19.正ヒロインは蓮華と咲く
タイトルに蓮華を選んだのもちゃんと意味があったり。
二人が帰った後、恐る恐るスタッフルームから出てきた月奈は心底安堵したような表情をしていた。
それには彼女の複雑な家庭事情が関わっているのだが、その事を知らない真琴にとっては、家族にメイド服姿を見られたことを恥ずかしがっているとしか思っていなかった。
色々あったが、既に時刻は午後三時。全校放送で文化祭終了のアナウンスが流れるのだった。
「あー、終わった~」
「月奈ーっ!おつかれさまー!」
「お疲れ、美波。よくあんたはそんな元気が残ってるねぇ」
「だって楽しかったから!明日も明後日でも、何日だっていけちゃうよ!」
「文化祭は今日で終わりだし、明日はお休みでしょうが。ほら、さっさと片付けするよー」
「はーい!」
神木さんの手綱をしっかり握り、その流れでクラスのみんなにも片付けを指示する月奈。まるで神木さんの母親みたいだ。
月奈は失礼なことを考えていたのを読み取ったのか、僕を睨んで目線で『さっさと片付け手伝え』と伝えてくる。
僕としては早く着替えたいところだけど、手伝わないで問題児扱いされる方が嫌なのですぐに片付けに入る。
その間も色んな人に話しかけられるけど、モデル時代の話だけは絶対にできないので適当に誤魔化すこともしばしば。
そうしていれば、片付けはものの数十分で終わった。なぜかというと、そもそも装飾や借りている備品も少なめだったので、ほとんどが教室の掃除のための時間だったからだ。
掃除用具をロッカーに戻して僕の仕事は終わり。後はゴミ捨てに行った人たちが帰ってくるのを待つだけだ。
今のうちに着替えてこようかと思ったその時、神木さんの視線が明らかに僕を捉えているのに気付く。
「お疲れ様神木さん。どうかしたの?」
「ううん、なんでもないよ。ちょっとだけ気になることがあっただけ」
「気になること?」
「あ、えっと………その。月奈といつのまにか名前で呼び合ってたから、何かあったのかなーって」
ああ、確かに。僕と月奈の間で完結した話だったから考えなかったけど、月奈の親友である神木さんが気になるのも仕方ないよね。
神木さんが不安な表情をしてるのはきっと、僕に親友を取られるかもって思ったからかな。
入学してからずっと一緒にいたんだし、そりゃあ嫉妬の一つや二つはあるか。
「大した理由じゃないよ。お互いに苗字が長くて呼びづらいからってだけ」
「じゃあ私も真琴くんって呼んでもいい?」
「…まあいいか。素顔をさらけ出した以上、誰と仲良くしてても関係ないしね」
「やったぁ!真琴くんも私のこと、美波って呼んでね!」
「それはちょっと………」
少し、いやかなり困る。いくら僕の印象が変わった………変わってないかもしれないけど、神木さんの人気と知名度は圧倒的なので、僕なんかじゃ余計に悪目立ちするだけだ。
なので正直断りたいんだけど、月奈に許可してしまった手前、そうする事が難しくなってしまった。別に僕たちの間に何かあるわけじゃないけど、変な勘違いや噂が立ったりするのは月奈に迷惑がかかってしまう。
………いや、いずれこうなってたか。彼女と出会ってしまったのが運の尽きだったのかもしれない。
「………分かったよ、美波」
「えっへへー!よく分かんないけど、なんか嬉しいかも!」
「どしたん美波、そんな喜んで」
「あ、月奈!あのねあのね、月奈と真琴くんが名前で呼び合ってるの見てたら、いいなぁって思ったの。それで真琴くんにお願いしたら呼んでもいいって!」
「……………ふーん、そう」
あれ、月奈さんなんか不機嫌…?今ので何があったかは大体伝わったと思うんだけど、気に障るようなことがあったのかな。
それから月奈は露骨に落ち込んでたので何度か話しかけたけど、僕の前ではいつもの空気感を崩さなかったので、面と向かって指摘することは難しかった。
そして時間は過ぎていき、後夜祭開始の時刻となった。
花火は近くの川の辺りで打ち上げられるそうなので、多くの生徒はよく見える校庭へと向かった。
しかし僕にはとっておきの観賞場所がある。
「やっぱりここしかないよね」
「真琴くん天才。てか、よくあたしたちだけで独占できたね」
「そりゃあ、ここの存在を知ってる人は僕と先生たち以外には居ないからね。他のみんなは鍵が掛かってるから入れないと思ってるはずだよ」
「ふーん。………ね、さっきのことなんだけどさ…」
僕が聞こうと思ってた事を月奈の方から切り出してくる。やっぱりさっきは……。
「ごめん、流石にみんなの前じゃ話しづらくって」
「全然大丈夫。かみ…美波との話に、何か思うところがあったんだよね」
「…うん。真琴くんを名前で呼ぶのは、あたしだけの特権だと思ってた。みんなより先に真琴くんを見つけ出したんだから、これくらいはーって」
「それは…」
「分かってる。キミを見つけたのは美波のおかげだし、むしろこんなことを思ってるあたしがおかしいんだってことは。でもあたしはキミの、真琴くんのことが」
月奈は何か言いかけて、それと同時にドンッ、という花火の大きな音に遮られる。
「ごめん、花火で何も聞こえなくて。もう一回言ってくれる?」
「………ま、そうだよね。………そんなに甘い話はないよね………」
「月奈?」
「んーん、なんでもない。ただあたしの心が狭かったってだけだし。ほら、花火見よ?ちゃんと見ないと、ジンクスぶっ壊せないよ」
「そうだね。………綺麗だなぁ…」
月奈が何を言おうとしたのかは検討もつかない。でも一つだけ言えるのは、花火に照らされた彼女の横顔はとても綺麗だった。




