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Desire  作者: 雷仙キリト


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18/38

18.自惚れ

 オレ達はベンチに座った。キジは、小可さんの手をすり抜けてどこかに消えてしまった。気まぐれなやつだ。


「あのさ、小可さん」

「ん? どしたの?」

「全然連絡くれない、とか、傷ついた、とか、オレが悪いみたいな言い方するけどさぁ。それ、あんたの字が汚過ぎて読めなかったせいだからな」


 小可さんは、目をまん丸にさせた。


「マジ!? そんなに汚く書いたつもりはないんだけどなー」


 少し不機嫌そうに口を歪め、腕を組む。


「わざわざ紙に書いて寄越さずに普通に交換したらよかったのに」

「でも、紙の方がカッコよくない? 小切手みたいで」


 そんな間抜けな返答に、体の力がどっと抜けていくのを感じた。

 数週間分の疲れがどっと押し寄せてきて、肩にのしかかる。


「なんだよ、小切手って。ホント、あんた馬鹿なんじゃねぇの……」


 確かにサマにはなっていたかもしれない。手慣れた様子で紙に文字を書く姿は、百歩譲ってまぁ格好良かったと言っても認めても良いだろう。しかし格好つけるなら最後までつけてほしいものだ。


「それで、どうして暫くここに来なかったの? 風邪でも引いてた?」


 小可さんは微笑みながらオレに聞いてくる。


「話したくないなら話さなくても良いけどさ、もしよければ教えてくれる?」

「……小可さんが」

「ん?」

「あんたがいつもの喋り方やめてくれたらオレも話す」


 オレだって敬語をやめたんだから、小可さんもその喋り方をやめる義務がある、はず。


 小可さんは荷物がたんまりと入った買い物袋の上に顎を乗せ、ニンマリと笑う。


「なになにー? 高嶺くん、僕のワイルドでアダルティな言葉遣いが好きな感じ?」

「うるさい。不審者って言われて喜んでる変態野郎」

「僕にどんどん変な属性を付けるのはやめたまえ。それに、僕みたいな奴にまともに付き合ってる君も十分変態の素質はあると思うけど?」


 自分で言うなよ。


「でもまぁ、君がそんなに言うなら変えてやらなくもないけど。でも、意識して変えるっていうのも何だか変だよなー」


 ああだったかな、こうだったかな、と、首を傾げている小可さんだったが、ふとした瞬間に雰囲気がスイッチを切り替えるように変わるのを感じた。

 笑うのを、やめた。たったそれだけで、雰囲気がかなり変わる。


「何だよ。そんなびっくりすることか?」

「いや、やっぱ、なんか違うなって思って」


 どこがとは言えないけど、どことなく違う。それでいて、いつもの小可さんより、こっちの方が何だかオレにはしっくりくる。


「自分ではそんなに変わってる気はしないけどな。俺は俺だし」


 小可さんは自分の頬をむにむにと引っ張る。


「あんた、笑わないと怖いって言われない?」

「言われるよ。だから笑ってるんだ。その方がゆーずーが効きやすいってのもあるけどな」


 小可さんはベンチの後ろ、つまりオレの背中に手を回し、足を組んだ。指先が微かにオレの肩に触れるのを、気がつかないふりをした。


「で、何で来なかったの? 彼女でもできた?」

「違う」

「なんだ、残念。あ、この前言ってた『好きな子』とはどうなったの? ちっとは仲良くなれた?」

「今、その話は関係ないだろ」


 いざ改めて問われると、何から話そうか悩んだ。

 オレの心境の変化について。

 学校に行ったことについて。

 これからやりたいことについて。

 色々な悩み。


「オレ、学校に行くことにしたんだ」

「へぇ」


 聞いてきたくせに、実につまらなそうな反応である。


「別に行かない理由もなかったし。だから、ここ最近は毎日学校に行ってた。ここに来なかったのはそれが理由」


 小可さんは前を見つめ、何も言わなかった。オレは地面に目を向けた。


「それにオレ、やりたいことが沢山あるんだ。高校出たら働くつもりだから便利な資格は取っておきたいし、それにバイトもやりたい。やりたいことが沢山あって。でも、体ひとつじゃ全然足りねぇよな。体がもっと沢山あったら良かったのに」


 頭が急に重たくなる。

 小可さんが、オレの頭に手を乗せていた。頭を上げようと力を込めると、強い力で押し戻され、全然上を向くことができない。


「小可さん、重いんだけど」

「知ってる。わざとやってるから」

「いや、知ってるじゃねぇんだけど。どけろっつってんだよ」

「やだね」

「なんで」

「そこに頭があるから」


 そこに山があるから、みたいな言い方をするな。


「高嶺くんってさぁ」

「何だよ」

「凄い奴なんだな」


 頭をガシガシと強く撫でられる。

 痛い。だけど、語りかけてくる声は優しかった。そのちぐはぐな言動に頭の中がかき混ぜられてしまいそうだ。


「俺が君くらいの時はそんなこと、考えたことも悩んだこともなかった。将来のことなんかどうでも良いっていうか、今が良ければそれで良いって感じだったからさ……


 昔の俺だったら、きっと君みたいな奴をバカにしてた。くだんねぇことに時間費やしてバカみたいだってさ。でも今なら分かる。本当に凄いよ君。友達の一人として、いや、一人の人間として尊敬するよ」


 褒められるのは嬉しいけど、なんか気恥ずかしい。


「でも、あんま無理すんなよ」

「……無理なんてしてませんよ」

「君ならそう言うと思ってた。だからこうして、釘を刺してんだよ」


 呆れたようにため息を吐かれる。


「今日の高嶺くん、顔色悪いよ」

「え?」

「目の下、隈できてる。どうせ『やりたいこと優先するため』とか言って睡眠時間削ってんじゃないの?」

「それは……」


 ない、とは言えなかった。事実だったからだ。


「でも、必要最低限には寝てるよ。むしろ以前のオレが寝過ぎだった部分もあるし」

「へぇ」


 胡乱げに見つめられる。


「それに楽しいんだ。勉強してる間は何も考えずに済むし、それに……」

「それに?」

「……えっと、その、あれだ。あんたに」

「俺?」

「疲れた時は、あんたに次会った時のこと考えてた。オレが学校に行ったって話をしたら、あんたのことだからバカみてぇに騒ぐんじゃないかって思ってさ」


 その時のバカ面を想像すると、不思議と疲れが減っていくような心地がしたのだ。

 実際は、思ったよりも淡白な反応だったのだが。


「……はぁ」


 大きなため息。頭の上に置かれた手の動きが止まる。顔を上げると、口を手で押さえて俯く小可さんがいた。


「何だよ、その反応」

「いや……可愛いなあって思って」

「は?」

「ねぇ、それって、もしかして自惚れても良いってこと?」

「自惚れるって、あんたはいつもそんな感じだろ」

「それはそうなんだけど。俺、マジでお前の将来が不安になってきた。悪い人にいつか騙されないか、お兄さんは心配で仕方ないよ」

「誰かに騙されるほど、人との付き合いは濃くないけど」


 なんだか、馬鹿にされているみたいでムカつくな。


「ああ、そうか。だからなのか……」


 小可さんは何かを思案するように低く唸り、ますます深く頭を下げてしまった。かと思えば勢いよく頭を上げる。


「高嶺くん」


 いつになく真剣な声だ。


「友達第一号からの頼みだ。もっと人と関わりを持ちたまえ」 


 いきなり何を言っているんだ、この人は。


「学校でも良いしバイトでも良い。お前はもっと沢山の人と関わって、自分の世界を広げるべきなんだ」

「はあ? だから言ったじゃねぇか。学校に行くようになったって」

「違う。そうじゃないんだ。俺が言いたいのは、えっと……そう。お前はとにかく友達を作るべきなんだよ」

「友達ィ?」

「そう。何でも話せる友達とか、話せない友達とか。馬鹿ばっかりやる友達とか。とにかく誰でもいいから、もっと人と関わるべきなんだよ」

「……はぁ」

「はっきり言って、俺は初対面の時から君が不安で仕方なかった。普通、俺のような不審者に話しかけられたら無視するだろ。それを君、真面目に相手してくるから、スッゲェ複雑な気分だったよ」


 だから、自分で言うなっての。


「あのさ、小可さん」

「何?」

「スマホ貸して」


 小可さんの手からスマホを引ったくる。画面は真っ暗だ。


「ロック、解除して」

「何で?」

「何でも」

「はいはい」

「はいは五回」

「多いな」


 小可さんはスマホを見つめ、顔認証でロックを解除すると、オレに手渡した。オレはポケットから自分のスマホを取り出して、交互に睨めっこをする。


「これでよし」

「何してんの」


 画面を覗き込んでくる小可さんにスマホを突き返す。怪訝な顔をしつつも、小可さんは素直にスマホを受け取った。


「お前って、たまに何考えてるか分からないよね」

「小可さんほどじゃない」


 チャットアプリを開き、メッセージを入力する。送信ボタンを押すと、小可さんのスマホが通知音を鳴らした。

 小可さんは手元を見つめて、それから目を見開いた。


『友達なら、目の前にいるじゃないですか』


 小可さんは弾かれたようにオレの方を向き、ぶるぶると体を震わせた。様々な感情が渦巻いて、何と言えばいいのか分からない。そういった顔をしている。

 健康的な肌色が次第に赤く染まり、小可さんは不意に立ち上がった。


「お、俺、もう行かないと。娘の迎えの時間だ」


 うわ言のようにそう呟いたと思えば、オレを振り返って、


「じゃあな、高嶺くん。また今度会おう! ドロン!」


 そう言って、颯爽と立ち去った。

 取り残されたオレは困惑した。


 ……ドロンって、何?

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