あんたってほんと心配性だよな」

「だって君って、放っておいたら何かその辺で野垂れ死んでそうなんだもん」


 それ、あんたにだけは言われたくねえな。

 親父はオレの後ろで、オレ達の様子を黙って窺っている。Desireでああいう出来事があったから、一縷さんに近づくのを躊躇っているらしい。

 一縷さんも一縷さんで親父のことをあまり好いていないようで、親父の存在を認識した瞬間、盛大に顔を顰め、キャインキャインと子犬の如く噛み付かんばかりだった。


 空港で忙しなく往来する人々を尻目に、オレ達は話を続ける。

 電話をする時だって、名残惜しそうにするのはいつも一縷さんの方だった。そして今も、何とかしてオレを引き止めようとしている。


「なあ、高嶺くん。本当に行っちまうの?」

「何を今更。数ヶ月前には決まってたことだし、あんたにも言ってただろ」

「そうだけどさあ……お前がいなくなったら、一人も友達がいなくなっちゃうじゃん。僕ぼっちになっちゃうよ? こんな可哀想な僕を置いて行くというのかね君は?」


 ああ、もう。ほんとにめんどくせぇ人だな。


「あんたのその馴れ馴れしさなら、心配しなくてもすぐに友達くらいできますよ。幼稚園にそういう人とかいないんですか?」

「今通ってるところはママさんばかりでさあ。世間話くらいはできるけど、うちの奥さんすぐ嫉妬するから、あまり仲良くできないんだよ」


 薄々勘付いてはいたが、この人の奥さんめっちゃ束縛強いな。

 でも、何というか、奥さんの気持ちも分からなくはない。これまでの一縷さんの言動から察するに、恐らく無自覚に人を勘違いさせた前科がありそうだ。


 同性のオレでさえ何というか……うん。まあ、これ以上は言わないでおこう。


「……なあ、高嶺くん」

「なんすか小可さん」


 一縷さんは突然キリッとした顔になる。


「やっぱり、僕の家に来ない? 歓迎するよ? これでもかと、めちゃくちゃもてなすよ?」

「だから、あんたのとこに行くつもりはないですって。しつこいなあ」

「ちゃんとお世話するから! 毎日散歩も行かせるしご飯もあげるから! だから良いでしょ、ねえ!」

「オレはペットか何かか」


 年甲斐もなくワガママを言いまくる一縷さんを見ていると、失笑してしまう。

 この人は本当に変な人だ。でもオレはこの人のこういうところに救われてきた。


 オレも少しくらいは周りに迷惑をかけまくりながら生きてみても良いかもしれないと、思えるようになったのだ。


「こないだ朝一さんの連絡先、教えたばっかでしょ。良かったら声かけてあげてくださいよ。あの人も大切な人を失ったばっかで落ち込んでると思うからさ」


 ユキさんが亡くなってから、朝一さんはカフェを休業している。

 あの店に行くのはオレや親父くらいだから、近所の人は多分店が閉まっていることも、あるいはあそこに喫茶店があることさえも、気がついていないだろう。


 心配になって訪ねた時、朝一さんはオレの前で決して落ち込んでいる姿を見せようとしなかった。気丈に振る舞っているその姿を見たオレは、却って気を遣わせてしまうかと思い、店を訪れるのをやめた。


 こういうのは、オレみたいな身内よりも、他人の方が介入しやすいだろう。


「……小可さんの気持ちは本当に嬉しいよ。でもオレ、もう一度親父のこと信じてみたいんだ」


 ポケットの中に入れておいたスマホを握りしめる。スマホには、先月の誕生日に親父から貰ったキーホルダーが括り付けられている。

 高校生に渡すものとは思えないような幼いデザインのそれを見て、この人の記憶はまだ過去のまま止まっているのだと思い知らされた。


 ありのままのオレを見てもらうにはまだ時間がかかるかもしれない。だが、これから二人で暮らしていけば、また何か変わってくるだろう。


「オレはもう大丈夫だから。だから、ごめん」


 オレが謝ると、ふざけ切っていた一縷さんは急に真面目な顔つきになった。頭を掻き、あーとかうーとか、唸り声を上げながら、ためらい外に口を開く。


「……分かったよ。お前を引き留めるのはやめる。じゃあさ、最後に一個だけ。ちょっとした話して良いか」


 突然改まって、何を言うつもりなんだろう。


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