47.さようなら、初恋
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三学期も終わりに近付き、少しずつ春の陽気が感じられるようになった頃。
期末試験を無事に切り抜けた真琴は、約束を果たすために秋華と待ち合わせをしていた。
今日はエスコートする側なのだと意気込んだ真琴は、ひと足先に待ち合わせ場所である駅前に到着していた。そうなれば当然、積極的な女性は放っておかない。
声を掛けようとしてくる彼女たちから逃げるように駅前をフラフラとしていると、怪訝そうな表情を浮かべた秋華の姿が目に入る。
だがこれで待ち合わせる必要はなくなった。訳が分からないといった様子の秋華の手を取り、急ぎ電車へ乗り込む。
ようやく落ち着くことのできた車内で、二人はこの日初めて言葉を交わす。
「すみません秋華先輩。なんかぐだぐだになっちゃって」
「そうね。デートとしては減点だわ。だけど真琴くんが悪いわけでもないし、今のは不問にしておいてあげる。それで、今日は何処へ連れて行ってくれるのかしら?」
「水族館です。遊園地と迷ったんですけど、秋華先輩はこっちの方が好きだと思って」
そう、僕たちが向かっているのは水族館。デートスポットとはベターだけど、僕にはこれくらいしか思い浮かばなかった。
元々、デートの件に関してはお祝いとは別でお願いしようと思っていた。だけど秋華先輩に話したら、『2回も行くのは面倒でしょう?まとめてで良いわよ』と言われてしまったので、先輩がいいならとお言葉に甘えさせてもらった。
その時に好きな人がいることも話した。やっぱり申し訳なかったけど、OKしてくれた秋華先輩の懐の広さには感謝しかない。暗くて表情はよく見えなかったから、快く、なのかは分からないけど。
道中は雑談をしながら、電車を乗り継ぎ水族館を目指す。そして目的の駅に到着すると、そこには驚きの光景が広がっていた。
「これは…すごいですね」
「ええ…まるで水族館のために出来た場所ね…」
先輩の言う通り、駅自体がここは水族館の街だとでも言うように、壁や柱に魚のイラストが描かれていた。なるほど、これは楽しみになるな。
さらに水族館は駅と直結していて、改札を出て少し歩くと水族館の入り口があった。そこで2人分のチケットを購入して入場する。
「今日はお祝いですから。僕が出しますよ」
「そう?ならお言葉に甘えようかしら。普通のお出かけなら割り勘の方が余計な問題を起こさず済むと思うけれど、お祝いならこっちの方が良いかもしれないわね。真琴くん、グッジョブよ」
「ありがとうございます。改めて、志望校合格おめでとうございます。僕のお願いとは関係なく、今日は楽しんでください」
「…そうね。ところで先に聞いておきたいのだけれど、好きな人というのはクリスマスの時の彼女?」
いきなりぶっ込んできた。でも図星だから何も言えない。先輩には隠すようなことでもないし、話しておいた方がいいかもしれない。
「そうですよ。話すようになったのも最近ですし、お互いのこともまだ知らないことだらけですけど」
「私だって真琴くんと出会って一年くらい経つけれど、知らないことはたくさんあるわ。これから知っていけばいいのよ。彼女だってきっとそう思っているわ」
「だと良いんですけど。あ、見てくださいマグロですよ。大きいですね…」
「普通の水族館にマグロはいな……本当ね。生きているマグロを見るのはなんだか新鮮ね」
そんな先輩の魚ギャグ(?)につい笑ってしまいそうになるも、先輩は平然としているのでギャグじゃなかったみたいだ。スルーして正解だった。
それから2人で色々な展示を見て回る。伊勢エビやタラバガニ、サケにサバなど………なんか食べられるのが多いな。食事どころが併設されてるのもそこはかとない悪意を感じる。
お昼時でお腹も空いてきたので入ってみると、案の定メインは魚介類ばかり。ものすごく食欲が削がれるんだけど…。
「なんというか…前衛的ね、ここの水族館は」
「なんかすいません…」
「謝るようなことじゃないわ。…しばらくは海鮮が食べられなくなりそうだけど。ただ…」
「はい…。あまり認めたくはないですけど…」
「「美味しかった(わね)………」」
力を入れるのは分かるんだけどさ。さすがに攻めすぎだと思うんだ。さっきまで見てた生き物がお刺身になってご飯の上に乗ってるのが、どうにも複雑な感情になる。
今の食事はなかったこと…にはできないけど見ないフリをして、午後のメインイベントだというイルカショーの観覧に向かう。
普段はクールな秋華先輩も少しワクワクしているのが表情から分かる。水族館といったらイルカショー!みたいなところは確かにあるからね。
お客さん全員に濡れないようにレインコートが渡される。濡れるのが醍醐味だという人もいるので、そういう人たちはあえて何も着用しないで前の方に座っている。
僕たちはあまり濡れたくないので後ろの方で大人しくレインコートを着る。
やがてピーッ!と甲高い笛の音が鳴り響き、イルカショーが幕を開ける。最初は軽くボールを使った技を披露し、泳ぎながら高く跳んだりもしていた。
そして最後はトレーナーの人と一緒に泳いだり、自らの鼻の上に乗せる離れ技を見せた。
僕も実際にイルカショーを観るのは初めてなので、思っていたよりもかなり楽しめた。秋華先輩も珍しく興奮したような様子だった。
少しずつ陽も沈んできたので、僕たちは出口に向かって歩き出す。その頃には、当初の“女性の扱い方を学ぶ”という目的はとっくに忘れていた。
「今日はありがとう。とっても楽しめたわ」
「それなら良かったです。僕の方が楽しんでしまったような気もしますが」
「いいじゃない。女性の扱い方なんて言ったけれど、結局お互いが楽しかったり面白かったりしたなら、それに勝ることはないのよ」
「良い言葉ですね。やっぱり、秋華先輩にお願いしてよかったです」
真琴くんの純粋な笑顔。一緒にここへ来ることができてよかった、そう思うと同時に理解してしまう。
彼の隣にいるべきは私じゃない。
最近、真琴くんの表情が明るくなった。出会った頃はもっと暗くて、無理して人と関わっているような感じだった。そのうち慣れて改善されていったけど、ここしばらくはそれ以上に表情に生気が宿っていた。
それはきっと、真琴くんの心を射止めた彼女のお陰。この想いはそっと胸にしまっておこう。私に出来ることは、君の恋を応援することだけみたいだから。
「もっと感謝してくれてもいいのよ?」
「珍しいですね、先輩がそんなこと言うの。そんなに水族館が楽しかったんですか」
「ふふ、そうかもね。………………頑張ってね、応援してるわ」
「先輩………ありがとうございます。また何かあったら頼らせてください。ご飯くらいは奢るので」
良い報告、期待してるわ。そう言って秋華は真琴と別れる。
その目には涙が浮かんでいたが、不思議と表情は晴れやかだった。




