15.陰キャ男子と文化祭⑤
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柳沢さんはスタッフルームに入る直前、しばらく誰も入らないようにクラスメイトに伝える。
最初はその理由が分からなかったけど、少し赤くなった目元を見て、少しだけ意味が分かった気がする。
僕を椅子に座らせた彼女は、握った手を離さないまま隣に腰掛ける。
「えっと…柳沢さん、大丈夫?」
「大丈夫じゃない。キミのせいで赤っ恥かかされたんだけど。どう責任取ってくれるのかな?」
「いや、責任と言われましても……」
「冗談だよ。……さっきキミが言ったこと、あたしはちゃんと理解してる。キミを信頼してたから、迷わず美波を助けに行けたの。キミがいなかったら大人を呼ぶなり待つなり、もう少し理性的な判断を下してたと思うよ」
「じゃあ、なんでさっきはあんなこと…」
「美波はさ、優しいんだよね」
柳沢さんは柔らかい表情でそう言う。でもどうして神木さんの話を…とりあえず聞いてみよう。
「誰かが困ってたら絶対に見捨てないし、さっきのあたしの立場なら絶対に助けようとしてたと思う」
でも、と少し暗い表情になって続ける。
「あたしはそうじゃない。美波じゃなかったらたぶん、見捨ててる。あたしはキミが思ってるほど善人じゃないんだよ。だからこんな冷たい人間、さっさと見限っちゃえ。……………そう言えたら、どれだけ簡単だったんだろ」
「柳沢さん……」
柳沢さんは静かに涙を流し、言葉を紡ぐ。
僕はそれを、何も言わず聞いていることしかできない。
「あーあ……あたしって、自分が思ってる以上にお人好しだったみたい…。こんなことを言っといてだけど、たぶん誰が相手でも見捨てることなんて出来なかった…」
「知ってるよ。柳沢さんは文化祭の準備の間、みんなをまとめていたからね。柳沢さんだって十分優しいと思うよ」
「山倉くん………ごめん、ちょっとだけ借りてもいい…?」
「ちょっとと言わず、お気の済むまでどうぞ」
そうして月奈は真琴の胸の中で、静かに嗚咽を漏らすのだった。
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月奈が泣いていた時間は五分にも満たない時間だったが、彼らにとってはとても大切な五分間であったことだろう。
その空間には、途中で様子を見に来たクラスメイトが無言で引き返していくほどには、二人だけの触れ難い空気が流れていた。
月奈が落ち着いて顔を上げると、そこには慈しむような優しい視線を向ける真琴の姿。それでようやく我に返った月奈は、バッと離れて頬を紅潮させる。
「あ、あはは〜…。あー…恥ずかしー……」
「今のは見なかったことにするよ。僕のわがままも聞いてもらったしね」
「ほんとありがとね。あ、やば。明日もあるのに衣装汚れちゃったよね。レンタルだし人数分しか用意してないし、どうしよ………」
「じゃあ自前のやつ取ってくるよ。ボディガードは哲也に頼んでおくから、少しだけ待っててくれる?」
「分かっ…ちょい待ち、自前?燕尾服って普通に生きてて持ってることある?」
「なら僕は、柳沢さんが考える普通の域には入ってないことになるね」
モデル時代の貰い物が、まさかこんなところで役に立つとは思いもしなかったけどね。なんかの撮影の時、似合いすぎてるからっていう謎の理由で貰ったんだけど、まあ使うことはないから今までクローゼットの肥やしになってた。
隣のクラスにいる哲也を呼んで、軽く説明して柳沢さんの元に送る。色々困惑していたようだから後で詳しく説明してあげないとね。
コートだけ教室に置いていき、哲也についでに借りた自転車に乗って家に戻る。そしてクローゼットから衣装を取り出してバッグに入れ、また自転車で学校に戻る。
しかしこの坂はキツい。歩いているとあまり気にならないけど、下手をすると自転車の方が体力を使いそうだ。それくらい長く急な坂なのだ。
後に全力で自転車を漕ぐ執事などという噂が生まれたのはまた別の話だ。
「ごめん哲也!助かった!」
「おう。今度5クレ奢りな」
「結構いくね…まあいいけど。自転車もありがとう」
「いいってことよ。中夜祭でたっぷり聞かせてもらうからよ」
「中夜祭……って何?」
「お前マジか…どんだけ興味ないんだよ………」
失敬な。別に興味がない訳ではないんだよ。進んで参加しようとは思わないだけで、文化祭自体はちゃんと楽しんでるし、こうして出し物をやるのだって悪くない。
ただ、少しだけ面倒だとは思うけどね。さっきから女性からの視線が増えてるような気がして…どうにも調子が上がらない。
哲也は、僕が女性をあまり得意としていないことを知ってるから、僕の表情でなんとなく気づいてるみたいだ。
「ま、お前も大変みたいだし、その話は落ち着いたらでいいぜ。あ、中夜祭は出るよな?」
「そうだね。今日はどうせ暇だったし行くよ。格ゲーはある?」
「ねえよ!?学校にあんなデカい筐体持ち込める訳ねーだろ!?」
そっかぁ、残念。
哲也は「中夜祭のことは女子陣に聞け」と言い残して、自分の教室に戻っていった。やっぱり哲也は頼りになるね。さすがは僕の親友。
新たな燕尾服に着替えた真琴は、その日の最後までなんとかやり切ったのだった。




