17.探す
「じゃあ、トイレットペーパーと洗剤、それからスポンジを買ってくれば良いんですね」
「はい、お願いします。でも……本当に良いんですか? おつかいを頼んでも」
「構いませんよ。ユキさんにばかり家事を頼んでいるのは、ずっと申し訳ないと思ってたんです」
「そんなこと思わなくても良いのに……お料理やお洗濯は私のお仕事なんですから」
ユキさんはムッと頬を膨らませる。
「でも、ユキさん最近疲れてるんじゃないですか? うっかりミスが前より多いですよ」
「うぅ……」
オレの指摘にユキさんは悲しげに目を伏せた。
ユキさんは最近、オレが学校から帰ってきてもボーッとしていたり、あんなに大好きだった料理でさえ失敗したりしている。完璧主義のユキさんのことだから、たとえ些細なミスであったとしても、ショックはかなり大きいのだろう。
以前のオレならばユキさんの好きなようにさせていただろうが、最近ではオレも家事をするようになった。ユキさんは手伝われるのが不満らしい。オレが少しでも手を出すと頬を膨らませ「私だってできるんですから!」と、声を荒げる。だけど最近は流石に自分の不調に気づいたようで、大人しく手伝わせてくれるようになった。
「ちょっとくらい休んだらどうですか? ご飯だってオレが作れば良いんですよ」
「でも、でも……」
すっかりいじけモードで肩を落としているユキさん。
「私、どうやって休めば良いのか分からないんです」
「分からない?」
「はい。ずっと、こうして家事をして過ごしてきましたから。希くんのために働くことが、私にとっての幸せなんです。だから、休めと言われても何をすれば良いのか分かりません」
「ユキさんは何かしたいことないの?」
「何か、ですか……?」
「ええ。たとえば散歩をしたいとか。本を読みたいとか」
「そうですね……」
ユキさんが首を傾げる。
しばらく経って、顔を上げて微笑んだ。
「お花を買いたいです!」
「花……」
「はい。ちょうど朝一さんから頂いた花が萎れてしまったので、花を換えようと思ってたところなんです」
「……そうですか」
「朝一さんに貰い続けるのもなんだか申し訳ないですし、新しく買った方が良いですよね」
「オレが買ってきましょうか?」
ユキさんは首を強く横に振った。
「いえ! これ以上希くんのお手を煩わせるわけにはいきません。私が行きます!」
それくらい構わないと言っても、ユキさんは聞く耳を全く持たなかった。
ホント、いつもは穏やかなのに変なところで強情だ。そんなところも好きなんだけどさ。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい!」
「あまり無理はしないでくださいね」
「大丈夫です! 私は強いですから。大抵のことでは挫けませんよ!」
ユキさんは腕を上げ、力こぶを作るようなポーズをする。
まぁ、間違っちゃいないが。強さの方向性を履き違えている気がする。
涼しい風が吹く。昨晩雨が降ったのか、地面が黒く湿っている。
「えっと……サラダ油にみりんと……今日はセールなのか。ついでに卵も買っとこ」
カゴの中に品物を入れながら、オレは小可さんのことをふと思い出す。
そういえばあの人、主夫だとかなんとか言ってたよな。最近会ってないけど、元気にしてるんだろうか。
学校に通うようになって、オレは公園に行くことがなくなった。毎日のように顔を合わせていた小可さんとも会っていないし、連絡も取っていない。
小可さんから貰ったメッセージアプリのIDのメモは、机の引き出しにしまってある。何度か解読を試みたものの、成果は未だ得られていない。
小可さんの家、この辺りにあったはずだけど、もしかして同じスーパー使ってたりすんのかな。
辺りを見回した。結局、スーパーの中でそれらしき人物を探すことはできなかった。買い物を終え、オレはトイレットペーパーを腕に抱えたまま、久しぶりに公園に行ってみることにした。
公園は相変わらず人気がなかった。以前と変わらぬ佇まい。等間隔に置かれたベンチ。少し違うところを敢えて述べるなら、並木道の木々が一足先に初夏の雰囲気を纏っていることだろうか。
街は少しずつ、目には見えないほどゆっくりな速度で景色を変えていく。
オレがかつて母の面影を探して回った場所はもう、以前とは変わってしまっているかもしれない。
母さんの生きていた証が、じわじわと形を形を失っていく。それが凄く悲しい。
「……キジに会いに行くか」
オレは荷物をベンチに置いたまま立ち上がった。
大体キジが現れるのはこの辺りだったよな。
「おーい、キジ」
ベンチの近くの茂みに手をかける。
「おい、キジ? いないのか?」
返事はない。縄張りを変えてしまったのだろうか。
そんなことを思いながら、茂みを掻き分けた。
「キジ──」
茂みの隙間から、灰色の塊がニュッと顔を出す。
「うぉっ」
か、怪物? いや、違う。これは。
灰色の塊の上にある黒がもぞもぞと動き、振り返る。
「小可さん」
小可さんだった。小可さんは目をまん丸と見開いてオレをを見つめる。
「高嶺くん」
いつも飄々としている小可さんらしくもなく、ぽかんと口を開けている。
「あんた、とうとうマジモンの不審者になっちまったんですか」
頭に葉っぱまで刺さっている。どんだけ長い間ここにいたんだよ。
「え……あ、ああ! これは違うよ!」
小可さんが相変わらずの大声を上げて立ちあがった。
「しまんちゅの相手をしていたんだ」
小可さんの腕の中に、キジがスッポリと収まっていた。キジは小可さんの腕の中でうっとりと目を閉じている。
「ふーん?」
言いたいことは色々とあるが、キジの可愛らしさ免じて、納得してやることにしよう。
「じゃあ、通報だけは勘弁してやりますよ」
オレがそう言うと、小可さんはホッと表情を緩める。
「君が無事で良かった」
顔をキジに向けたまま、目線をオレの方に向ける。
「あんなことがあった後だからさ、もしかしたら君、家に帰ってなかったんじゃないかって不安だったんだ。ちゃんと家に入るまで確認した方が良かったかもって後になって気がついてさ……ずっと、君の身に何か起きたんじゃないかと不安で仕方なかった」
腕に力を込め、キジをぎゅっと抱きしめる。
「本当、無事で良かった」
「小可さん……」
「それにしても、君って結構薄情だよね。折角ID教えたんだから連絡してくれても良いじゃないか」
小可さんがぷくっと頬を膨らませる。二十三歳がするには少しキツい表情だ。
でも、今は突っ込むべきじゃないだろう。
「小可さん……あの、オレ、その……もしかして、あんたに心配かけさせちゃった?」
「当たり前だろ!」
ビシッと指を差される。
「君はもっと自分を大切にするべきだ。君が自分で思っている以上にね。分かった?」
「まぁ」
「まぁ、じゃない。返事をする時は?」
「……はい」
「はい?」
「…………うん」
小可さんがニコッと笑う。
「ん。分かったならよろしい。着席しなさい」
「どこに?」
「いつもの場所!」




