25.Desire
車はやがて街を離れ、人気のない閑散とした場所に辿り着く。林の中にぽつねんと立つ一軒家の前で車を停めてもらった。
ユキさんを背負った小可さんは、辺りをキョロキョロと見回した。ずり落ちそうになるユキさんの体を何度も支え直しながら、「どこだ、ここ」と誰に話しかけるでもなく呟いている。
インターフォンを鳴らす。電子的なブザー音が鳴り響いた後、スピーカーから声がする。
『隣の人、誰ですか』
「緊急事態なんだ、開けてくれ。ユキさんが目を覚さない」
『隣の人、誰ですか』
「良いから早く開けろ」
通信は途切れた。ひたすら待っていると、解錠する音がして、扉が開かれる。
「お久しぶりですね、高嶺さん。前回お会いしたのは確か、1ヶ月前の6月10日土曜日、午後1時頃だったはずです。予約はしていませんよね?」
淡々とした声。凪いだ海のような感情のないひとつの瞳がオレを見つめる。
「ユキさんを見てほしい。さっきからずっと動かないんだ」
レイはオレの隣にさっと視線を向け、小さく頷く。
「中に入ってください。ここで長話をしていると刹那に怒られます」
レイは人一人入れる程度に扉を開け、オレ達を中に通す。
玄関で律儀に靴を脱ごうとする小可さんを止め、土足で上がらせる。本当に良いのか、と何度も確認しながら、おっかなびっくりといった様子で小可さんは靴のつま先をフローリングに乗せ、それからゆっくりと踵を着地させる。
一見どこにでもある普通の家屋のようだが、そう見えるようにカモフラージュしているに過ぎない。
建物の一番奥に進むと、何の変哲もない扉がオレ達を待ち受けている。
しかし、扉の先にあるのは部屋ではなく階段だ。
「足元、気をつけてください」
小可さんはオレの少し後ろをついて階段を下っていく。ユキさんを落とさないよう何度か立ち止まり、体勢を立て直すのを繰り返すうちに、小可さんの歩調はゆっくりになっていく。
「……なあ、何なんだよ、ここ」
小可さんは気味が悪そうに辺りを見回す。
「正式な名称はないけど、あいつ等はここを『Desire』って呼んでる」
でぃざいあ。言葉を覚えたての子供のように小可さんが呟く。
「あいつは?」
「レイ。ここに住んでる」
レイはオレ達の数歩先を、一本足と松葉杖でひょこひょこと歩いている。
「あの脚じゃ、もっと都心寄りのところに移った方が良いんじゃないのか? それに、こんなところに子供が住むなんて……」
廊下を進み、一室に入った。
ペンの先端が紙を引っ掻く神経質な音が、静かな部屋に響き渡る。白衣を着た痩せぎすの女性が、安っぽい丸椅子に座り、熱心に何かを書きつけている。
「刹那、モモを連れてきました」
名前を呼ばれ、刹那さんは振り返った。眉の上で雑に切り揃えられた前髪に、眉間に深く刻まれた皺。不機嫌を隠しもしない細められた瞳がオレ達を一通り観察し終えると、面倒くさそうに小さくため息を吐いた。
「部外者は入れるなと何度も言っていたはずだが……まあ良い。後で見ておこう。君は契約者に連絡を。契約者の許可を得られない限りは処置はできない」
許可?
「今まではそんなものいらなかったはずだけど」
「モモの状態はこれまでとは違う。君もそれが分かるから、ソレをここに急いで連れてきたんだろう」
刹那さんはペンを机に置き立ち上がる。
「誓約書を作成してくる。モモはその辺りにでも置いておけ」
刹那さんはヒールの音を響かせて部屋の外へと出ていった。
「小可さん。背負ったままでは疲れるでしょう。そこのベッドにモモを寝かせてください」
レイが小可さんに呼びかける。
「……モモ?」
「失礼。これはボク達の呼び方です。今はユキと呼ぶんでしたね。
小可さん。ユキをそこのベッドに降ろしてください。刹那が戻ってくるまでに、ボクはあなたの認証を済ませておきたいです。その方が次にあなたが来た時にスムーズに案内ができます」
小可さんは言われるがまま、ユキさんを部屋の隅に置かれたベッドに降ろした。
周囲を観察しながら、乾いた笑い声を上げる。
「ちょっと待って。僕、全然今の状況理解できてないんだけど。どういうこと? 何が起きてんの? 修理だとか契約者だとか認証だとか、意味分かんない」
そこまで矢継ぎ早に言って、
「え……というか、ユキさんって何者なの?」
答えを求めてオレに視線を向ける。
「ユキさんはオレの保護者だ。それ以上でもそれ以下でもない」
オレはスマホを握りしめる。
親父に連絡をしねぇと。
「ユキはボクを元に作られたコピー品です」
「レイ。黙れ」
「これまでボクのコピー品は複数作られてきましたが、そのどれもが失敗作で、数日と持ちませんでした。完全なコピーは不可能でしたが、モモが初めての成功作と呼んで良いでしょう」
「黙れって言ってんだろ!」
自分のヒステリックな叫び声が脳内で木魂する。
額を押さえ、襲いくる目眩に耐える。小可さんがオレの肩を抱き、心配そうに覗き込んできた。
「何を怒っているんですか? ボクはただ小可さんの質問にお答えしただけですよ」
レイに悪気がないことくらい分かっている。だが、今はその存在自体が目障りだ。
「……小可さんにはオレが後で説明する。お前は何も言わなくて良い」
「ボクの方がより正確にお伝えできます」
「必要ない。お前はただ、刹那さんの言うことを聞いていれば良いんだ」
スマホを握りしめる。今は余計な諍いをしている場合ではない。
「……親父に連絡してくる。小可さん、外に出ましょう。ついてきてください」
小可さんを連れて廊下に出る。ユキさんを背負っていた時よりも大きい歩幅で、小可さんはオレの前を歩く。
「小可さん。ごめん、あんたをこんなことに巻き込んでしまって」
「そんなこと言うなよ。ま、俺がいて良かったな。こんな辺鄙な場所、車がなかったら来るのも大変だろ」
「ご家族に連絡は?」
「さっき済ませてる。こっちの心配は必要ないよ」
心配しなくても良いと言われても、不安は拭えない。
ただでさえ一日中連れ回してるのに、そのうえ遅れるなんて。
本当に誤解されたとしても仕方ない。
「迷惑かけてすみませんって、奥さんに伝えておいてください」
「だから心配すんなって。俺がいたくてここにいるんだ。お前が余計な気を回す必要はない」
階段を上り、地上に出る。
「路駐の切符切られる前にさっさと帰った方が良いですよ」
この辺りに警察は来ない。
気を紛らわす冗談のつもりだったが、小可さんはちっとも笑ってくれなかった。
「ちょい待ち。お前、まさか俺に先に帰れって言ってんの?」
「これ以上遅れたら本格的に怒られますよ」
「お前を今放ってくくらいなら、怒られた方がマシだ」
小可さんは本気のようで、オレの頬をがっしり掴み、真っ直ぐ見つめてくる。
「お前の親父さんが来るまでここで待ってる。それなら良いだろ」




