↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Desire  作者: 雷仙キリト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/39

22.海

 数時間の旅路の末、車は海辺の駐車場へと辿り着き、場面は冒頭に戻る。


 結局、オレは小可さんに「世界を救う旅」について話す羽目になった。

 小可さんは声を噛み殺して笑い続け、その笑いは五分近く続いていた。正気を取り戻そうとしては、オレの顔を見て吹き出している。


「笑い過ぎだろ」

「だ、だって、魔王って、勇者って……っ、言い訳するにも、もっとマシな口実があるだろ! 変なの!」


 変人のあんたにだけは言われたくない。


「その時はそれしか思いつかなかったんですよ。あと、ユキさんには嘘だって言わないでくださいね。あの人の純粋さをぶち壊したくないんで」


 小可さんは腹を押さえ、目尻に滲む涙を指で掬いながら、オーケーオーケー、と蚊の鳴くような声で囁く。


「二人とも、何をコソコソと喋っているんですか?」


 またしても何も知らないユキさんは、こてりと首を傾げる。


「ユキさんは知らなくても良い話ですよ」

「また私に内緒の話ですか? 希くんって意地悪ですね」


 ユキさんは頬を膨らませて拗ねる。怒ったユキさんも可愛いね。

 

 道中、ぽつねんと聳え立つ自販機を発見した。小可さんは千円札を投入し、三人分のポカなんとかを購入してくれる。


「ほらよ、ユキさんもどうぞ」


 早速キャップを開け、中身を勢い良く呷る。冷えた液体が喉を通り過ぎ、体の底から熱を奪っていく。染み渡るような涼しさにほっと息を吐きながら横目でユキさんを見遣ると、ユキさんはペットボトルを頬に押し当て、気持ち良さそうに目を細めていた。


「二人とも海に行くのは初めてかい?」


 小可さんはポカなんとかを少しずつ口に含み、飲み込みながら、尋ねてくる。飲み物を飲みたいがお喋りもしたい、というせっかちな性分が飲み方に現れていて、ちょっと面白い。


「オレもユキさんも、あまり外に出歩くタイプじゃないんです。親父も家に帰ってこないから、家族で出かけることもあまりなかった」


 ペットボトルの結露が伝い、重力に従って手首から肘へと滑り落ちて小可さんの剥き出しの腕に水の跡を残した。なよっとした冴えない顔貌の割に男らしく逞しく張った腕だ。羨ましい。憎たらしい。


「今回のことが良い思い出になると良いね」

「……そうですね」


 風が吹き、独特の潮の香りを鼻腔が拾う。

 実は、すぐ横に顔を向ければ、海は見えるのだ。だけど、何となくもったいなくて、初めての瞬間を引き延ばし続けている。


 白いガードレールが途切れ、海岸へと向かうコンクリートの階段が出現する。海から吹きつけてくる強い風。波音。一層濃くなった潮の香り。

 階段を下り切ったオレは、顔を上げた。すぐ目の前に、海が広がっている。

 こんなにも広くて大きいのに、押し寄せる波の音は不思議と静謐に聞こえる。

 風に揺れる青いワンピースを手で押さえつけながら、ユキさんは海に向かって真っ直ぐに歩いていった。砂浜に点々と靴の跡が綴られる。


「あまり先に行くと、バランスを崩しますよ」


 初めて見る光景に、オレ以上に感動しているのだろう。ユキさんは答えない。ただ熱心に、前を見つめ続けている。今まで追い求めてきた答えがそこにあるかのように。

 ユキさんは波打ち際にしゃがみ込み、きめ細かい泡の浮かぶ水面を手で掬い上げた。白い手の隙間から、さらさらと水が溢れ落ち、地球に還っていく。

 それを何度か繰り返した後、薄い唇が「懐かしい」と小さく言葉を紡いだ。


「懐かしい? ここに来たことがあるんですか?」


 クリーム色の髪が麦畑のように揺れる。


「レイが以前見せてくれたんです」


 レイ。その名前にオレは思わず眉をひそめるが、ユキさんはそんなオレには気が付かずに話を続ける。


「昔、日本に来る時に船で海を渡って来たんだって。その時の光景を教えてもらったことがあるんです。今も昔も、きっと変わらない光景なんでしょうね」


 波の音が、ユキさんの言葉の端々を攫っていく。

 今朝ユキさんに「どっちの服が似合うか」と尋ねられた時に、青い方を指差さなければ良かった。

 波に攫われ、眼前に広がる大自然に溶け込み、ユキさんは二度と戻ってこないんじゃないか。そんな恐怖が押し寄せてくる。くだらない考えだ、と自嘲する余裕はなかった。

 ユキさんの手を掴んだ。ユキさんはそこで初めて振り返り、大きなまん丸の目にオレを映し出す。


「……海、来て良かったですか?」


 ユキさんはうっすらと微笑み、こくりと頷いた。


「本当は歩望さんにも来てほしかったんですけど……仕事を理由に断られちゃいました」


 寂しそうに視線を落とし、水の中で、砂をかき混ぜるように撫でる。


「あの人が海に来るなんて想像できないな。似合わなすぎる。スーツ姿でここに来るのも、普段着のあの人も」


 オレはもう何年も実の父親とまともに顔を合わせていない。

 オレにとって家族と呼べる人は、遺伝という目に見えない繋がりを除けば、ユキさん以外にいないのだ。

 どこにも行かないでほしい。少なくとも今だけは。

 オレのことだけを考えて。オレだけを見て。名前を呼んでほしい。


「あの人がここに来なくたって、オレはあなたと一緒にここに来られただけで十分です」


 痩せ我慢などではなく、本当にそう思っている。今更あの人に期待することはない。

 笑いかけると、ユキさんは寂しげに眉を下げ、笑い返してくる。


「……そうですか」


 納得いっていない様子だった。ユキさんはいつもオレだけでなく親父のことも心配していて、いつか「普通」の親子に戻ることを願っている。オレがユキさんの願いを叶えてあげられる日が来るかは分からない。

 でも、今日はひとつだけ、ユキさんの心配事を減らせられたと思っている。これは、今のオレの精一杯の親孝行だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。