31.陰キャ男子とファンと伝説
閲覧感謝です
妙にハイテンションな月奈はさておき、寝るためにはベッドのある真琴の自室に行かなければならない。そこには月奈が真琴に抱いたミニマリストというイメージがガラリと変わるほど物がある。
ワクワクしながら部屋の扉を開けた月奈は、電気を点けてその全貌を目の当たりにする。
「さてさて、ミニマリストの部屋はどんな……………なんかごめん」
「何に対して謝られてるの?」
「いや、すごいなぁって。ここにお金使ってたんだね」
「まあね。あんまり物欲はない方なんだけど、一人暮らしをする時の夢だったんだ」
「こういうのが好きなんだ…。あの奥のクローゼットは?」
さすが月奈さん、目の付け所が違う。月奈はこっちの方が気になるよね。
「まあ開けてみれば分かると思うよ」
「大人気モデルの私服、どんなのかな………え、すっご。これもそれも有名ブランドのやつだし、あれとか伝説の写真集の時に着てたやつじゃない!?」
「伝説……?僕は写真集とか出した記憶ないんだけど」
「まさか見てないの!?あの潮谷編集長が、編集者時代に月刊誌一冊を丸々乗っ取って作り上げた、モデルKuRaMの写真集!最初は重版予定なんか無かったのに、問い合わせが殺到したせいで再再々重版までされたって言われてるのに!?」
「全然知らない………。というか潮谷さん何やってんの………」
潮谷さんは僕のモデル時代にすごくお世話になった人で、当時からいち編集者とは思えないほどのファッションセンスを発揮していた。その点は僕も尊敬していて、デザイナーとかファッションコーディネーターへの転職を勧めたほどだ。
本人は雑誌を作りあげる方が楽しいと言っていたけど、本音はどうだったか分からない。
なおそれ以外の点は全く尊敬していない。基本的に時間にルーズで、撮影現場にも平気で遅刻してくる。しかも理由が寝坊や二日酔い、印刷会社にデータの提出を忘れてたとか、本当にどうしようもない理由だった。
「もちろんあたしも持ってるよ。しかも初版のやつ。ファンからすれば垂涎ものだろうねぇ」
「え、僕にファンなんていたの?」
「マジかよありえねぇ。まさかいないとでも思ってたの?じゃあなんのためにサインとか書いてたの?」
「会社で飾るとか、そういう文化があるのかなーって…」
「そんな訳ないじゃん。キミのグッズなんて後にも先にもあれだけだったし。あたしも応募したけど、まあ当たるわけもなくって感じだったし」
「サインくらいだったら全然書くけど」
その瞬間、月奈はその手があったかと言わんばかりに目を見開く。サインとか結構苦労したなぁ。考えるのも大変だし、安定して書けるようになるまで何回も練習したりね。本番は数枚しか書かないのに。
書くのいつぶりだろ。引退前だから1年ぶりかな?
でも月奈は何やら葛藤している様子。
「どうしたの?」
「ん〜、いやぁ〜…いちファンとして、これでいいのかなーって…。こんなズルみたいな方法で貰うなんて、それはファンの風上にも置けないのではと……」
「これ、月奈だから言うけど、僕は何があっても復帰することはないよ。モデルのお仕事も面白かったけど、こうやって静かに、みんなと楽しく過ごす時間の方がよっぽど好きだから」
「真琴くん……」
「えーっと、色紙色紙………お、あった。練習用でもらったやつ、残っててよかった」
サインなんて書くのは一瞬。しばらく書いてなくてもペンを持つ手が覚えてる。ささっと書いて月奈に手渡す。
月奈は震える手で恐るおそる受け取る。そんな大層な物じゃないんだけど。
「ありがとうございます…家宝にします………」
「大袈裟だなぁ。あ、それあんまり人に見せないでね。潮谷さんにバレたら面倒なことになるから」
「もち。てか面倒なことって…?」
「呼び出し食らって、気付いたら着せ替え人形にされてて、いつの間にか写真撮られて雑誌に載ってる」
「こっわ」
あの人仕事はできるんだよ。ただ人として最低なだけで。編集長になった今は余計酷くなってるかもしれない。
この間だって、なんとか先輩の前で名前出してたら今言ったようなことになってたはずだ。感情に任せてぶちまけなくてよかった。
ちなみにあの先輩を業界から追放してほしいとお願いしても同じ目に遭ってた。
それはさておき、そろそろ寝なきゃいけないんだけど。ここからは我慢の時間だ。逃げ出す隙を作っておかなきゃ……。
「あ、真琴くんは壁側ね。どうせ逃げようとするでしょ?」
なぜバレた。
「顔が物語ってるよ。なんでバレたって顔してるもん。あたしは寝付き悪いから逃げようとしてもすぐ気付くよ?」
「…………降参だよ」
「それでよし。じゃああたし、パジャマに着替えてくるから」
その後、暖かそうなもこもこの可愛らしいパジャマに着替えて戻ってきた月奈を見て、本当に理性を保てるか不安になってきたのだった。




