その瞳に宿る怒り
一方、茶屋の向こうでこちらの様子を窺う人影がいた。
茶屋の向こうに、こちらの様子を窺う人影がある。
「椿!」
斉藤が呼ぶと、物陰から椿が姿を現した。
「はい!」
斉藤の合図で椿が動いた。
(こいつがおときさんを……)
椿の目の前には、自分の手首を掴んでうずくまる大男。
おときさんはただ街を楽しみたかっただけなのに。
黒谷で初めて出会った時、着飾った私を土方に見せたいと言って、そのまま忘れて紫陽花畑にいたちょっと天然な可愛いらしいおときさん。
あの時も斉藤さんは焦っていた。
『おときはすぐに綺麗なものや可愛いものに目移りするんだ』
その言葉通り、美しい紫陽花に惹かれて迷子になっていた可愛いおときさん。
そんなおときさんをこの獣のような男が……
椿は豹魔を睨みつけながら、斉藤とおときの元に駆け寄る。
「……椿。おときを頼む」
そう短く告げる斉藤。
椿は一瞬だけ斉藤の顔を見て、その瞳に宿る怒りを察し、何も尋ねずに頷く。
「わかった。おときさんは私が預かる」
* * *
椿が手を伸ばすと、寝ていたはずのおときがかすかに顔を上げた。
「……椿さん……?」
「おときさん、もう大丈夫だよ。斉藤さんが悪いやつを倒してくれるからね」
椿はできるだけ優しく微笑み、おときの身体を受け取った。
その瞬間、おときの指が斉藤の着物をぎゅっと掴んだ。
「……はじめさん……」
斉藤はその小さな手に、自分の手を重ねる。
「……すぐに行く。だから、椿と一緒に待っていてくれ」
その声はひどく優しいもので、再びおときの瞳に涙が宿る。
「……はい……」
おときは涙で濡れた目を斉藤に向け、ゆっくりと頷いた。
椿はおときをしっかりと抱きかかえると、豹魔から距離を取るように後退した。
「斉藤さん、おときさんは私に任せてください」
斉藤は静かに頷いた。
椿はおときを抱えたまま、茶屋の奥へと向かう。
その姿が人混みに紛れ、豹魔の視界から完全に消えたのを確認してから、斉藤はゆっくりと刀を構え直した。
次回は斉藤と豹魔が改めて二人だけで対峙します。
獣のような男は、果たして斉藤にどんな言葉を放つのか?
最後まで読んで頂きありがとうございました。




