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Desire  作者: 雷仙キリト


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26/39

26.親友

 耳元で、スマホにつけられたストラップがゆらゆらと揺れる。

 数年前の誕生日にユキさんからプレゼントされたものだ。経年劣化により塗装がかなり剥がれているが、捨てるつもりはない。


 一度、二度、三度。呼び出し音が鳴る。


『……なんだ』

「遅くにごめん。今仕事中?」

『ああ』

「いつもこんな時間まで仕事してんの?」

『ああ』


 違う。こういうことが聞きたいんじゃない。

 深呼吸。意を決して、本題に入る。


「あのさ、父さん。……さっきユキさんが倒れたんだ」

『ユキが?』

「契約者の同意がないと処置はできないって、刹那さんが。だから、すぐ来てほしい」


 長い無言とため息。


『それは今でなければ駄目なのか?』

「え?」

『仕事が終わったらそっちに向かう。お金は持ってるだろう? お前はもう家に帰りなさい』


 頭をガツンと殴られたような衝撃に襲われる。


『私は忙しいんだ。こういうのは電話じゃなくメールをしなさい』

「……それだけ?」

『それだけ、とは?』

「ユキさんが倒れたんだよ? 心配じゃないの?」


 再び無言。何を言われるかなんて、考えなくても分かる。


『直らないわけではないんだろ。何をそう取り乱す必要がある』


 ほら。またため息だ。

 この人は、目の当たりにしたわけじゃないから、こんなことを言ってられるんだ。


 先程まで喋っていた人が目を開けない恐ろしさが、温もりを失った体を抱きしめる心細さが、何より助けてやれなかった自分への怒りが、分からないから。

 母さんが死んだ時はあんなに泣いてたのに。あの時と今と、何が違うっていうんだ。


「……はは」


 思わず笑っていた。間違いない。これは心からの笑み。

 ああ、もう。気分は最悪だ。


『希?』


 ひとしきり笑って、呼吸を整える。


「……そうだね。父さんの言う通りだよ。あんたはいつだって正しい」


 声が震えて上手く出せない。


「こんなことで狼狽えるなんて、オレが馬鹿だった」


 もういい。この人にこれ以上期待したって無駄だ。

 オレのことなんて、金のかかる面倒なガキ程度にしか思ってないに違いない。


「明日、ここに来るの忘れないでよ。修理自体は数時間で終わるから、すぐに仕事に戻れるってさ」

『……』

「忙しいのに電話して悪かったよ。もう二度と電話もかけない。それで良いだろ」


 勝手に元気でやってろ。馬鹿親父。

 返事を待たずに通話を切ろうとした。その時だった。


 スマホが突然、オレの手の中から消えた。驚いて横を見ると、小可さんがオレのスマホを握りしめていた。

 唇をへの字にして、眉を吊り上げて。馬鹿みたいにブサイクな顔で。

 スマホを耳元に当て、口を大きく開く。


「あんた、何なんだよその言い方は!」


 肌を通り抜け、直接心臓に刺さるような鋭い声。思わず肩が跳ねると、小可さんはオレを一瞥して、再び喋り出す。


「誰だって? 俺は、高嶺くんの親友の小可一縷ですけど? なんか文句でもありますか?」


 いつもなら、勝手に親友呼ばわりすんなって文句のひとつは言っていただろう。でも、オレは何も言えなかった。


「ああ。聞いてたよ。聞いてたとも全部。赤の他人だけど。聞こえたんだから仕方ないだろ。……なあ、あんた、仕事仕事って言うけどさあ、実の息子が助けてくれって言ってんのに、それよりも優先しなきゃいけない仕事ってのは何なんだよ。言ってみろよ、ほら、すぐ。なあ」


 小可さんは捲し立てる。


「どうせあんたは仕事を言い訳にして、全てから逃げてるだけなんだよ。逃げてたらそりゃその時は楽かもしんないけどよ、でも、このままだと取り返しのつかないことになるかも……いや、既になりかけてるかもしれない。

 手遅れになっても良いのか? 絶対に後悔しないって言い切れるか? しないってんなら、俺はこれ以上何も言わない。でも、後悔したくないなら、今からでもすっ飛んでこいよ。あともう少しだけ待っててやるから。

 俺が言いたいのはそれだけだ。じゃあな」


 小可さんはスマホを持つ腕をゆっくりと下ろす。肩で息をしていた。真っ赤になった顔がオレを見て、困ったように眉を下げる。


「……怒ってる?」

「怒ってるよ」

「オレに?」

「バカ言うな」


 ふん。と荒く鼻息を吐き、小可さんは外方を向いた。


 怒った顔は馬鹿みたいにブサイクで、やかましくて、親友気取りだけど。

 でも、さっきのあんたは本当にカッコよかったよ。

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