こんな私のために
「一瞬で人が死んでいく現世だからこそ、守りたいのだ。このおときを」
斉藤はそう呟き、豹魔に目を向ける。その目は氷のように冷たいものだった。
斉藤は見た目は冷静だったが、自身の心がまるで冬の嵐のように冷たくなっていくのを感じた。
「……そうか」
斉藤の声は、どこまでも静かで冷たかった。
(何を言っても変われぬ者もいる)
「ならば、お前は俺に従え」
次の瞬間。
斉藤の刀が動いた。
豹魔が反射的に身を引く。
「ぐっ……!」
その一瞬の隙を見逃さず、先程豹魔に一撃を喰らわした手首に、もう一度刀の峰を打ち込んだ。
「ぐぉぉ……!」
よほど斉藤の一撃が重かったのか、豹魔はしばらく手首を持ったまま蹲った。
「……おとき」
おときを男から少し離れた場所に移し、優しくその体を支える。
その手つきはまるで壊れ物を扱うかのように優しい。
「はじめ……さん……」
かすかに開いた唇から、細い声が漏れる。
「……もう大丈夫だ」
おときの小さな掌から、鈴蘭のかんざしが覗いている。
飾りは少し歪んでいたが、まだ壊れてはいなかった。
斉藤はそれを確かめると、おときの身体を抱き直した。
「……おとき。このかんざしを守っていたのか?あんな得体の知れない男に対して?」
「…………」
おときが豹魔に対して何をそんなにムキになって取り返そうとしていたのかがわかって、斉藤の胸が締め付けられる。
(おとき……お前は本当に……)
「はじめさん、来てくださったんですね……」
その言葉に、斉藤の胸が痛む。本当はもっと早く来たかったのに。
来るのがあまりにも遅かった。もう少し早く来ていれば……おときをこんなに傷つけずに済んだはずなのに!
「おとき……」
その優しい声を聞いたおときの目から、また涙がこぼれた。
「……はじめさん……ごめんなさい……」
「……何を謝る?」
「……私……言いつけを……守れなくて……」
「……おとき、その事はもういいんだ。お前が無事なら……」
「こんな……私のために、来てくれて、ありがと……う、ございます……」
「…………ッ」
斉藤はおときを抱いたまま、しばらく動けなかった。
(おときを『こんな』などと、思ったことはない!!)
斉藤はさらに深く、おときを抱きしめた。
斉藤は流暢に言葉を紡げない。歯の浮くような口説き文句も、その場を取り繕うだけの嘘も、守る気がない約束もできない。
それなのにおときは……
蚊の鳴くような声で、青白い顔のままで謝罪ばかりを繰り返す。
違う。悪いのはおときではない。
そんな不器用な斉藤さんが好きだ。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




