36.正ヒロインと不器用な父
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善は急げと動き出す二人。月奈の家はこのマンションの最寄りから一駅先に位置しており、歩いてもそう遠くはない距離である。
しかし当然電車に乗った方が速いため、小走りで駅へと向かう。道中、初詣に向かう人々がちらほら見受けられたが、二人にそんなことを気にしている余裕はなかった。
電車が来るのを待つ間、真琴は落ち着きのない月奈を宥めている。こうなったのも自分の責任だと感じている真琴は、事態が良い方向に向かうことを祈りつつ、月奈が父親としっかり話せるようにメンタルケアも欠いてはいなかった。
そして対面の時はやって来た。
「うぅ、なんか緊張してきた…」
「大丈夫、僕もついてるから。頼りないかもしれないけど…」
「真琴くんのが緊張してんじゃん。頼りにしてるよ、王子様」
「王子様なんて柄じゃないって。この間も言ったでしょ、僕じゃナイトが精々だよ」
そんな真琴の軽口を聞いて、月奈も少し肩の力が抜ける。実際には真琴の本心であったのだが、気にする必要もないだろう。
月奈は意を決し、実家の扉を開ける。離れていたのはたったの二日程度だというのに、どこか懐かしむような表情をしているのは、その二日があまりに濃密であったからだ。
二人は柳沢家に足を踏み入れる。当然出迎えなどない。そこにあるには空虚のみであった。
「お邪魔します」
「……………誰だ」
「あたしだよ。お父さんと話さなくちゃなんないことがあってね」
「生憎だが、私には話すことなど何も無い。そこの君も帰りなさい。態々時間を無駄にすることもないだろう」
「あたしの友達に対してそんな言い方ないでしょ。それが初めて会った人への態度なの?」
月奈の言うことは最もであったが、父親が態度を変えることは無い。娘が男を連れて来た、なんて一般的な理由が原因ではない。それならば異常に落ち着いた声色に説明がつかないからだ。
単に興味が無いだけである。彼にとっては娘に男が出来ようとどうでもよく、おまけに娘の幸せなど願っていない。
強情な父にフラストレーションを募らせていく月奈。そこで真琴は、少しでも場の空気を変えようと動く。
「初めまして、月奈さんの友人の山倉 真琴といいます。月奈さんからの大切なお話、聞いては頂けませんか?」
「それを聞いたところでどうなるというのだ?どちらにせよ、私に出来ることなど何も無い」
「何もしないの間違いでしょ!?あの日からずっと、ずっとそうじゃん!!お母さんがいなくなったあの日から!!」
「……お前に何が分かる。いや、分からないままでいい。山倉くんと言ったか、月奈を連れて帰ってくれ。ホテルに泊まらせても構わない。必要な金は私が…」
「なに勝手に話進めてんの!?それに分からないままでいい、ってどういうこと!?お母さんはお父さんに愛想尽かして出て行ったんでしょ!!」
「違う!」
これまでとは打って変わって強い口調で反論する父親。月奈は思わず怯んでしまうが、それ以上に父が語気を強めた理由が分からず困惑していた。
月奈の認識では、母が居なくなった理由は離婚したからだと思っており、実際に姉からもそのように聞かされていた。
しかし父の反応を見るに、真相はそうではなかったのかもしれないという疑念が生まれる。
月奈のその表情を見た父親は、これ以上誤魔化すことは不可能だと感じたのか沈んだ声でポツポツと語り出す。
「…これまで黙っていたが、私とお前の母は離婚した訳ではない」
「……………どういうこと」
「…お前の幼い頃に死別したのだ。彼女は長く病を患っていた。死の恐怖に脅かされ、苦しみながらも日々を強く生き抜いてきたのだ」
「そんな……」
月奈の持つ母親に関する記憶は朧げ。しかし残っているのは楽しかった記憶ばかり。病気や死を感じさせるような素振りは一切なかった。
困惑し、気勢を削がれる月奈。真琴は彼女の代弁者となるように父親に問いかける。
「部外者の僕が言うことでは無いかもしれませんが、どうして月奈に黙っていたんですか?」
「幼い月奈に母親の死は重くのし掛かるだろう。余計な負担は掛けさせまいと、私達夫婦は親戚や知り合いに先んじて伝えたのだ。せめて月奈が成人するまでは黙っておいてくれ、とな。時が来たら私から伝えるつもりだったが……どうやら私の方がショックを受けてしまっていたようだ」
それまでほとんど変わることのなかった彼の表情が、ほんの少しだけ緩む。決して笑顔とは言えないそれは、自らの不甲斐なさを嘲り笑う部類のもの。
柳沢家の問題は、彼らの想像以上に重く、悲しいものだったのだ。
「全くどうしようもない父親だ。娘に迷惑を掛け、挙げ句このような事態になってしまうとは」
「…ほんとだよ。お父さんはどうしようもないバカ。あたし、そんなに弱く育ったつもりはないよ。だって、あなたの娘なんだから」
「だとしても、気に掛けずにはいられなかった。娘というのはいつまで経っても可愛いものだ。いっそ私のことなど気にせず育ってくれても良かったのだがな」
「ううん、知れてよかった。きっとあのままだったら後悔してたと思うから。でもあれはなんだったの?外聞がどうたらーってやつ」
「ああ、あれか。お前にはしっかりした子に育って欲しくてな。期待していないというのも言い方が悪かったが、気にせず自分らしく自由に、と思ってな」
「いや分かりづらすぎでしょ!?それ意味分かる人いないと思うよ!?」
真琴は微妙な顔で二人のやり取りを見つめる。まさか何となく気付いていたから背中を押した、などとは言い出せる空気ではなかった。
出すタイミングを完全に見失ったのですが父親の名前は柳沢 孝介です




