21.ドライブ
「良かったんですか?」
「ん? 何が?」
「頼んだのはオレの方だけど。でも、休日でしょ。娘さんや奥さんと一緒に過ごさなくて良いんですか?」
優しさをありがたく感じると同時に申し訳なさもある。
特に連絡先を交換してからと言うものの、オレは毎晩のように小可さんと連絡を取り合っていたから。
「むしろ都合が良いってさ。あいつ、娘が俺にばかり懐いてるのが悔しいんだよ。だから休日はここぞとばかりに独占しようとする」
そよぐ風のように小可さんは笑う。「そんなにムキにならなくたって、あいつが娘にとって唯一の存在であることは変わりないのにさ」と目を細めて言う様は、らしくもなく大人びて見えた。実際大人なのだが、一緒にいると忘れそうになる。
運転席の窓は僅かに開いている。飲み物置き場には携帯灰皿が置かれ、微かに紫煙の香りがした。ここに来るまでに、既に吸っていたらしい。
「ユキさんは、タバコ大丈夫かい?」
「あ、はい。私のことはお気になさらないでください」
「では、お言葉に甘えて」
小可さんは片手で器用にパッケージの蓋を開け、白タバコを一本取り出した。これまた器用にライターを探り当て、口元に寄せ、火をつける。
オレはそこで初めて、小可さんの薬指に指輪が嵌められていることに気がついた。
微かな違和感。これまで、小可さんが指輪を着けているのを見たことがない。以前から不思議に思っていたから、余計に目敏く見つけてしまったのかもしれない。
愛妻家のアピールに余念がない小可さんが、指輪を付けないのは不自然だった。
オレが指摘すると、小可さんは「今日くらいは嵌めとけって、押し付けられた」と答える。
「指輪って何か苦手なんだよ。元々金属アレルギーでアクセサリー付ける習慣もなかったからさ、異物感があって、どうにも気持ち悪い。というか良く気がついたね」
「珍しいな、と思って……」
『今日くらいは』
小可さんはその意味を理解しているのだろうか。
オレは指輪をまじまじと観察し、推測する。この指輪は恐らく、奥さんからオレへの牽制みたいなものだろう。
相手が男子高校生で「そういう」危険がないとしても、自分の夫の時間が他の奴に奪われるのは、気分が良くないはずだ。
申し訳ないからと、連絡の頻度を減らそうと試みたことはあったのだ。しかし少しでも間が空くと、小可さんの方から連絡を寄越してくる。「大丈夫?」「死んでない?」「干からびてない?」ってな感じで。
オレはどれだけ繊細な生物だと思われているのだろうか。
ともかく、オレは小可さんにそんなふうに構われてしまうと、決意が揺らぎ、結局返事をしてしまうのだった。そうしてずるずると、連絡を取り続けている。
と言っても、「今日も生きてるな、ヨシ!」と一方的に電話を切られ、一日の電話時間が十秒に満たない日も多いのだが。
……やっぱり、小可さんって変な人だと思う。いや、変な人に違いない。
「オレのこと、奥さんにはなんて説明してるんですか?」
「黄昏てた高校生を見かけたから、ついナンパしちゃった、そしたら仲良くなっちゃった、テヘペロ! みたいな感じで」
何という言い方をしているのだ。最悪だ。そりゃ牽制もされるわ。
「……それで、奥さんは何と?」
「八つ裂きにしてやろうか、って、鬼の形相で言われた。もちろん、ちゃんと後で釈明しておいたけどね」
「洒落になんねーよ」
オレを巻き込んで修羅場を繰り広げるのだけは勘弁してほしい。
「愛想尽かされて、家追い出されないようにしろよ」
忠告半分、皮肉半分のオレの言葉に対して、小河さんはどこ吹く風である。
「その時は前も言ったように君の家にお世話になろうかなー、なんて。そんな時なんてこないだろうけどね」
サラッと惚気られたことに若干のイラつきを覚えつつ、一連の会話はそこで途絶えた。
見慣れた街並みが、次第にオレの知らない道へと変貌していく。
海までは車で三時間ほどかかるらしい。
最初は緊張気味だったユキさんも、ドライブが一時間を過ぎる頃にはすっかり打ち解けていた。
ユキさんは小可家の様子に特に興味を持っている様子だった。夫婦の馴れ初めや家族の一日の様子、休日の過ごし方などを熱心に尋ねては、しきりに頷いている。
オレが黙り込んでも、車内は常に賑やかだった。
小可さんに同行をお願いしたのは正解だった。もし、ユキさんと二人で、電車か何かで海に行こうとしていたら、気まずい沈黙に耐えられなくなっていただろう。




