14.友人
体を洗い終える頃には、ようやく銭湯の雰囲気にも慣れていた。
「おぉ……」
オレは目の前に広がる光景に少しばかり感動していた。
銭湯と言われ、水色のタイルに四方を囲まれ壁には富士山の絵が描かれているところを想像していたのだが。
銭湯って露天風呂もあるのか。
すげぇ。旅館みたいだ。旅館行ったことないけど。たぶんこんな感じ。
「お、ちょうど人いないじゃん、ラッキー」
小可さんは体を洗った後、温泉に勢いよく浸かった。
「ほら、高嶺くんも早く来な」
オレは恐る恐る湯船に足を踏み入れる。
最初は少し肌が痛かった。だけど段々と、痛みが温かさに変わっていく。湯船は深かったから、座るとオレの肩まで浸かることができた。首元に風が当たって寒い。だけど、その寒さが段々心地よく感じてくる。
ほっと息を吐くと、小可さんが隣で笑った。
「どう? 気持ちいいでしょ?」
「はい。ものすごく」
「目にも効きそうな感じする?」
「湯気で曇って前があまり見えません」
「そっか。でも、風呂を上がる頃にはきっと良くなってるよ」
どんだけ即効性あるんだよ。ここの風呂は。
そう突っ込むと、小可さんはけたけたと笑う。何がそんなに楽しいんだろう。
「楽しそうですね、小可さん」
「ん? そんな風に見える?」
「すごく楽しそうです。バカみたいに」
「バカみたいに、ねぇ」
ジロっと睨まれる。怖い。
「んー、でも確かに楽しいよ。お前と一緒にいるからかな」
「……うげぇ」
「そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃん」
「だって、あんたが気色悪いこと言うから」
「俺はただ本当に思ったことを言ったまでだよ」
小可さんはベンチに座るように、後ろの石に腕を置いた。
「お前といる時は、なんだか凄く楽しい。これが『友達』ってやつなのかな」
「オレ達、出会ってまだ一ヶ月ですよ」
「親しさに年月は関係ないんじゃない? 仲がいいと思ったら仲が良い。それで良いじゃん。逆に聞くけど、君は俺のことどう思ってんの? 不審者? ちょっと昇格して顔見知り? それとも知り合い?」
「……ただの知り合いと風呂に行くほどオレは人懐こい性格はしてない。でも、あんたを信用するつもりはまだない」
「『まだ』ってことは、いつかは信用してくれるつもりなんだ」
ポジティブ脳味噌は、どうやら健在らしい。
「あんたのそういうとこ、本当に羨ましいよ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃーん」
小可さんがオレの腕を肘で小突く。
褒めてないっての。
でも。羨ましいというのは本当だ。オレだって、できることなら一々思い悩むような性格にはなりたくなかった。
「……一人の方が気楽なんだって、何年もかけて思いこませてきたんだ」
「ん?」
小可さんは、瞬きを繰り返す。
「誰かと一緒にいる時も、いつかは一人になるんだってことばかり考えて生きてきた。なのに、あんたが意味もなくオレに話しかけてくるから……また、一人になるのが怖くなる」
誰かに縋りたくなってしまう。そんな情けない姿を人に見せたくはないんだ。
小可さんは、首を傾げた。
「それの何が悪いんだよ」
「……え?」
「怖いなら怖いって思えばいい。縋りたいなら縋ればいい。ガキはガキらしく、そうやって素直に自分の感情を認めたらいいんだよ」
小可さんはにこにこと笑って手を広げる。
「俺でよければいつでも話は聞くぜベイビー!!」
ああ、もう。声でけぇんだよいちいち。
「抱きつき料、今なら半額で五千円!」
「高っけえな」
「おまけにサインもつけちゃうよ」
「いらねぇ」
「ちなみにネットオークションでサインが五千円で売れたことがある」
「マジか」
誰が買ったんだよ。逆にすごいな。
オレが突っ込むたびに小可さんは嬉しそうに笑う。その笑顔を見ていると、なんだかオレの心の中に渦巻いていたわだかまりも無くなっていく気がする。さっき過去を打ち明けた時はこんなにスッキリはしなかったのに。なんでだろうな。
「……まったく、あんたって人は」
アンニュイな気分を削ぐのに長けている人だ。
良くも悪くも。
でも、あんたのそんなところにオレは救われているみたいだ。
「ん? どうかした?」
「なんでもないよ。それより、高校生に五千円は結構キツいんだけど。ただに負けてくんない」
「……それは負けるとは言わないと思うけど」
小可さんは呆れたように笑った。
「でも仕方ないなー。祝! 高嶺くんのお友達爆誕記念にサービスしてあげようじゃないか。五百円! 持ってけ泥棒!」
結局金は取るんだ。
「ほら、来なよ」
満面の笑みで腕を広げられる。
「流石に裸はいやだ」
つうか絵面がやべえ。人が入ってきたらどうすんだよ。
「じゃあ、後で車の中でやってあげよう」
「……ん」
頷くと、小可さんは満足そうに笑い、立ち上がった。
「そろそろ上がろうか」
去り際に頭を撫でられる。オレは小可さんの後を追いかけた。




