16.陰キャ男子と中夜祭
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文化祭1日目を終えて、全校生徒はそれぞれの会場を軽く片付けていた。それが終われば中夜祭を行う体育館に向かい、有志の生徒による出し物が行われる。
参加は強制ではないが、哲也から誘われたこともあって真琴に断る選択肢はなかった。
「で、なんでキミは元の姿に戻ってるのかな?」
「いや…女子の視線が結構辛くて。ああ、安心する……」
「何それ。てかあたしとか美波とは普通に話せてんじゃん。どして?」
「なんだろう……二人は、なんか違うんだよね。なんというか、接し方って言えばいいのかな。特別視されてないからかも」
「ふーん……ある意味、特別視はしてるけどね」
「どういうこと?」
「気にしなくてよし。あ、次は軽音学部のライブだってさ」
考えてた内容をそのまま口走ったことを後悔する月奈。美波が近くにいないことが唯一の救いだった。
そのことを適当に誤魔化した月奈の心中は、少々複雑であった。
(あたし…さすがにチョロすぎんか…?)
山倉くんがあたしのことも心配してるのはよく分かった。なんか美波だけじゃなくてあたしのシフトにも被せてたっぽいから、彼の自由時間ほとんどなくなっちゃったよねぇ。今度なんか埋め合わせしなきゃ。
そんなことはどうでもよくて。いや良くないんだけど。
彼に叱られて、ようやく自分が危険なことをしているのに気が付いた。あの男の下卑た視線、間違いなくロクでもないことを企んでた。その対象があたしだったかもと思うと…鳥肌が立つ。
それを彼が助けてくれた。思い返してみれば、誰かに守ってもらったのなんて初めてかもしれない。
実の親でさえ、あたしを守ってはくれなかった。………この話はいいや。嫌な気持ちになるだけだから。
まるで、お姫様になった気分だった。本当に守られてるのは美波だって分かってるけど、それでも嬉しかった。
だからこんな気持ちは偽りでしかない。
「キミの隣がこんなにも心地良いなんてね」
「うん?何か言った?」
「なんでもなーい。キミの苗字、ちょっと呼びづらいなーって」
「前に哲也にも同じようなこと言われたよ。だから僕のことを名前呼びするようになったんだけど」
「じゃああたしもいい?何がいいかな…。真琴だから…てっちゃんと同じように、まこっちゃん?ううん、それじゃ長いか。あっ、てっちゃーん」
「げっ、なんだよ」
月奈は偶然近くにいた哲也を呼んで、真琴の呼び名について相談する。哲也にとっては割とどうでもいい問題だったが、何やら真剣な様子だったので真面目に考えることにしたようだ。
ただし、センスは絶望的であった。
「マッコリとか?」
「酒じゃん。高校生のあだ名が酒ってどうなの?」
「そんじゃ、マー坊?」
「江戸っ子かよ。あんたもあたしも下町育ちじゃないでしょ。ダメだ、聞く相手間違えたかも」
「てかよ、別にあだ名にこだわる必要ねえだろ。普通に真琴って呼びゃいいんじゃねえの?」
「それは…そのぅ…ごにょごにょ…………」
軽そうに見えて意外にガードの堅い月奈。実は交際経験どころか男子を好きになった事すらない、純情の化身である。
そんな彼女が異性に対して初めて抱いた感情。どうするのが正解か分からなくなるのも仕方がなかった。
そして哲也は性格が悪い。全く人の心を考えないとは言わないが、デリカシーをどこに捨ててきたのか、そういった発言をする事もままある。
つまり月奈は相談相手を間違えたどころか、最悪の選択肢を選んだということだ。
「あー、まあいいや。それで真琴、お前はなんかこだわりとかあんの?てかなんでもう着替えてんだよ」
「あの服はなんだか堅苦しくて。こっちの方が目立たないし安心するんだよね。あと僕は全然好きに呼んでくれたらいいと思ってるけど」
「だってよ。そんじゃ、後はお二人でどうぞ」
「てっちゃんにしては珍しく役に立つじゃん。じゃあ…真琴くん…って、呼んでもいい?」
「もちろん。僕も柳沢さんの呼び方変えた方がいいかな……」
最後の一言を好機と捉えたか、月奈はここぞとばかりに食い付く。
「あたしもお好きなよーに…って言いたいところだけど、名前で呼んでくれたら嬉しいかな。べ、別に深い意味がある訳じゃないケド…」
「じゃあ月奈さん、でいいかな?」
「いやいや、さん付けとかいらないし。呼び捨てでいいって」
「でも…」
「でももヘチマもないっての。リピートアフターミー、“月奈”」
「………る、月奈」
「よく出来ました〜、真琴くん」
そう言った月奈の笑顔は、ここ最近で一番のものだったとか。




