11.クソガキ
がむしゃらに走ってたどり着いたのはいつもの公園だった。
夜の公園はひっそりとしている。いつもの長閑な雰囲気はどこかへ消え去り、森の中に迷い込んでしまったみたいな暗闇が広がっている。オレはいつものベンチに腰掛け、乱れた息を整える。
「……何やってんだ、オレは」
風が吹いて、オレの首筋を撫でていった。ベンチの上で膝を抱え、体を抱きしめる。そうすれば少しだけ寒さが和らいだ気がした。
「迷惑かけたくないって言ったばかりなのに、早速迷惑かけるようなことしてんなよ」
一体いつからだろうか。いつからオレはこんなに捻くれてしまったんだろう。
「……ごめん」
ごめん、ユキさん。
本当は、ユキさんを騙せてないことなんて知っていた。あの人はオレのくだらない嘘に乗ってくれて、健気に話を合わせてくれていただけだ。オレもユキさんも、互いに嘘をついているのを知っていながら上部だけの会話を繰り返していた。きっと本当は、オレのことを叱りたかったに違いない。「どうして学校に行かないの」と言いたかったに違いない……いいや違う。
怒られたいのはオレの方だ。
あの人はいつだってオレを怒りはしなかった。ただ心配してくれるだけ。悲しそうな顔をするだけ。
オレは、あなたに怒ってほしかったのに。
『ママがおうちに帰ってくるまで元気でいるんだって。元気にしてたらママが帰ってきてくれるって』
「……『だから絶対に泣くものか』」
オレは母さんがいなくなった日からずっと、自分にかけた呪いに囚われ続けている。母さんが二度と戻ってくることはないとわかった後も。もう、呪いの解き方は覚えていない。
肺の中の空気を全て出し切るように深いため息を吐いて、膝に顔を埋めた。
どのくらいそうしていただろうか。
「あのー、大丈夫ですか?」
不意に、肩を掴まれる。
男の声を無視していると、更に強く揺さぶられた。
「こんなところで眠ってたら警察に通報されちゃいますよ……あれ? この背格好、どこかで見覚えが」
そう言われて、オレもその人の声に聞き覚えがあることに気がついた。
「もしかして……高嶺くん?」
名前を呼ばれて、顔を上げた。
「ああ、やっぱり高嶺くんだ」
黒いジャージを着た小可さんが立っていた。
「小可さん」
名前を呼ぶと小可さんは頷く。
「いかにも。僕は小可一縷でありますが。君の友達の」
ついでに余計な一言もつけたされた。友達になった覚えはないんだけど。
「そんな格好してるから、今度こそ不審者になろうとしてるのかと思いました」
足を地面につけ、普通の座り方に戻す。
「だから、僕は不審者でもないし、これからもなるつもりはないって。ジョギングをしてたからこういう格好なだけ」
小可さんはからからと笑う。
「最近娘に『パパ太った?』って言われちゃってさ。細マッチョダンディーボーイを自称する僕としては聞き捨てならない言葉だから、こうして運動を始めたってわけ。これで、君に喧嘩を売られても対抗できるくらいのパワーはできたと思うよ。どう? 今から勝負でもしてみる?」
顎の下に手を当て、首を傾げる。
「あ、でもレフェリーがいないとどっちが勝ったかわからないよねー。じゃあ、今度しまんちゅがいる時にでも──」
小可さんが、ついに笑うのをやめた。
「……大丈夫?」
「……何がですか」
「競馬でボロ負けしたって顔してるよ」
未成年に対してその例えはどうなんだ。
「ってのは冗談で。顔色が悪いよ。こんなところにいたから風邪引いたんじゃないの? よかったら家に送ろうか?」
首を横に振る。家にはまだ帰りたくなかった。どんな顔をして帰ればいいのかわからない。それに今会っても、またユキさんに無理をさせるだけだ。
違う。無理をしているのはオレの方だ。ユキさんに責任転嫁をさせてはいけない。
「もしかして、家がどこかわからなくなった?」
「……え?」
「夜に街を歩いてるとねー、いろんな人に会うんだよね。酔っ払って地面に寝っ転がってる人とか、おじさんと腕を組んでホテルに消えていく女の子とか、道をふらふらと歩いてる男の子とか」
小可さんは、キラキラと輝く夜の街に目を遣る。
「迷子なのかもね、みんな。こんなに真っ暗だから、帰り道が分からないのかも。今日は月もあまり見えないし……君も迷子?」
オレも大概アレな性格だが、この人もなかなか変わった人だな。ポエマー検定でも取得するつもりか。
「はは、なんですか、それ」
迷子だとかなんだとか、オレを子供扱いしやがって。
「意味分かんねぇ」
でも、今日はこの人のバカみたいな話に乗ってあげても良いと思った。
「迷子なんかじゃありませんよ」
オレが笑うと小可さんも釣られたように笑う。いつもの軽薄な笑みは、寒空の下、どこか冷笑のようにも見えた。
「じゃあ、どうしてこんなところにいるの?」
「家がどこにあるかは分かってるんです。帰り道も知ってるんです。だけど、きっとオレの目が悪いんでしょうね。何もかもが霞んで見えて、とてもじゃないけど歩ける状態じゃない」
霞んだ視界の中で、あなただけが、ピントが合ったようにくっきりと見える。
「……じゃあ、まずは目を治さないとね。怪我を直すには療養が一番。お兄さん良い場所知ってるんだけどさ、これから一緒に行かない?」
手を掴まれ、腕を引っ張り上げる。オレは立ち上がり、小可さんの隣に立った。
こうして並んで立ってみると、小可さんは思っていたよりも背が高かった。元々空手部に所属していたというのは嘘じゃないんだろう。頼りな……優しそうな雰囲気とは真逆に、体つきはがっしりしている。
「何? 僕をそんなにじろじろ見て」
「なんでもないです」
「じゃあ行こうか。ちょっと遠い場所だから車使うけど大丈夫?」
「金はありませんから誘拐しても無駄ですよ」
「だから僕は不審者じゃないって! まったくもう……」
小可さんに手を引かれる。
「クソガキ」
小可さんらしからぬ乱暴な発言にギョッとすると、小可さんはけたけたと笑った。
「クソガキはクソガキらしくしてたら良いんだよ。下手に良い子ぶらないでさ、ありのままでいればいいんだ。どうせ大人になったら、我慢の仕方なんて嫌ってほど覚えさせられるんだから。だから君はクソガキのままでいたら良い。せめて俺の前ではさ」
オレは小可さんと共に、夜の街を歩いた。




