本当はずっと怖かった
斉藤は黙っておときの布団の側に座った。
「もっと寄ってください」
おときがなかなか自分の元へ来ない斉藤に頬を膨らませる。
「…………これくらいか?」
「もっと」
「これくらいか?」
「もっとです」
「おとき……もうこれ以上は……」
グイッ!
斉藤がそう言った瞬間、おときが斉藤の着物の前を引っ張り、首にしがみついてきた。
「おと……」
「……さっきは大丈夫などと言いましたけれど……」
(おとき、震えている?)
斉藤の首に手を回す小さな手が震えている。
「ちっとも大丈夫ではありません!ずっとずっと怖かったです!はじめしゃぁああん!!うわぁあぁあん!!」
おときは斉藤にしがみつきながら慟哭した。
池の鯉が何事かと逃げる。
「……おとき……!」
今までおときが我慢していたことに気付き、斉藤は慌てておときを抱きしめる。
ーーそうだ、おときは今まであんな経験をした事はなかった。
あんなに大きく粗暴な荒々しい男に腕を掴まれ、髪を掴まれ、さぞ怖かっただろうに。
それでもかんざしは最後まで守って……
怖くなかったはずなどない。
大丈夫なわけがないのだ。
斉藤は自分の胸で泣き続けるおときの背中を摩りながら、同時におときの健気さに、自分も目頭が熱くなるのを感じた。
あの時のおときの言葉はーー
『斉藤の書院に行きたい』
あの言葉はただ単におときのわがままではなかった。斉藤の書院は、おときが唯一安らげる場所だったのだ。
そして気を張らずに自分を出せる場所。
(おときはこの場所に帰って来たかったのだな……)
斉藤の腕の中で泣き続けたおときの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
その泣き顔を何も言わず、丁寧に手拭いで拭く斉藤。
「はじめしゃん……」
泣いて、泣き叫んで。
少しだけ落ち着いたおときはなおも斉藤の胸に顔を寄せた。
おときさん、斉藤さんの書院に着いて安心したんですね。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




